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Part,8

 まりいは、外の景色に心を奪われていた。

「どうしたの? そんなに外が珍しい?」

 シェリアが不思議そうな顔をする。

「……うん」

「変なの。アタシもあまり外には出ないけど、これくらいの風景いっつも目にするわ」

「うん。でもすごい」

 そう言って、まりいはシェリアの語るところの『これくらいの風景』を見ていた。

 見渡す限りの草木。テレビで見たことはあっても、こんなにたくさんの緑を見たのは初めてだった。

「そいつは記憶喪失なんだ。だから何もかもが新鮮なんだろ」

 馬の手綱を引きながらショウが言う。

「そうなの?」

「ええと……」

 ショウに初めて会った時といい、この質問にはなんと答えていいのか困ってしまう。

「ごめんなさい。アタシったら余計なこと聞いたみたい」

 そして、ショウの時と同じく誤解されてしまう。

「ううん、気にしないで。大丈夫だから」

 何が大丈夫なのかわからないまま、まりいも答えてしまう。それが益々誤解を生じているということに彼女は全く気づいていない。

「そう……。何かあったら言ってね。アタシのできることなら力になるから!」

 こぶしを軽く握り、まりいに詰め寄る。

 この子って、お嬢様だったよね?

 まりいはなぜか自問自答してしまった。

 容姿こそそれらしく見えるものの、こうして話をしていると自分とほとんど変わりない。

「ねぇシーナ。ちょっと着替えるの手伝ってくれない?」

そんな思考も、シェリアの一言によって中断される。

「着替えって?」

「記憶喪失でも着替えくらいわかるでしょ? 大丈夫、アタシの言うとおりにしてくれればいいから」

 そう言って、公女様がいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 この子って、お嬢様だったよね?

 再び自問自答してしまうまりいだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「二人とも、飯にするぞ」

 馬車の荷台からまりいが出てくる。

「シェリアはどうしたんだ?」

「えっと……」

「お待たせ」

 二人の少女の声が重なった後、話題の主が馬車の中から現れた。

「なっ……!」

 ショウが絶句したのも無理はない。目の前にいる公女様は、シェリアであってシェリアではなかったからだ。

 膝丈のワンピースに動きやすいブーツ。今までアップにされていた金色の髪はあえてのばしたままにしてある。

「シーナに手伝ってもらったの。可愛くていいでしょ?」

 そう言ってはにかむ姿は年相応だし、かわいらしい。かわいらしいが。

「ドレスじゃ動きにくいもの。見た目よりも動きやすさ重視よね。シーナ、これ似合う?」

 新しい服を軽くつまみ、まりいに呼びかける。

「うん。似合ってるよ。かわいいし。ショウもそう思うよね?」

「……それで旅をするつもりか?」

「当然! あと、野宿になっても大丈夫よ。そうなると思って必要なものは買ってきたから」

 そう言って大きな袋を目の前に突き出す。

 中には、保存食と折りたたみ式の寝袋が三人分入っていた。

「一体どこで手に入れたの?」

「決まってるじゃない。リネドラルドよ。他に足りないものあった?」

「いや、おおかたそろっている」

 半ば呆然としながらも冷静に返事をする。シェリアの服装云々は差し置いて、準備されたものは確かに旅をするにあたって必要なものばかりだった。

「よかった。走り回ったかいがあったわ」

『走り回った?』

 公女様の一言に二人の声が重なる。

「そう。一人だと退屈だもの。おば様の所にいる間はずっと街に入りびたりだったの」

 そう言ってシェリアは舌をだした。

 その仕草は確かにかわいらしい。かわいらしいが。

『この子は本当に公女様か!?』

 二人が同じことを考えたのは言うまでもない。

「ほら二人とも。ボーっとしてないで食事にしましょう」

「うん。じゃあ私、食器を持ってくる……?」

 そこで、荷台へもどろうとしたまりいの動きが止まる。

「ショウ?」

「シッ!」

 まりいの呼びかけを制し、視線を遠くにやる。

「もしかして、ビーストがいるの?」

 事情を察したシェリアが表情を険しくする。

「ビースト?」

「二人とも準備しろ。来るぞ」

 視線をずらさないまま、二人に呼びかける。

 もちろん、事情を知らないまりいにわかるはずもなく。二人のやりとりにおろおろするばかりだった。

「シーナ、早く準備しなきゃ。獣に襲われてもいいの?」

「う、うん!」

 シェリアに促され、自分のおかれている状況も把握できないまま、荷台に戻り弓を取り出す。しばらくすると、草原から大きな鹿のような生き物が現れる。

 それは、まりいの国の言葉で言えば、『大きな鹿』だった。

 茶色の毛皮に二本の角。唯一違うのは、目の色と体格だ。

 血のように真っ赤な目。こちらをじっと見つめている。それは、普通の鹿の約二倍。もはや鹿ではない。

「あれって……何?」

 弓を握り締め、おそるおそるたずねる。

「見ればわかるだろ。獣だ。しかも肉食のな」

「肉食!?」

 聞きなれない言葉に体をこわばらせる。どうやら『獣』とはモンスターのことらしい。

 ショウは斧を取り出しながら話を進める。

「だから、こっちからしかけるしかない。いいか、頭を狙うんだ」

「……え?」

 ショウの意図することがわからず、まりいは呆然と聞き返した。

「聞こえなかったのか? 頭を狙うんだ。アンタがやるんだよ!」

「でも……!」

 言われるまま弓を構える。――が、手が震えて狙いが定まらない。

 練習は確かにやった。的にも少しは当たるようになった……と、思う。だが実戦となると話は別だ。

「何やってるんだ! 来るぞ!」

 ショウが斧を構える。

「……っ!」

 半ばやけくそで弓を射る。

 だが、まりいの放った矢は標的を見事にはずれてしまった。所詮、素人の付け焼刃なのだ。むしろ当たる方がおかしい。

「どいて!」

 続けざまにシェリアが術を放つ。

「暁の炎よ、全てを薙ぎ払え!」

 炎が巨大な鹿を焼き尽くす!

「後は俺がやる。二人ともさがってろ!」

 鹿を覆っていた炎が消えると、それめがけて斧を振り下ろす。

「――――!」

 こうして、獣は息絶えた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 パチパチパチ……。

 牧の燃える音が草原に響く。

 その後、三人は獣と出合った場所から少し離れた場所で野宿をすることとなった。

「シーナ、こっち来て食べなさいよ。おいしいわよ?」

「……いらない」

 荷台の中から弱々しい返事が返ってくる。

 まりいは、さっきの一件で自己嫌悪に陥っていた。

 獣を殺すのが怖くて、棒立ちになっていた自分。ついていくって、決めたのに。これじゃあ、いい足手まといだ。

「サイテーだ、私」

 膝をかかえ丸くなる。

 夢の中なら、何とかなるんじゃないかって思ってた。男の子と話をすることも、色々なところを見てまわることも。

 確かに、発作は今のところ大丈夫だ。でも、これじゃあそれ以前の問題じゃないか。

「ほら」

「え?」

 目の前に何かを突きつけられる。そこには干し肉をもったショウがいた。 

「腹へってるんだろ? 本当は。やせ我慢するなよ」

 呆れ顔のまま、干し肉の置かれた皿を差し出す。

「我慢なんかしてな――」

 グルルル……。

『…………』

 突然の大音量に、二人しばし硬直する。

「……っ、はははっ!」

 沈黙を先に破ったのはショウの方だった。

「やっぱ腹へってるじゃん」

「シーナ、無理しちゃダメよ?」

 どうやら荷台の外まで聞こえていたらしい。まりいはただただ顔を赤くするばかりだった。

「一口でいいから食べてみろよ。まずかったらその時残せばいいだろ?」

 言われるまま、干し肉を一口かじる。

「……おいしい」

「だろ?」

 ショウが得意げな顔をする。

「初めての実戦で戸惑うのは当たり前だ。それを繰り返すうちに慣れてくる。俺だってはじめはそうだったんだ」

「要は気にするなってこと。そうでしょ?」

 シェリアが言葉を引き継ぐ。

「そういうこと。わかったら、さっさと降りてこいよ」

「?」

「星が綺麗なの。せっかくだから外で食べない?」

「……うん!」

 二人の心遣いがとても嬉しかった。


 外には満天の星が輝いていた。

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