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Part,25

「姫様お綺麗ですわ」

「これなら公爵様もお喜びになりますわね」

 侍女達の声をうけながら、偽りの公女は鏡に映る自分の姿を見る。真っ白なウエディングドレス。裾の部分に銀糸の刺繍が入ったそれは侍女達の成果もあってか公女によく似合っていた。本来ならば少なくともあと二年はたたなければ着ることのできなかった代物に、まりいは苦笑する。

 今日はラズィア公爵とミルドラッドの公女の結婚式だった。何度か抜け出せないかと試みてはみたものの、今度はさらに警備が厳重になっており少女一人では出歩くこともままならない状況になっていた。

「姫様これを」

 年老いた侍女が花束をまりいに手渡す。

「これは?」

「他の者につんでもらいました。このブーケは花嫁を幸せにしてくれると言われています」

(この世界にもそんな言い伝えがあったんだ……)

 ドレスとてらしあわせたように真っ白な花。地球で言う、かすみ草だろうか。小さな花をたくさん集め、周りを水色の紙で覆ってある――

「……?」

 ブーケの中に何かが紛れ込んでいることに気づき、まりいは尋ねた。

「この花を摘んでくださった方は?」

「さぁ……。誰か知っているかしら」

 周りの侍女に尋ねてもそれぞれ首を横にふるばかりだった。

 他の者に頼んだが送り主のわからないブーケ。それに紛れ込まれたあるもの。導き出される答えは一つ。

「少しだけ一人にさせてもらえますか? 気持ちを落ち着けたいんです」

「ですが……」

「ほんの少しでいいんです。お願いします」

 頭を下げる公女を見て、年老いた侍女は慌ててしまった。

「おやめになってください。あなたは妃様になられるお方なのですから。

 ……わかりました。またお迎えにあがります」

 礼をすると侍女達は部屋を後にする。扉が閉められたことを確認して、まりいは改めてブーケをまじまじと見た。ブーケの中にひそんでいたもの。それは小振りのナイフと一枚の手紙だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


シーナへ


 ごめんなさい。アタシのせいでこんなことにまきこんじゃって。何かひどいことされてないかそれだけが心配です。

 あの後、お父様とお母様に話してみたの。婚約は破棄、これからは三人一緒にくらそうって言ってくれました。これもシーナのおかげね。あなたには本当に感謝してる。

 今いる部屋からまっすぐ行ったところに大広間があります。そこから左へ行けば外へ抜け出せます。ショウがそこで待ってるから頑張って抜け出して。目印に赤い花を置いてるんですって。あなたの無事を確認してから騎士団が城内に入るみたい。

 それじゃあ、また会いましょう。


シェリア


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 手紙を読み終えると、まりいは安堵のため息をもらした。

 よかった。仲直りできたんだ。これでもう大丈夫。あとは逃げるだけでいい。

 手紙とナイフを服の中にしまい、部屋を出て行こうとして――まりいは、あることに気がついた。

 アクアクリスタルはどうなったんだろう。手紙には一言も書いてない。もどることは簡単だ。でもあれはシェリアにとって大切なものだ。

 ……このままでいいの?

「姫様、準備はよろしいですか?」

 扉の向こうで侍女の声がする。

「……はい」

 まりいはある決心を胸に返事をした。

 だがその決意は、後に自分の身を滅ぼすこととなる。


 侍女に連れられ、まりいは礼拝堂にたどりつく。

「これは素晴らしい」

「式を急がせたのもうなずけますな」

 そこには来客だろうか、大勢の貴族も参列していた。その中心には正装をしたラズィア公爵の姿がある。

「シェリアよ、お待ちしていました。この日が来ることをどんなに待ち望んでいたことか」

「アクアクリスタルはどこですか?」

 笑みを浮かべる公爵にまりいは毅然として答えた。

『何が目的か知らないが何を言われようが最後まで毅然としてろ。それが相手を欺くコツだ』

 ペンダントを奪った男の姿は見えない。本当に公爵が自分を偽物だと知らないという確証もない。だがここまできた以上公女として通すしかない。まりいの静かな決意が彼女をより公女らしくさせていた。

「困った方だ。わたしより宝石の方がよっぽど大事だとみえる」

「答えてくださ――」

 まりいはその先を言うことができなかった。なぜなら公爵に抱きしめられていたからだ。

 いや、正確には公爵の言葉に恐怖を感じたからだ。

(大人しくしていないとこれから先のことが保障できないぞ)

 耳元でささやかれ、まりいは体を強張らせた。男性に抱きしめられている嫌悪感と恐怖で足が震える。それを見て公爵はほくそえんだ。所詮は小娘のたわごと。何を言おうが聞き流しておけばいい。石さえあれば用はないのだ。もっとも、その前にもうひと働きしてもらわねばならないが。

「これをわが妃の証としてさしあげましょう」

 大人しくなった公女のベールをめくり、公爵はティアラをとりだす。ティアラの中央には青い宝石が――アクアクリスタルがはめ込まれいた。

 ティアラを花嫁の頭の上にのせると周りから歓声がわきおこった。


宴が始まり、周囲はますますにぎやかになった。

「シェリア、私にしゃくをしてくれませんか」

 公爵に声をかけられまりいは身震いした。

「どうした? あなたは私の妃になったでしょう?」

 それは暗に逆らえばどうなるかわからないと言うことを指していた。ここで下手に逆らうのは危険すぎる。それくらいの判断能力はまりいにも備わっていた。

「……はい」

 まりいはしぶしぶ酒を公爵のグラスに注いだ。アルコールの濃度が高かったのか元々酔いやすい体質だったからなのか、口にしたとたん公爵の顔が赤く染まる。

 もしかしたらこのまま酔いつぶらせることができるかもしれない。次の酒を注ぎながら、まりいは公爵に尋ねた。

「どうして式を早めたのですか?」

「前にも言ったでしょう。あなたを早く妃に迎え入れたかったのですよ。多少乱暴になってしまったことはいなめませんが」

 本来なら本物の公女がきくはずの台詞にまりいは嫌悪感を覚えた。違う。本当にシェリアが大切ならこんなことはしない。アクアクリスタルのことがなかったとしても、シェリアがここに来て幸せになれるはずがない。

「アクアクリスタルをどうするつもりなんですか?」

 なおも同じことを言い募る妃に公爵は赤い顔で言った。

「それはあなたが一番よく知ってるでしょう?」

 まりいは顔をしかめた。一体何のことを言っているのだろう。 本当にわからなかったのだ。この時までは。

 だが、上機嫌の公爵の言葉にまりいの表情は固まる。

「フロンティアを知っていますか?」

 知らないはずがない。元々それを求めて旅をしているのだから。

 リネドラルドに着いた日、まりいはショウに旅の目的を尋ねていた。

 一つは人捜し。もう一つはあるものを探してその人を捜し出す。一体どんな形をしているのかわからない。もしかしたらものですらないのかもしれない。確かなのは、どんな願いも叶えてくれるということだけ。

 それは空都クートの住人なら誰もが知っているおとぎ話。だがそれを躍起やっきになって探す者達もいる。そのあるものの名前が――

「アクアクリスタルはそれを求める手がかり。それを扱えるのはあなただけ」

 酒に酔ったのだろうか。公爵はさらに饒舌になる。

「あなたを欲しいと思ったのは本当ですよ。あと数年もすれば立派な女性になるでしょうから」

 赤ら顔で近づき腕をつかまれる。何をするつもりかと問いただす暇もなく、口に液体を注がれる。

「祝杯です。これくらいいいでしょう?」

 初めて飲んだ酒は、まりいにとって苦々しいものだった。その様子を見ても周りは何も言わない。全てが見て見ぬふりをしていた。それもそのはずだ。招かれた人々は皆、アクアクリスタルを、フロンティアを目的とした集団なのだから。

 アクアクリスタルを使ってフロンティアを手中に収める。それが公爵の狙いだった。

 フロンティア。それは今まで何度も人々の間に語り継がれては誰もが正体を見たことがない未知なるもの。願いをかけた者の望みをかなえるという不可知なるもの。この力が石にこめられているという情報を、公爵はある人物を通して知った。だがアクアクリスタルを扱えるのはミルドラッドの公女だけ。そこで領主に取り入りシェリアを妃にと申し出たのだった。

 準備は整った。小娘を使うことはいつでもできるのだ。しばらくは勝利の余韻にひたろう。

 この慢心がやがて自分の身を滅ぼすということも知らず、公爵は酒を飲み続ける。



 数時間後。まりいは鈍い痛みに目を覚ました。

 頭がガンガンする。この吐き気は何?

 それは常に言う二日酔いなのだが、まりいが知る由もない。

 隣を見ると公爵は眠っていた。あれだけの酒を飲んでいたのだ。当然だろう。

 それは周りも同じだった。気持ちよさそうに寝息をたてる者や今もなお話を続けている者。

 この中で一つだけ言えること。逃げ出すなら今。

 ティアラから宝石を抜き取りまだ痛む頭をおさえながら、周りに気づかれぬよう、まりいは礼拝堂を抜け出した。


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