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Part,30

「――そもそも魔法とは古代より神から与えられた偉大なる力である。その偉大なる力を言葉にして引き出したもの、それが術だ。術とは――」

「……おい」

「ここでは初歩的なものをいくつか紹介していこう。まず代表的なものが『月光』だ。これは旅をする者なら誰しもが身につけているもので――」

「シーナ!」

「わっ!!」

 近づけられた少年の顔の近さに、まりいは思わず声をあげた。その反動か、足元に手にしていた本がぱさりと落ちる。

「ごめん。急に声かけられたから」

 とりつくろうとするまりいに、少年は呆れ顔を向ける。

「さっきから何度も呼んでたけど?」

「え……」

 全く気づかなかった。それだけ本に夢中になっていたのだろうか。

「ずっと読んでるな。これってシェリアが言ってた詐欺師からもらったやつだろ?」

 苦笑するとショウは落ちていた本を拾い、まりいに手渡した。


 ミルドラッドをたって数日が過ぎた。シェリアを送り届けるという任を無事に終えた二人は、本来の任であるフロンティアを探すため東の方角を目指していた。

「シェリア、元気かな」

 数日前に別れた友人のことを思い、まりいはぽつりとつぶやく。

「元気じゃなかったらお前がやったことが無駄になるだろ」

 そう言ってショウはまりいの首にかけられたものを見る。銀色の鎖の先につけられたのは女神像の彫られた青の球体。本来は二つで意味を成すものであり、先日もフロンティアのありかを指し示してくれた。それまでの持ち主は役目を終えたこの石を――アクアクリスタルをまりいに託したのだ。

「居場所はしっかりしてる。任を終えたらそのうちまた会いにいけばいい」

 だが現在の持ち主は返事を返そうとはしなかった。どうやら完全に本に夢中になっているらしく少年の方は見向きもしない。再び苦笑するとショウは馬を走らせることに専念した。

 まりいが読んでいるのは他でもない。先日『魔法よろづ屋商会』と名乗る男からもらったものだった。相場の倍以上の金と引き換えに手に入れたのはガラクタと呼ぶに相応しいものばかり。その中で唯一まともだったのが術書と呼ばれる本だった。

 本は二冊。移動中の馬車の中は特にすることもなく、まりいが暇つぶしにと読んでいたのだが、いつの間にか夢中になってしまったというわけだ。

「――最後に。全ての術に言えることですが、術を扱うためには『精霊との契約』が必要です。また属性の違いから向き不向きも考えられます。色々試し自分なりの方法を探しましょう」

 属性って何? 精霊の契約って何のことだろう。ショウに聞いたらわかるだろうか。

 本を閉じようとして、まりいは裏表紙に気になる一節を見つける。


『これはサービスです。お代を払う必要はありません。あなたの旅が少しでも有意義なものになりますように。リザ・ルシオーラ』

「……あの人、ルシオーラさんって名前だったんだ」

 今さらながらに相手の名前すら聞いていないことにまりいは気づく。

「ショウ……」

 まりいが声をかけようとしたのと馬車がとまったのはほぼ同時だった。

「どうしたの?」

「霧が出てきた。今日はもう動けない」

 荷台から出てきて外を見ると、確かに外の景色は白以外何も見えない。これでは進むこともままならないだろう。

「仕方ない。今日は野宿だな」

 ため息をつくとショウは荷台からテントを取り出す。

「何か手伝うことある?」

「特にない」

「そう……」

 手際よくテントを組み立てていく後姿を見て、まりいは手持ちぶさたにつぶやいた。まだまだ足手まといなのかな。これでも少しはよくなったと思ったのに。

 実際はテントを組み立てるのは一人で充分だったからなのだが――まりいの様子を見てなのか、今度はショウが声をかける。

「せっかく時間ができたんだ。術の勉強でもすれば?」

「術?」

「あれ術書だろ。見た目は変わってたけど。行動手段が増えるのにこしたことはないしな」

 本当は時間つぶしに読んでいただけなのだが、ショウの言うことにも一理ある。まりいは先ほどの質問を少年にすることにした。

「『精霊の契約』って何?」

「早い話が力を発揮するためのセリフ。言っている間にイメージがわくことってあるだろ」

「属性って?」

「人それぞれにあった術の性質のこと」

 テントを組み終え夜のためにまきになりそうな枝を拾う。ショウにならい薪を拾いながら、まりいは続けて聞いた。

「ショウの属性は何なの?」

「知り合いには火だって言われた」

「火ってこの前シェリアが使ってた?」

『この前』とは、まりいが空都クートに来て初めて獣と遭遇した時のことだ。シェリアが術を使い獣を撃退していたのだ。

「少し違うけど似たようなものなのかもな。たとえばお前が覚えようとしているこの術――」

 まりいの手にしていた本、『月光』と書かれてあるものを手にし、ショウは言う。

「『月光』は属性は『月』だけど初歩的なものだからあまり関係ない。強力な術ほど属性が必要になる。反対に弱い術はそれほど属性を気にする必要はない。だからはじめは簡単なものを覚えていってその後少しずつ自分にあったものを探していけばいいんだ」

「この本は?」

 まりいはガラクタの中にあったもう一冊の本を差し出した。

「『招雷』か。こっちは上級の術だな。俺には使えない。シェリアなら使えたかもしれないけど」

「難しいの?」

「イメージするのが難しいんだ。そもそも属性自体難しいからな」

「この術は何属性になるの?」

「雷だから風、ととれないこともないし空かもしれない。空を扱える人間は少ないけどな」

「空って?」

 一つ一つたて続けざまに質問をしてくるまりいにショウは本を返しながら言う。

「全部聞いても頭が混乱するだけだろ。だったら一つ一つ丁寧に覚えろ」

「……そうする」

 素直に返事をしてまりいは本を受け取った。

 こいつといると自分が学校の先生をしているような気がしてならない。いくら場慣れしてるとはいえそんな歳でもないのに。再び本に集中するまりいの様子を見てショウは苦笑した。

 こいつと出会って一月近くたった。ラズィアの一件もすんだしそろそろ考えなければならない。元々、彼がまりいを旅に誘ったのはその方が記憶をとりもどすきっかけになるかもしれいから――まりいが記憶喪失だと思っていたからだった。だが実際は記憶喪失ではなく異世界から来たと言う。それはそれですごい事実なのだがそうなると事情は変わってくる。

(まずは村についてからだな)

 真剣に本とにらめっこをしているまりいを見た後、出来上がった薪の山に火をつけた。



「この霧、晴れるかな」

 早めの食事をとりながらまりいはショウに聞いた。

「大抵は一日もすれば大丈夫だろ。そうじゃなかったら俺が見てくる」

「私も――」

「もしもの話。今は下手に動かない方がいい」

 立ち上がろうとしたまりいを座らせ、ショウは自分の食事に手をつける。

 わからないことはたくさんある。黙々と食事をとりながら、ショウは一人思考の渦の中にいた。

 どうしてシーナはこの世界にやってきたのか。どうして彼女は名前を偽っていたのか。言葉や文化の違い等、数をあげればきりがない。

 そもそも異世界という言葉ですら疑わしいのだが、本人がそう言ってるんだ。そうなのだろう。少なくともこいつは嘘をつけない。この旅を通してショウはそれをはっきりと認識していた。

 もしかするとこの旅は、私情なのかもしれない。だったらシーナを同行させるべきではないだろう。

『確かにお前は強いし賢い。だがな、所詮お前はまだ子供なんだ。知らないことのほうが多すぎる。無理に強がろうとするな。父親の姿を追い続けるのもどうかと思うぞ?』

 ふとミルドラッドで言われた言葉を思い出し、ショウは頭をふってそれを打ち消す。自分が未熟だということはわかってるつもりだ。おじさんが言っていることもわかる。だけど――

「俺はフロンティアを見つける」

 思わず声に出してしまいショウは慌てて口を押さえた。何をムキになっているのだろう。そんなこと、口に出さなくても決めていたじゃないか。

「……もう寝るか。明日も早いしな」

 そっぽを向き、照れ隠しをするように呼びかける。だが話を聞いていたであろう少女からの返事は返ってこなかった。

「シーナ?」

 視線をやると、そこにはうつらうつらと船をこぐ少女の姿があった。どうやら眠ってしまったらしい。

 苦笑すると荷台にあった毛布をかぶせ、ショウはまりいの元を離れた。


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