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Part,24

 謁見の間は静まりかえっていた。 兵士はおろか領主も言葉を発しない。

 連れ去られたと思われていた公女の突然の帰還に領主と妃への反発。突然の事態のたてつづけに誰もがどう対すればいいのかわからなかったのだ。

「公よ、あなた様はまた同じ過ちをおかすおつもりですか?」

 老神官の一言が重い沈黙をやぶる。

「口がすぎるぞ。私は過ちなど――」

「御自分の娘を泣かせて正しいとでも?」

 全員がはっとして公女を見る。公女は、シェリアは泣いていた。

「これが過ちでなくて何なのです?」

 厳かに告げる神官長を前に、公主は二の句が告げなかった。 その様子を見て、リューザは妃に同じ質問をする。

「妃様。あなたのお父上は、先代のカザルシア王はいかがでしたか? 立派な方だったのでしょう?」

「当然でしょう。それはリューザ、あなたが一番よく知っているはずです」

 シェリアの母親はリネドラルドから嫁いできた。とどのつまりは元リネドラルドの皇女、父親は先代のカザルシア王ということになる。今さら何を聞くのかと半ば嘲笑じみた発言に、初老の神官は静かに語りかけた。

「ではその先代はあなた様に――自分の娘に今のシェリア様のようなことをなさったのですか?」

 そう言うと、妃は顔を赤らめうつむいた。否定しないということは神官の言葉に思い当たる節があるということなのだろう。

 ――すごい。

 ショウは心の中で感嘆の声をあげた。まさに鶴の一声。俺達が行動を起こさなくてもはじめからこの人に任せておけばよかったのではないか?

「差し出がましいことを言って申し訳ありません。ですが、育ての親として不穏な行動をしている輩にシェリア様を嫁がせたくはなかったもので」

「不穏な行動?」

 それまで口を閉ざしていた公主が顔を上げる。

「それはこちらにいるショウ様がよくご存知かと」

 その場にいた人間の視線が一斉にショウに向けられる。

 ――すごい。すごすぎる。

 再び感嘆のため息をもらした後、ショウは公主にむかって事実を告げた。

「ラズィアの公主は不正をはたらいています。シェリア様の婚儀を急がせたのもそのためです」

「不正?」

「詳しいことは騎士団からおって知らせがあります。これを」

 周囲のざわめきをよそに、ショウは公主に一枚の書状を手渡した。目を通した途端、公主の顔がみるみる青ざめていく。

「ラズィア公はアクアクリスタルを使って何かをしようとされていたようです」

「アクアクリスタルを?」

「それは神官長様が詳しいかと」

 ショウ一言で視線が再び初老の神官に注がれる。

「純正のアクアクリスタルには王族にしかなしえないことがあるのです。これは我々神官の一族にしか伝えられていませんから」

「なぜ今まで黙っていた!」

 公主が声を荒げるもリューザは平然とした顔で会話を続ける。

「神官長代々受け継がれていた秘め事だったのです。それは君主であるあなた様にも伝えることはならない。知りえたところで現在はシェリア様しか扱うことができないことですから」

「アタシしか?」

 目をこすりながらシェリアは首をかしげた。そんなこと今まで一度も聞いたことがなかったのだ。

「正確には、成人を迎えていない王族の者しか扱えないのです。

 アクアクリスタルはあるものを示す手がかりなのです。あちらはどこかでその情報を知りえたのでしょう」

「……内通者がいたと?」

「それはわたしのあずかり知らぬところです。ですが、あちらの思うようにはいかないでしょう。あちらにはこれがありませんから」

 リューザの手の中にはもう一つのアクアクリスタルがあった。

 銀色の鎖に青い石。それは公女が肌身離さず身につけていたもの。もう一つは偽りの公女が身につけているはずのものだった。

『大切な想いはここにある』『離れていても願いは叶う』これらの指し示すものとは一体何なのだろう。

「さあ。あなた方はどうされますか。それでもシェリア様を嫁がされますか? 寄宿学校へよこされるのですか? ご自分の娘が悲しむことをなされるおつもりか」

 目の前にはかつての教育係であるリューザ。そのすぐ隣には娘のシェリア。公主は言葉につまってしまった。

「お父様……」

 弱々しく声をかける自分の娘。父親と――自分と同じ明るい茶色の瞳。怒られるのが怖くて、でもわかってほしくて。

 娘の顔をこんなにじっくりと見たのは久しぶりだ。前は公爵との婚礼と妻との一件でろくに会話もしようとはしていなかった。いつの間にこんな表情をさせるようになってしまったのだろう。考えてみれば公務にかまけて娘どころか妻である妃のことさえろくにかまおうとしなかった。いくら公女とは言えこの子はまだ子供なのだ。親の愛情を欲しがらない子供などいるはずがない。

 少しだけ目を伏せ公主は――父親は、娘に言った。

「シェリア、そなたは……おまえはどうしたい?」

 今までのものとは違う穏やかな口調に気づき、シェリアは一言一言かみしめるように言った。

「一緒にいたいです。お父様と、お母様と一緒に」

 それがシェリアの願いだった。

 両親と一緒に暮らす。それはささやかで、簡単なようで、今までずっと叶うことのなかったもの。

「……そうか」

 シェリアの言葉に公主は静かに目をつぶる。再び目を開けた時、彼の目はそれまでと違っていた。

「婚約は破棄だ。こちらからも直ちに兵をあげろ」

「……え?」

「寄宿学校もいかなくていい。ここには優秀な教育係がいるからな」

 父親の言葉にシェリアは唖然とした。

「おまえのようなはねっかえりを行かせるわけにはいかないだろう。……不満かい?」

 真っ赤な顔でシェリアはぶんぶんと首を横にふった。

「これは私の独断にすぎないが、そなたはどうだ?」

 夫の言葉に妻は苦笑しながら首を横にふった。 妃とて全く娘のことを想っていなかったわけではないのだ。こうなった以上、何を否定する必要があるだろう。

「夫の言葉には妃は従わなければなりませんわ。その代わりちゃんと教養を身につけるのですよ」

「はい!」

 シェリアは何度もうなずき二人に抱きついた。戸惑いながらも娘を抱きしめる公主と妃。そこにはもう、それまでの悲しい親子の姿はなかった。



「はじめから、こうなることがわかっていたんですか?」

 シェリア達の様子を遠巻きに見ながらショウはリューザに問いかけた。

「まさか。わたしは神に遣える身ですが、預言者ではありません」

 ここに来る前と全く変わらぬ表情の神官を見て、ショウは肩をすくめる。深くは考えないほうがいいのだろう。公女の幸せそうな姿を見れただけで充分じゃないか。

「きっと、これからが大変でしょうね」

「今ではなくて?」

「あのお二方はろくに夫婦らしい会話もできていませんでしたから。しかもシェリア様とはそれ以上でしょうし、シェリア様ご本人がいつここを離れてしまうかわかりません」

「……シェリアは両親と一緒にいることを望んでたんだ。そう簡単にミルドラッドを離れようとはしないと思う」

 これまでの言動から、口調を元にもどしてショウはリューザに言葉を投げかける。それに対し、神官はまるで自分の子供にでも語りかけるような口調で告げた。

「今は、そうでしょうね。本来あの子は一つの場所にとどまる性格ではないのです。期をみていつかいなくなってしまうでしょう」

「よくわかりますね」

「育ての親ですから。子供は日々成長している。それを目の当たりにするのは嬉しい反面寂しくも感じます。それはあなたにも言えることです」

 ショウは曖昧な笑みを返すことしかできなかった。

 シェリアはそれまでの環境を嘆いていたが、決して不幸ではなかったのだろう。こんなに立派な養父がいたのだから。ましてや、これから本当の家族になろうとしているのだ。不幸であるはずがない。

「全ての行動には何かしら意味があるのです」

 目をつぶり、神官長は静かに語る。

「何事も行動を起こさなければはじまらないのです。

 今回はシェリア様のことがきっかけになりました。ですが、その糸口となったのはあなたとシーナ様。あなた方がいなければあの光景は決して見ることができなかった」

「それは神官としてのお言葉ですか?」

「わたしの持論です。 若者の行動力には時に驚かされます」

 神官長だからだろうか、それとも年老いた者の発言だからか。リューザの台詞には心を動かされるものがあった。

「全ての行動には何かしら意味がある」

 神官の言葉を、ショウは自分の唇にのせる。行動をおこさなければ何もはじまらない。確かにあの一連の行動がなければ何も起こらなかった。そして、そのきっかけを作ったのは――

「あいつだよな」

 ここにいない一人の少女の行動を思い出し、少年は苦笑した。

 本当に、なんであんなことができるのだろう。出会った頃はただの弱々しげな少女でしかなかったのに。

「一つ聞いてもよいですかな?」

 リューザの言葉にショウは顔を向けた。

「俺の答えられることなら」

「あのお方はシェリア様と大変よく似ていらっしゃる。ですが、ミルドラッドにはおろかリネドラルドにもあのような方の存在は記録されていない。あの方は一体何者です?」

 その言葉にショウは静かに目をつぶる。それは先ほどの公主と全く同じ行動だった。

 そんなもの、俺の方が知りたい。顔を見たとたんに後ずさって、怖がりなくせに自分から狩りについてきて。かと思えばとんでもない行動をとって。

 だけど、一つだけ確かなことがある。

 目を開けると、ショウは神官長の目を見据え、静かに、だがはっきりとした口調で言った。

「あいつは――シーナは、俺の相棒です」

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