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Part,4

「おい、起きろよ」

 少年の声に、まりいは慌ててベッドから跳ね起きた。

「今日は一発で起きたな。今のうちに支度しとけよ、シーナ」

 彼女の目の前には栗色の髪に黒い瞳を持つ少年、ショウがいる。

「シーナ?」

 そんな名前の人、ここにいたのかな?

 目をこすりながら、まりいはショウに問いかける。

「アンタの名前だろ。まだ寝ぼけてるのか?」

「名前……あっ!」

 ため息交じりの返答に、昨日までの記憶が鮮明によみがえる。

 そうだった。これは夢の続きなんだ。

 日本とは違う、変な場所に来て、目の前の男の子――確かショウ君だっけ、彼に助けてもらったんだ。それで私は記憶喪失の『シーナ』って名前の女の子になっていて。

「どうかしたのか?」

「なんでもないです。おはようございます。ショウ君」

 深々と頭を下げるも少年からの返事はない。

 まりいが首をかしげると、少年は無言で顔を近づけてた。

「あっ、あの……?」

「昨日も言ったよな。その堅苦しい言葉遣いはやめろって」

「…………」

 確かに言われていた。しかし、昨日あったばかりの人間(しかも男の子)を呼び捨てにするという行為は、彼女にとってかなりの難問だった。

「黙ってないでもう一回言ってみろ」

 けれども少年は執拗にそれを迫ってくる。

「……おはよう、…………ショウ」

 まりいは精一杯の勇気を振り絞り、ようやくそれを口にした。

「よし」

 まりいの精一杯が通じたのか通じなかったのか、ショウは一人満足げにうなずくが、まりいはそれを見ていなかった。

「なんで固まってるんだ?」

「……なんでもない、です」

 いくら夢とはいっても、いくら本人からそうしろと言われていても、やっぱり抵抗がある。

 早く慣れなきゃ。ショウに悟られないよう、まりいは小さなため息をついた。

「でも支度って言われても、私着替えなんてもってません」

 そう言って自分の格好をみる。まりいは家にいたと同じ服、つまりはパジャマのままだった。

「持ってたじゃないか。昨日の黒い服でいいだろ」

「黒い服?」

 そんな服持ってないのに。

「まあアレは目立ちそうだからな。仕方ない、オレのを貸すよ」

 そう言って荷物から服を取り出す。

「いいです! 服なんて!」

 顔を真っ赤にして(男の子に服を借りるなんてとんでもない!)首をぶんぶんふる。

「仕方ないだろ? 持ち合わせがないんだ。それとも、その格好で出歩くつもりか?」

 正論をつかれ、まりいは押し黙る。

「向こうで支払いしてくる。着替えが終わったら呼んでくれ」

 そう告げると、まりいを残し、ショウは一人部屋を出た。

 変わった格好だったよな。黒の上着に同じ色のスカート。襟にスカーフなんてついていたし。こいつ、本当にどこから来たんだ? 記憶喪失だから確かめようがないか。

 そんなことを考えながら。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「結構さまになってるな」

「……嬉しくないです」

 ブスっとした表情でつぶやく。

「仕方ないだろ。女物の服なんて持ってないんだから」

 青のパンツに白のフードつきの上着。今まで旅をしていたショウがたくさん服を持っているはずもなく。彼から渡されたショウのものだを着たものの当然のことながら大きい。袖の部分は折り曲げて調節はしているが。

 髪は紐をもらってポニーテールにした(ショウ自身も首の下あたりで一つに結んでいる)。

「じゃあ出発するぞ」

「はい」

「…………」

「じゃなくて、うん!」

 こうして二人は宿を後にした。



「そのリネドラルドってところまで、どうやって行くんですか?」

「これに乗っていくしかないだろ」

「? これって……もしかして、『これ』?」

 まりいはショウの後ろにあった『これ』――馬車をまじまじと見た。

「もしかして見たことないのか?」

「そんなことないです。でも乗ったことなんて一度もなくて」

 馬車の荷台に乗り込みながら、そうつぶやく。

 まりいがそう言うのも無理はない。

 馬車や馬はテレビでならほとんどの人が目にするだろう。だが実際のそれを見る人は限られている。ましてや同世代の少年が馬を操る姿など、本当に限られている。

「ちゃんと乗ったか? ゆれるから、荷台の端でも掴んでろよ」

 そう言って、彼は馬を走らせた。

 嘘みたい。本当に私、知らない場所を旅してるんだ。

 馬車の中で、まりいはそれをひしひしと実感していた。

「そんなに珍しいのか? だったらこっちに来て見ればいいだろ」

 ショウが自分の隣を、御者台を指して言う。

「いいです。邪魔になるといけないし」

 本当は男の子の隣に座るという行為自体に抵抗があったりするのだが。

「…………」

 ショウは黙ってそれを見ると、

「わっ!」

 まりいを無理矢理自分の隣に座らせる。

「そんな顔でいいって言われてもこっちが気になってしょうがないんだ。黙って見てろ。少しは自分のこと思い出せるかもしれないだろ」

「……はい」

 ショウが悪い人でないことはわかる。わかるのだが――

(ちょっと強引じゃない?)

 そう言いたくても言えないのがまりいだ。他にすることもなく、ショウの隣で景色を堪能する。

 見渡す限りの草原。アスファルトなどあるはずもなく、空は青々としている。

 しばらくすると、街らしきものが見えてきた。

「アレが王都、リネドラルドだ」

 リネドラルド。この国の首都、王都に当たる都。都だけあってあたり一面が活気にあふれている。

「王都って何ですか?」

「カザルシアの主要都市のこと」

「カザルシアって?」

「…………」

 ショウは一度だけまりいを見ると軽く首を振った。

 二人はそれから宿に着くまでずっと無言だった。


 もしかして、余計なこと聞いたのかな?

 ダメだな。本当に覚えてないんだな。まずは一般常識から教えないとな。


 やはり全く正反対のことを考えながら。



 ほどなくして、城の一番近くにあると言われている店に宿をとることにした。

「ようやく着いたな」

 荷物を部屋に置くと一人感慨深げにつぶやく。

「本当ですね」

「え?」

「疲れたんじゃなかったんですか?」

 まりいが不思議そうな顔をする。

「ああ、うん。そうだな」

 まりいに言われ苦笑する。独り言だったつもりが、しっかり聞こえていたらしい。

 本当に疲れてたんだな、俺も。 けどここで休んでいるわけにもいかないよな。王の依頼だったし。

「これから城に行って来る。アンタはその間休むか散歩でもしてろよ」

 簡単に身支度を済ませると、もう一人の部屋の住人に言う。

「そんなに時間がかかるんですか?」

「話しだいだな。なんともいえない」

 城って、一体何の用があるんですか?

 そう訊ねてみようとしたが、彼女にはできなかった。

 なぜなら、そう言った彼の表情が心なしか幾分引き締まっているように見えたからだ。

「じゃあな」

 そう言うと彼は部屋を出て行った。

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