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Part,29

「絶対騙されたのよ!」

 ベッドの上で、シェリアはまりいに指を突きつけた。

「そうなのかな……」

「絶対そーよ!」

 ミルドラッドでの最後の夜。まりいはシェリアたっての願いで同じ部屋に泊まることとなった。公女を救った恩人として盛大なパーティーをという意見もあったのだが、まりいとショウは丁重に断った。元々二人ともそのようなことを好む質ではなかったし何より騒ぎにされたくはなかったのだ。

「アタシがもっと早く駆けつければよかったのよね。ショウだって結局来れなかったし」

「それはしょうがないよ。二人とも忙しかったんだし」

「でも余計なもの押し付けられたじゃない。しかも相場の二倍よ?」

 まるで自分のことのように怒るシェリアにまりいは苦笑した。

 『魔法よろづ屋商会』という名刺を見せた男。気づいた時にはその姿はなく、財布もなくなっていた。代わりにあったのは、がらくたと呼ぶにふさわしいものばかり。念のためにショウに聞いてもみたが、まりいの所持金の半分以下ですむとのことだった。

 大きなスカーフに石鹸、ロープ。本のようなものにタオルとナイフ。確かに旅をする者にとっては生活必需品であるのかもしれないが、まりいには何が何だかわからない。

「これは何?」

 薄い本、これも男からもらったがらくたの一つだ――を開いてまりいは聞いた。

「術書ね。ほらアタシが前に使ってたでしょ?」

「前ってリネドラルドの時の?」

「そう。でもあなたに使えるのかしら……」

 リネドラルドで弓の稽古をつけてもらった時、シェリアはまりいの隣で術の特訓をしていた。手をつけたことはないが果たして自分に扱うことができるのか。

「時間は長いから、ゆっくりじっくりやっていけばいーわよ。それよりも!」

 ぱたんと本を閉じ、シェリアはまりいの手をぎゅっと握る。

「……シェリア?」

「ありがとう。助けてくれて。本当に感謝してるの」

 親に結婚の話を持ち出された時は、自分がまるで道具かも、人形かもしれないと言われたようで怖かった。悲しかった。『もう一度やりなおしてみようよ』あの言葉にどんなに救われたことか。

 助けたつもりが、いつの間にか助けられていた。リネドラルドに、シーナに会うことができて本当によかった。

「『大切な想いはここにある』」

 今は、まりいのものとなったペンダントをなぞりシェリアは言った。

「……『離れていても願いは叶う』」

 それにならい、まりいも公女の首にかけられているアクアクリスタルを見て言う。

「それ、どうしたの?」

「リューザにもらったの。やっぱりあった方が落ち着くもの」

 シェリアの首で輝く青い石。それを縁どるのは金色の鎖。

「アタシの願いは叶ったわ。次はあなたの番。今度はアタシが聞くわ。あなたの願いは何?」

「私の願いは――」

 シェリアに聞かれ、まりいは言葉に詰まった。

 まりいの願い。それはきっと他の人間から見れば他愛もないこと。でも彼女にとっては大切なこと。それは言葉にしたくてもできなくて。口にすることが怖くて。

「ごめんなさい。困らせるつもりはなかったの。ただあなたの願いが叶うよう祈ってるって言いたかったの。その石みたいにね」

 シェリアの心遣いが嬉しくて、まりいは銀色の鎖をぎゅっと握った。

「不思議よね。どうしてアタシ達ってあんなに似ていたのかしら」

「うん……」

 ラズィアでの二人の入れ替わりは苦肉の策のはずだった。にもかかわらず、あれだけ容姿が酷似していたのは偶然と言っていいものなのだろうか。

「もしかしたら双子だったのかも。なーんてね。

 もう寝ましょ。明日早いんでしょ?」

 そう言って毛布の中にもぐりこんだシェリアをまりいは複雑な気持ちで見ていた。

 朝が来ればシェリアと本当のお別れだ。でもそれは悲しい別れじゃない。だけど、寂しいことに変わりはない。

「そうそう。アタシあなたに渡したいものがあったの」

「え?」



 翌日。

「そなた達には世話になった」

 旅支度を終えたショウと騎士団の面々に領主は頭を下げた。

「当然のことをしたまでです。礼を言うならこの少年達に言うべきでしょう?」

「そうですわね。ありがとうございます」

 領主に続いて頭を下げる妃に軽く頭を下げる自分を、ショウはどこか客観的な思いで見ていた。

 ただ公女を故郷まで送り届けるはずだったのに。それがちょっとしたお家騒動まで発展してしまった。今回の任は予想外のことばかり起こる。

 一人ではこんなこと、まずなかったのに。それもこれも――

「ショウ様どうかなさいましたかな?」

「……公女様の姿が見えないようですが」

 神官長の視線に気づき、ショウは軽い咳払いをして聞いた。付け加えるならもう一人の連れの姿もない。

 本来ならここにいるはずの二人の少女がいない。別れを惜しんでいるのだろうか。それとも――

「ああ、それならご安心ください。腕によりをかけて磨かれているようですから」

「腕によりを?」

 料理でもするつもりなのか。もう一度問いただそうとしたその時だった。

「こっちよこっち!」

 少女の声に一同は視線を向けた。やってきたのはドレス姿の公女様、そしてもう一人は。

「ジャーン。シーナ嬢の御召変え」

 一つの三編みにまとめた髪に青のミニスカート。下に黒のズボンをはいているものの、今のまりいは少女と呼ぶにふさわしい格好だった。

「いつまでもショウの服を借りてるわけにはいかないでしょ。女の子なんだもの。これくらいしなきゃ」

 公女様の発言にショウとまりいはもちろん、騎士団までもがぎょっとした。実際服を買うだけの持ち合わせがなかったので彼やシェリアの服を借りていたのは事実だったのだが。

「可愛いでしょ。とてもお父様をぶった人とは思えない!」

 今度は居合わせた全員が顔を青ざめさせた。もっとも兵士の間ではすでに暗黙の了解となっていたのだが。

「あのっ、あの時はすみませんでした」

 真っ赤な顔でまりいは領主に深々と頭を下げた。いくら感情に任せたとはいえ自分がとんでもないことをしてしまったという自覚はあったのだ。それを見ると領主は苦笑しながら言った。

「もうあのようなことは御免こうむりたいからな。そなたの言うように娘と妃とよく話しあうことにしたよ」

「二人とも本当にありがとう。公女として、シェリアとしてお礼を言います」

 恭しく頭を下げた領主と公女に、まりいとショウは顔を見せあい笑った。この親子はもう大丈夫だ。この先何かあったとしてもきっと乗り越えていける。

「これからどうされるのですか?」

「東に、アクアクリスタルの指した道を進もうと思っています」

 リューザの問いかけにショウが答える。

 アクアクリスタルの光は東の方角をさしていた。そこにフロンティアがあるのなら黙って進むしかない。

「じゃあ私達はこれで失礼します」

「シェリア……元気で」

 自分と同じ明るい茶色の瞳を見つめ、まりいは言った。別れは辛い。それがどんなものであったとしても。

 この世界で初めて会った女の子は彼女だった。彼女と、ショウと出会って旅をして。自分のことを話して、受け入れてくれて。本当に嬉しかった。それはシェリアも同じだったのだろう。シェリアはまりいに覆いかぶさるように抱きついた。

「彼の者に幸福を。彼の者に祝福を。彼の者に――願いを」

 まりいを抱きしめシェリアは耳元でささやく。

「ショウ、シーナをよろしくね」

 友人を離し、公女はもう一人の友人に言った。

「シェリアも元気で」

 こうして二人は本来の目的を果たすためミルドラッドを後にする。

 去り行く友の姿をシェリアはずっと見つめていた。

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