第十二話 親切
「素直に事情話して友達のところへ行け」
そう言うと、女は目を丸くした。
「え?」
「本当の友達なら、嫌がるより先に心配してくれるだろう?」
「え、それを伝えるために、あんなことしたの?」
「…………」
なんでこんなバカなんだ。
「……俺の部屋に泊まったりしたら、どうなるか判らないぞ。恋人いない暦五年だからな」
「……モテないの?」
普通、思っても、口に出して言ったりはしないんじゃないかと思うんだが。
俺は怒るより、呆れてしまった。
「……そういう事は思っても言わない方が良いぞ。人によっては傷付いたり、逆上したりするからな」
「そうなの?」
「…………」
なんとなく、判ってきた。こいつはバカだ。掛け値なしの、心底救い難い、髪の先から骨の髄までバカだ。何も考えていない。
ため息をついた。バカに説明するのは面倒臭い。かと言って放置すると、俺だけじゃなく、このバカの周囲の人間が迷惑し苦労する羽目になる。
とんでもない貧乏くじを、災厄を引き当てた。
とんでもないバカに遭遇してしまった。
どうせ何を言っても通じないバカで、通りすがりの赤の他人なんだから、見捨てて放置すれば良い。
なのに、保護者気分になっているのは、どういうわけだ。
俺はそんなに親切でも博愛主義でもなかった筈だ。
「…………」
ため息つきながら、女を見つめた。
「……中島理子だったか?」
「あれ、下の名前教えたっけ?」
「バイト先で聞いた。それに保険証にも書いてある」
「あ、そうなんだ」
女はあっさりあっけなく頷き、納得する。
「携帯とか財布とか返してやるから、今すぐ友達に連絡しろ」
「今すぐ? だってもう十二時になっちゃうよ?」
「その時間にかけても許してくれそうな友達にかけてみろ」
「……井上さんて、お節介」
本気で絞め殺したくなってきた。まずい。
「俺はシャワー浴びて来るから、その間に用事を済ませろ。帰りたかったら、鍵かけずに帰って良い」
「なんでそんなに親切にしてくれるの?」
別に親切なんかじゃない。
「見ていて腹が立つからだ」
「ふぅん、そうなんだ」
何故この女は腹が立つと言われてこんな反応するんだ?
普通は泣きそうになったり、怒ったりすると思うんだが。
「やっぱり良い人だね、井上さん」
こんなバカ見たことない。
「お前、人に騙されやすいだろ?」
「え? あ、うん、どっちかって言うとわりとそうかも」
わりとじゃないだろう。かなりの間違いじゃないのか。
「どうしても困った時は、友達か警察に助けを求めるよう心がけろ」
「井上さんは?」
「俺は面倒事や厄介事はごめんだ。関わりたくない。お前とも」
そう言うと、中島理子は目をパチクリさせて、俺を見た。
「……井上さんて」
何だ?
「照れ屋さん?」
真顔で尋ねられて、脱力した。
「……シャワー浴びて来る」
そう告げて、風呂場へと向かった。