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Part,28

 まりいとシェリアは約束を果たすべくミルドラッドの城下町にいた。

「リネドラルドもいいけどやっぱり自分の故郷が一番ね!」

 今までのことなど嘘のようにシェリアが大きくのびをする。

「誰だって自分の生まれ育った場所が一番いいんだよ」

「そうね」

 二人は笑みをもらした。

 初めてここに来た時はみんな表情が暗かった。でも今は違う。シェリアは親子三人で生活するという願いが叶った。それは彼女がずっと前から望んでいたこと。離れてしまうのは寂しいけれどこれは悲しい別れじゃない。まりいはそれが嬉しかった。

「まずはお礼を言わなきゃね。ちょっと待ってて。みんなに挨拶してくる!」

「あいさつ?」

 まりいが首をかしげる暇もなく、シェリアは一つの店に入っていった。菓子店だろうか。中から甘い香りがする。

「おじさーん、それ一つください」

「はいただいま……シェリア様?」

 少女の姿に主人は目を丸くした。それはそうだろう。街中を、ひいては国を騒がせていた張本人が目の前にいるのだから。

「ひさしぶり。元気してた?」

 まるで親戚のおじさんにでも声をかけるようなシェリアの行動ににまりいは唖然とするも、首を横にふる。ラズィアの一件でなりを潜めていたが、そもそも彼女はこういう女の子なのだ。

「シェリア様、よくご無事で!」

「やだ。泣かないでよ」

 目の前で大の大人に泣かれてしまいシェリアは戸惑ってしまった。その隣にいたまりいはもっと戸惑っていたが。

「リューザ様のおっしゃるようにしたかいがありました。よかった。本当に良かった」

「リューザさんの?」

 涙をぬぐう店の主人にまりいは思わず問いかけてしまった。

「簡単ですよ。遊び場を悟られないようにするんです。シェリア様はよく城を抜け出してここに来ていましたから。兵士に悟られないようにするのは大変でしたが、『いざとなったら皆で殴って気絶させればいい。通路さえ確保しておけばあとは自分が責任を持つ』とリューザ様もおっしゃってましたから」

 それが神官長がシェリアとショウに語った『手配』だったのだが、まりいは知る由もない。『それですんなり通れたのね』とつぶやくシェリアを横目で見ながら、まりいは背筋に冷たいものを感じてしまった。

「なに、シェリア様だと!?」

「あたしにも会わせておくれ!」

 どこで話を聞きつけたのか、いつの間にかシェリアの周りは人であふれる。

「シェリアって有名なんだ……」

 たくさんの人だかりに、まりいは呆然とつぶやいた。

「小さい頃はよく神殿を抜け出してここに来てたの。教えてもらったのはリューザの息子だけど」

「…………」

 一度その人に会ってみたい。なぜかいつかのショウと同じことを考えるまりいだった。

 この場合、嬉しい悲鳴と言うべきなのだろうか。きさくに声をかける人や泣き出す人。旅の話を聞きたがる子供。先を進みたくても進めない状況になっていた。

「シーナ……」

 シェリアは苦笑いでまりいの方を見た。

「シェリアはここでゆっくりしてきていいよ。私は少しお店見てくる」

「ごめんね。もう少ししたら追いつくから」



 まりいは一人街を歩いていた。

 結局、街を案内するという約束は中途半端に終わってしまった。それでも彼女は満足だった。シェリアの笑顔をみることができたのだから。

 お金はシェリアからもらってはいるものの、これといって買わなければいけないものもない。時間もあるのだ。色々見てまわってみよう――

「お嬢さん」

 声をかけられたのはそんな時だった。

 辺りを見回すも声の主らしき人影はない。聞き間違いだろうか。

「こちらですよ。お嬢さん」

 再び声をかけられ、まりいはもう一度辺りを見回した。

 そこにいたのはフードを目深にかぶった男。男性だとわかったのは女性にしては声が低すぎたからだ――がまりいの方を見ている。

「すみませんが道を教えてもらえませんか?」

 中肉中背。年の頃なら二十歳前後だろうか。真っ赤な服に緑のフードつきマント。体には不釣合いなほどに大きな水色の袋を背負っている。普通なら目立ちそうな容貌だが不思議なことに誰もそれをとがめようとしない。

「ごめんなさい。私もよくわからないんです」

「そうですか……。ああ、申し遅れました。わたしはこういう者です」

 藍色の髪と紫の目。白い肌と相まって、本来ならば病的に見えそうなものだが全くそう見えないのはなぜだろう。そんなことを考えながら、まりいは差し出した名刺に目を通した。

「『魔法よろづ屋商会』?」

 見たことも聞いたこともない名だ。なんと言えばいいのかわからず、まりいは名刺と男の青い瞳を交互に見比べる。そのうち、男が自分を見つめていることに気がつく。どうしたのだろう。普通の視線とは違う。まるで自分のことを見定めているような――

「あの、なにか……」

「失礼。つい見とれてしまいました。綺麗な顔をしていますね」

「はぁ……」

 言葉とは裏腹に表情からは全く別のものが感じられる。よくわからないが、ここは逃げた方がいいのだろうか――

「あなた、逃げようとしていますね」

「え!?」

 図星をつかれ、まりいは目を白黒させた。その様子を満足そうに見ると男は語る。

「これでも商人ですからね。それくらいはわかります。お客さんに逃げられてしまっては大変ですから」

「そうなんですか」

 まりいは安堵の息をもらした。なんてことはない、品物を買ってくれるかどうかの値踏みの視線だったのだ。だからといって逃げた方がいいことに変わりはないのだが。

「ほら、今日はあなたのために取っておきの商品を用意しました。お一ついかがです?」

「え、でも――」

 元々物を買う気はない。そもそも道を聞きたいのではなかったのか。

「見るだけでかまいませんから。ね?」

 『見るだけ』でいいのなら何故こんなにも必死なのだろう。そう思ったときにはもう遅く、腕をがっしりとつかまれてしまった。

「お願いします。路銀がないんです。このままじゃのたれ死んでしまいます。話を聞くだけでもけっこうですから」

 先ほどとは対称的な、すぐにでも泣き出しそうな、まるで欲しいものをねだる時の子供のような瞳。本来まりいは押しに強いほうではない。ましてやのたれ死ぬとまで言われた人を見逃せるほど悪い人間にもなれなかった。

 こうしてまりいは『魔法よろづ屋商会』と名乗る不審な男と一時間も行動を共にすることとなる。

「――ですからこれは、旅をするのにもってこいの品なんですよ」

「はぁ」

「こちらの袋はどうです? どんなものでも入りますよ」

「荷物の管理はショウがしてくれてるから……」

「お連れの方がいるんですか? でしたらお連れ様にこれなんかどうです?」

「私だけじゃなんとも……」

 まりいは完全に男のペースにはまっていた。

 どうしよう。断りたいけど断れない。あやまって立ち去ればいいんだろうか。でもそれじゃあこの人が気の毒だし。

 ショウかシェリアがいればこのような状態にはならないのだろうが、不運にもこの場にはまりい一人。話は一向に終わる気配を見せなかった。

「ではこれなどいかがでしょう?」

 そう言って男が袋から取り出したのは、やはり袋。口を開けると中から本や布、ナイフが顔をのぞかせる。

「生活必需品がつまった一品。まさにお買い得ですよ」

 そんなことを言われたところで、どれが生活に欠かせないものなのか、まりいにわかるはずもない。

「ごめんなさい。私お金あまり持ってないんです」

 気の毒だがここは事情を言って立ち去るしかない。

「そちらのいい値段にしますよ?」

「でもこれだけしかないんです。ごめんなさい」

 自分の財布を男に見せた後、まりいは素直に頭を下げた。

「ごめんなさい。だから――」

 頭を下げたまま、まりいが再びあやまろうとした時だ。

「扉は開かれた」

 それまでとは違う厳かな声に、まりいははっと顔をあげた。

「君が変わりたいと願ったから。だからあいつは扉を開いた。ここから先は自分次第」

 自分を見つめる青い瞳。それはこれまで見てきた中で一番大人びた眼差しだった。

「オレ達はこうして見守ることしかできない。だから頑張って。全ては君次第なんだ」

 それまでとは違う口調。だが内容はいつか聞いた『あの声』そのものだった。何故この人は知っているのだろう。見守るとは一体何なのか。

「あなたは一体――」

「シーナ!」

 自分を呼ぶ声に視線を移す。そこにはシェリアの姿があった。

「ごめんなさい遅くなって。一人で何やってたの?」

「一人じゃないよ。『魔法よろづ屋商会』の人と話してた」

「『魔法よろづ屋商会』?」

「うん、この人が――」

 シェリアに商人を紹介しようと振り返り、まりいは唖然とする。

 そこにはもう男の姿はなかった。

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