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Part,31

 ふと目を覚ますと辺りはまだ暗かった。

「ショウ……?」

 目をこすりながら、まりいは少年の名を呼ぶ。だが返事をするはずの少年はそこにはいない。

 何かあったのだろうか。座っていた場所から立ち上がり、もう一度辺りを見回す。その際に毛布がぱさりと落ちた。それはショウがかけてくれたものだったのだが、まりいがそれに気づくことはなかった。

「ショウ?」

 もう一度名を呼ぶ。返事は返ってこない。

 ……もしかして置いていかれたの? そんな不安がまりいの胸をよぎる。だがそれは一瞬のこと。弓と矢を身につけると、まりいはその場を後にした。


 霧はいくぶんか晴れたようだが暗いことに変わりはない。だからと言って懐中電灯があるわけでもなく。したがって手探りで歩いていくしかない。

(使えるかな)

 目を閉じて片手を胸の高さにやる。もう片方の手で本を抱え、呼吸を整えると言葉を紡ぐ。

「月の精霊よ、我は汝の加護を求める者なり。我にその力の欠片かけらを与えよ」

 それは数時間前に読んでいた術書に書きつづられていた言葉だった。

『早い話が力を発揮するためのセリフ。言っている間にイメージがわくことってあるだろ』

 昨日言った少年の台詞を思い浮かべながら光をイメージする。目を開けるとそこには淡い光の球があった。

「……できた」

 まりいは安堵の息をもらす。弱々しくて小さな光。風に吹かれれば消えてしまいそうな小さな光。それでも何もないよりはずいぶんましだ。

「ショーウ、どこにいるの?」

 小さな灯りを頼りに少年の名を呼ぶ。やはり返事は返ってこない。

(……一人)

 ふと頭をよぎった考えにかぶりをふる。

 施設の時もそうだった。ずっと一人で寂しくて。仲良くなれたと思っても離れ離れになってしまって。信じたくても信じられなくて――

 見えない恐怖を打ち消すかのように本をぎゅっと抱きしめる。

 違う。ここは空都クート。子供の頃とは違うんだ。ショウは私の話を聞いてくれた。私を受け入れてくれた。あの人達のように私を置き去りにしたりはしないはずだ。私だっていつまでも子供のままじゃない。

「ショウを捜さなきゃ」

 嫌なことを思い出して立ち往生している場合じゃない。

 バサバサッ。

 物音がしたのはその時だった。

 何? 森が騒ぎ出した。行ってみよう――


 物音の正体。それは獣の咆哮だった。

 例えるならば、それは獅子。いつかの時とは比べものにならないくらいのたくましい体躯。それと絡みあっているのは肩から血を流した少年。

 どうして怪我をしているの!? 私に助けることができるの!? 考えればきりがなかった。でも彼が――ショウが血を流していることは確かだ。 

 迷っている場合じゃない。早く助けなきゃ。まりいは矢をつがえた。

 以前はただ怯えることしかできなかった。でも今度こそは――

 ザシュッ!

 獣がうめき声をあげる。

「……?」

 ショウは自分の身に何が起こったのかわからないもなんとかして体を起こす。それを確認すると、まりいはできるかぎりの声をふりしぼり叫んだ。

「ショウ、早く逃げて!」

「バカっ! 逃げるのはお前だ!」

 ショウが叫び返した時にはもう遅い。

「ガルルル……」

 獅子は視線をショウからまりいの方に移す。その瞳に映るのは確かな殺意。さっきの一矢で精一杯だったのか、まりいは足がすくんでうごけない。その矢は獅子の背に深々とささっている。

 獅子がまりいめがけて襲い掛かってくる。もう駄目だ。襲われてしまう。まりいはぎゅっと目をつぶった。

「シーナっ!」

 ……本当に? 

 動かない体に対し、まりいの頭の中はひどく冷静だった。目をつぶったまま、本で見たもう一つの言葉を紡ぐ。

「光に宿りし精霊よ、我は汝の加護を求める者なり」

 ここに来るまでに覚えたもう一つの術。それはショウが扱うのが難しいと言っていたものだった。

「汝の力の欠片かけらを我に貸し与えよ」

 やってみるしかない。私は今までとは違うんだ。

「……招雷!」

 雷鳴がとどろき地面に向かって落ちていく。

 焦げ臭い臭いが辺りに広がる。成功はした。だが当たったのは獣ではなく隣の樹木だった。

 獅子は動かずまりいの方をじっと見つめていた。予期せぬ攻撃に警戒しているのかつかず離れずの距離を保っている。

「光に宿りし精霊よ、我は汝の加護を求める者なり。汝の力の欠片を我に貸し与えよ」

 本を見ながら同じ呪文を唱える。当たらなかったのならもう一度やるしかない。

 一時は警戒していた獅子も攻撃をしてこないとふんだのか再び襲いかかってくる。

「……招雷!」

 ライオンが飛びかかってきたのと術の詠唱が終わったのはほぼ同時だった。

 ピシィィィ!

 雷が背の矢に当たり、獣が体をのけぞらせる。だがしばらくするとその動きも弱くなっていく。

 獅子は動かない。

 動かない獣と近づいてくるショウの姿を確認するとまりいはその場に崩れ落ちる。

「シーナ!」

 少年の声に、まりいは意識を手放すことを拒否する。だめ。ここで倒れたりしたらまた足手まといになってしまう。

「このバカっ!」

「ショウ、怪我は大丈夫なの!?」

 ショウの怒声とまりいの声が重なる。あまりにも真剣な表情にショウは台詞をのむも、『怪我』という言葉にああ、と納得したようにうなずく。

「怪我なんかしてない」

「だって肩から血が――」

「俺のじゃない。そいつの返り血」

 そう言ってショウが指差したのは先ほどまで奮闘していた獅子だった。よく見ると獣の腹部には背中とは違う傷がつけられていた。

「……じゃあ私がこなくても大丈夫だったってこと?」

 呆けた声でつぶやくと、『そうだな』という少年のそっけない言葉が返ってきた。

「そろそろ出発できそうだったからな。気晴らしに歩いてたらこいつに遭遇したんだ。運が悪かったな」

 そんな言葉もまりいの耳には届かない。

「襲いかかられた時はどうなるかと思ったけど落ち着いて対処すればなんてことなかった。それよりもだ。お前はなんで――」

「……ばかみたい」

「お前な――」

 のみこんだ言葉を再び言おうとして、ショウは絶句する。

 まりいは泣いていた。

「なんで、いなくなるの」

 目をこすりながらまりいはショウを問い詰める。

「お前が寝てたからだろ? 俺も散歩がてら見回りに行っただけだったし」

「私の時は一人で出歩くなって言ってた」

「お前一人だとまだ危なっかしいからだろ。俺はちゃんとそれくらいの判断はつけられる」

 そう言いながら、ショウは内心動揺していた。もっとも表面上には出してなかったためそれがまりいに伝わることはなかったが。

「……また一人になるかと思った」

 取り残されるんじゃないかって。いらない子供だって置いていかれるんじゃないかと思った。両親の時のように。

 ショウは何故まりいが泣いているのかわからなかった。

 まりいが泣いているのを見たのは今日で二回目。前の時はわかる。自分が異世界からきたということを、異質のものであることを打ち明け、なおかつそれを受け入れてもらえたことでほっとしたのだろう。だが今回は違う。自分がいなくなっただけでなぜ泣かれなければならないのか。そもそも荷物は置いたままだったし、仮に置き去りにするとしても、ちゃんと水と食料を渡すくらいの配慮はする。

 結局まりいの涙のわけは考えてもわからなかった。ただ言えることは。

(村に行くしかないよな)

 きっと疲れているからこんなことになったのだろう。まずはちゃんとした場所で休むしかない。

「霧も晴れた。もどるぞ」

 そう言って馬車の方を視線で促す。だがまりいはついてこようとはしなかった。

「……ない」

「え?」

「立てない」

 さっきの一件でまりいは力を使い果たしていた。今は気力で話をしているに過ぎない。

 だったらはじめから来るなよ。そう言ったところで無駄なんだろう。本来なら怒鳴りたいところなのに、彼の口から出たのはため息となんとも言えない笑みだった。

「ちゃんとつかまってろよ」

 そう言うとショウはまりいを抱えあげる。途端にまりいは顔を真っ赤にさせた。

「離して! 少したてば歩けるから!」

「立てないのにどうやって歩くんだ。今は大人しくしてろ」

「……っ」

 ショウの腕の中でしばらくは抵抗するも、時間がたつにつれ大人しくなる。

「シーナ?」

 静かになったまりいを見て、ショウはため息と苦笑を深くする。

 今度はちゃんとした場所で休ませてあげないと。村についたらあの人はどんな顔をするだろう。


 そしてまりいは別の場所で――別の世界で目を覚ます。 


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