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Part,6

 時間は少しさかのぼる。

「……どうしよう」

 まりいは道に迷っていた。

 言われたとおりに宿の回りを散歩してはみたものの、右も左もわからない。気がつけば宿すら見えなくなっていた。

 やっぱり部屋で待ってれば良かった。ちゃんと宿に帰れるのかな。

 途方にくれ、ため息をついた時だった。

「お嬢ちゃん、これ食べないかい?」

「え?」

 そこには中年の男性がいた。手にはアイスクリームを持ってる。

「安くしとくよ? どうだい」

 男性の後ろには屋台のようなものがある。どうやら彼のお店らしい。彼は笑顔でアイスを差し出してくる。

 まりいとて女の子。お菓子に興味がないわけではない。だが、先立つものが手元にない。

「ごめんなさい。私、お金が……」

「おじさーん、それ二つちょうだい」

 元気な声に再び振り向く。そこには、まりいと同じ背格好の女の子がいた。

「はい。確かに」

「二つがさねがいいな。おまけしてくれる?」

「お嬢ちゃんにはかなわないなぁ。わかった。少しだけだよ」

 まりいが戸惑う中、目の前でやりとりが繰り広げられていく。 

 思考が追いついたのは、目の前にアイスを突きつけられた時だった。

「はい」

「え?」

「あなたの分。食べたかったんでしょ?」

「でも私お金なんてもってないし」

「いいの、アタシのおごり」

「でも……」

「いいからいいから。それともアタシのおごりじゃ食べられない?」

「そんなことないよ」

「だったら食べる。でないと、こっちが食べちゃうわよ?」

 そう言って、今度はまりいのアイスに口を近づける――

「たっ食べる!」

 その前にまりいが先取りする。

「あっはは。そんなに急がなくても大丈夫よ」

 そう言って、彼女の方も自分の分を口にする。

 金色の長い髪。背格好はまりいとほとんど変わらない。明るい茶色の目。まりいも同じ色の瞳をしている――が、くりくりと元気よく動いている。

「ん。おいしい。やっぱりここのアイスが一番よね」

 そう言って、アイスをあっという間にたいらげてしまった。

「詳しいの?」

「うん。けっこう色々食べ歩いてきたから。でもあんまり食べ過ぎると太っちゃうかしら」

 舌をペロリとのぞかせる。

 夢の世界でもこういうところは変わらないんだ。

 変なところで感心してしまう。

「名前言ってなかったわね。アタシはシェリア。あなたは?」

「椎名まりい、です」

 何故か本名を答えてしまう。

「シーナ? マリィ?」

「……シーナでいいです」

 このさいどちらでもかまわない。少年に呼ばれた名前を唇にのせると、女の子は右手を差し出す。

「よろしくねシーナ」

「こちらこそ」

 こうしてまりいにシェリアという友達ができた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 まではいいのだが。

『もっと楽しいところへ遊びにいこう』と言われ、気がついたらここにいたというわけだ。どこをどう間違ったらお城の中でショウと鉢合わせになるのだろう。

「おお、すまなかったな。この子はシェリア、私の后の姪にあたる者だ」

 まりいの戸惑いに気づいたのだろうか。王がまりいの友達を、シェリアを紹介する。

「先ほど私に言われていた、もう一つの任とはシェリア様のことで?」

「察しがいいな。彼女をミルドラッドまで護衛してもらいたい」

 戸惑っているまりいの腕をつかみながら公女様が二人を交互に見つめる。

「……だそうだが、どうする?」

 目の前の光景にため息をつきショウは言った。

「わかりました。二つの任、確かにうけたまわりました」

「シーナと申したな。シェリアのことを頼むぞ」

「え……はい」

 ショウは再びため息をついた。大変な任を二つもまかされてしまった。シーナがシェリアを護衛するということは、結果的には彼が二人を護衛するということになる。記憶喪失のシーナに武術の心得があるとは考えにくい。

 今日は災難な一日だな。

 ショウは今までで一番大きなため息をついた。



「ショウ、さっき何の話をしてたんですか?」

 所変わって、ここははじめにいた宿。

「その前に……だから、なんでそう後ずさるんだよ。それに顔赤いぞ」

「……ごめんなさい」

 けわしい顔をして顔を近づけたショウに、つい条件反射で謝ってしまうまりい。まりいとしては、単に人の、男の子の顔があるということに動揺してしまっただけなのだが。

「それと」

 顔を離し、代わりに指を突きつける。

「昨日もそうだったけど、アンタ、妙に丁寧口調だよな。さっきみたいな場所でならともかく、俺にまで敬語使うなよ。言っただろ? 堅苦しいのは苦手だって」

「ごめんなさい」

「じゃないだろ」

「……ごめん」

「よし」

 ここで初めて表情を笑顔に変える。

「何?」

「ううん」

 この人、いい人だけど、私のこと小学生と勘違いしてないよね。 なぜかそう思ってしまうまりいだった。

「人捜しを頼まれたんだ」

「人捜しって、誰を捜すんですか?」

 途端、少年の顔が気難しいものになる。まりいが慌てて言い直すと、ショウは口を開いた。

「……誰を捜すの?」

「王族の関係者」

「関係者?」

「王妃の妹姫の行方を捜したいんだと」

「行方って、もしかして誘拐!?」

「いや、そんなんじゃない」

「じゃあなんで……。それにどうやって捜すの?」

「全くあてがないと言うわけでもないんだ。でも難しいだろうな。それでも、その方の行方を捜したいんだと。

 ……親父がらみだしな」

「親父がらみって、誰の?」

「話はここまで。ここから先は聞いてもややこしくなるだけだ」

 そう言われると、これ以上は口を挟めない。まりいは押し黙るしかなかった。

 このまま沈黙が続くかと思われたが。

「シーナ、ああ言ったからには大丈夫なんだろうな」

 思いがけないショウの問いかけに、まりいは首をかしげる。

「ちゃんと戦えるかってこと」

 まりいは、さらに首をかしげる。

「護衛をするってことは、もしあの方の身に危険が迫った時戦わなければいけないってことなんだぞ」

 まりいは中学生だった。

「……もしかして、知らなかったとか?」

 目の前の少女はゆっくりと首を縦に振る。

「ショウは戦えるの?」

「当たり前だろ。じゃなきゃ、とっくに断ってた」

 武道に励む女性も少なくはないだろう。だが、大半の者はよほどのことがない限り戦えるはずもなく。無論、まりいも後者の一人だった。

「試合、じゃないんだよね」

「シアイ……組み手のことか? だったら違う。襲ってくる奴らにルールなんてものはないだろ」

 再び黙り込むまりいに、ショウは深々と嘆息する。

 予想はしていた。やっぱり俺が二人の護衛をしなきゃならないってことか。ショウが何度目かのため息をつこうとすると、予想外の返事が返ってきた。

「言い換えれば、ショウは強いってことですよね?」

「それなりには」

「ここは、すぐに出発するの?」

「何日かいるつもりだけど」

 今ひとつ相手の意図していることが読み取れない。すると、今度は少女の方から顔を突きつけられた。

「お願い、私に稽古けいこをつけてください」

 目の前の少女に向かい、ショウは目を見開いた。

 急に何を言い出すんだ。そもそも、たかが数日でものに出来るものなら苦労はしない。

「そんな簡単に――」

 そう言い出そうとして口をつぐむ。 なぜなら少女の瞳があまりにも真剣だったから。

「無理だってことはわかってます。でも、このままじゃ嫌なんです」

 自分自身なぜこんなことになってしまったのかわからない。でも夢の中とはいえ、この世界に来る事を選んだのは自分だ。だったら自分でなんとかしなきゃ。

「けどな……」

「アタシからもお願いするわ」

 ショウの言葉をさえぎったのは、つい先ほどまでまりいと一緒にいた少女のものだった。

「シェリア様? なんで……」

「おじ様に貴方達の居場所を聞いたの。お願い、アタシ達に稽古をつけて」

「『アタシ達』?」

 嫌な予感がする。

「アタシとこの子、シーナのことよ」

 予想通りのセリフを后の姪と呼ばれていた少女は笑って言った。

「ですがあなたは――」

「自分の身くらい自分で守るわ。お願い。アタシはあなた達と旅をしたいの。……普通の女の子として」

 『普通の女の子として』。お姫様と呼ばれる人が普段どんな気持ちでいるか、まりいにはわからない。でも目の前の少女には好感が持てた。おいしそうにアイスを食べる顔。もし同じ学校にいたら間違いなく友達になれただろう。

「お願い、ショウ・アステム。できるだけのことでいいから」

「お願いします!」

 二人の少女がショウに向かって頭を下げる。

 今日は厄日なんだろうか。軽くこめかみに手をあてたあと彼は口を開いた。

「わかりました。本当に最低限のことでよければ」

『!!』

 ショウの言葉に二人の顔が輝く。

「ただし、本当に最低限ですよ。あと、俺に対する敬語云々はなし。貴女あなたには失礼かもしれないけど、俺も普段通りでやらせてもらう」

「ありがとう!」

「ありがとうございます!」

「特にシーナ、今度そんなふうに言ったら教えないぞ」

「……努力します」

 だから、そうかしこまられるのが嫌なんだ。

 胸中で毒つきながら、視線を隣にやると。

「だめよ、シーナ。リラックスしなきゃ」

 なんで公女様のほうが一般市民だろうのシーナよりも普通っぽいんだ? そう思っても口にはしないショウだった。

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