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Part,23

 そして同時刻。

「アタシはシェリアです! 公女である前に一人の人間なの!」

 謁見の間でショウは以前と同じ境遇に頭をおさえた。

 どうしてだろう。どうして俺の周りにはこんな女しかいないのだろう。

「アタシはアタシです。人形でも道具でもない!」

 ずっと旅をしていたからわからなかった。女って案外たくましいんだな。

 公女様のうしろで少年は大きなため息をついた。



「帰ってきたのね……」

 シェリアは感慨深げにつぶやく。街中のいたるところにあるのは噴水。まぎれもないここはミルドラッド。シェリアの生まれ故郷だった。

「どうする? 直接城に行くか?」

 ショウの申し出にシェリアは首を横にふった。

「直はさすがにダメでしょ。他の方法でいきましょ」

「考えがあるのか?」

「着いてきて」

 シェリアに促され二人して道を歩く。城内であれだけのことをしていたのにもかかわらず、街は初めて来た時と全く変わりなかった。街の住人も全くおびえた様子もない。

 おかしい。兵の姿が見えない。領主が自分達の詮索をやめたとは考えにくい。あれほどのことをやったのだ、怒っていないはずがないだろう。ならなぜこうも平和なのか。

「障害物はないにこしたことはないか」

 疑念を追い払うようにショウは首を横にふる。今さら考えていても仕方がない。余計不安に陥るだけだ。

「何か言った?」

「なんでもない。急ごう」

 二人はさらに道を進んでいった。しばらくすると古ぼけた一軒家にたどりつく。

「中に入って」

 言われるままショウは建物の中に入った。家具全てが埃にまみれていて今にも壊れそうだ。

「ここに何があるんだ?」

「抜け道があるの。ちょっと待ってて」

 何でそんなものを知ってるんだ? ショウが問いかけるその前に、ドカッと何かを蹴破る音がした。その後に見えたのは壊された壁とその奥に続く通路。

「……ええと」

 彼にしては珍しく言葉につまってしまった。

「さ、早く!」

 なんと言っていいのかわからず、ショウは公女様の後に呆然とついていくことしかできない。

「子供の頃はよくここで遊んでたの。あの家が壊されてなくてよかったわ」

 何事もなかったかのように道を進む公女を見て、運び屋の少年はおずおずと声をかけた。

「周りは何も言わなかったのか? あの神官長、リューザ様が教育係だったんだろ?」

「リューザは色々言ってたけど、この方法はその教育係の息子が教えてくれたのよ? これくらい知ってて当たり前だって。抜け道だって買い食いの仕方だって教わったんだから」

 それこそ何事もなかったかのように会話を続ける公女に、今度こそショウは言葉をつまらせる。

「どーかしたの?」

「……なんでもない」

 額に手をあてるショウを見てシェリアは首をかしげた。

 なんでそんなことを聞くのかわかってないといった表情。原因が自分にあるなんてこれっぽっちも思っていないんだろう。実際その通りなのだが――ショウは他の言葉を捜す。

「こんなこと、いつも『教育係の息子』とやらに教わったのか?」

 そう言ったのは何度目かの扉を蹴破った時だった。

「そうよ?」

 あっけらかんと言ってのけるシェリアにショウは目まいを覚えた。比較的幼い頃から旅や運び屋の仕事をしていた彼にとって、同年代の異性と接する機会はあまりなかった。だからそうだと言われたら納得するしかない。だが仮にも公女がさびついた扉を蹴破っていくという状況はいかがなものだろう。

 シーナの時といい、女とはこういうものなのだろうか。王族とはこういうものなのだろうか。それとも今までの俺の認識が間違っていたのか。

「『公女たるものいついかなる状況においても臨機応変に行動しなければならない』そうでしょ?」

「……そうかもしれない」

 この際だ。そういうことにしておこう。別の疲れを感じながらショウは曖昧にうなずいた。

「その教育係の息子に会いたくなってきた」

 その人に会って聞きたい。一体どちらの認識が間違っているのかと。その人に会って聞きたい。一体どんな教育をしたのかと。

「この間までいたみたいなんだけどまた旅に出たんですって。今度帰ってきたら紹介するわ」

  実はこの人物とは後に顔をあわせることとなる。もっともそれが長い付き合いになろうとは二人は知る由もない。

 やがて通路は終わりをむかえ、視界は明るさをとりもどす。

「着いたわね」

 公女の嬉々とした声にショウは半ばげっそりとした表情で顔を上げる。

「今度はどこに着いたんだ?」

「アタシの第二の家」

 そう言った公女は本当に嬉しそうだった。公女は神殿で育ったと言っていた。ということは――

「そう言っていただけると、わたしとしても嬉しいですね」

 そこにいたのは神官服に身を包んだ初老の男。

「お帰りなさい。無事に帰れたようですね」

「リューザ!」

 考えるまでもなく、そこは神殿だった。

「お帰りなさい。お体は大丈夫ですか?」

「あの時はありがとうございました。公女様もなんとか無事です。幸い兵士にも遭わなかったですし」

 実際、この神官がいなければシェリアを助け出すことはできなかった。ショウはリューザに深々と頭を下げた。

「それは何よりです。街の皆さんに手配してもらった甲斐がありました」

 『手配』とは一体どのようなことを言うんだろう。そう聞こうとして、ショウは口をつぐんだ。表情は穏やかだが、かもしだす雰囲気が『これ以上野暮なことを聞くな』と物語っている。これ以上深入りするのは怖い。本能的にそう感じていた。

 それと同時に、ショウは一つの結論に至る。シェリアがシェリアなのはこの神官長とその息子とやらの教育によるたまものだと。一方、そのシェリアは育ての親に会えたという嬉しさでいっぱいだった。

「お帰りなさい。大変でしたね」

 自分に抱きついて泣きじゃくる公女の背中をリューザは優しく叩いた。

「アタシ、アタシ……っ!」

 子供のように泣きじゃくる――実際子供なのだが――公女をショウは離れた場所で見ていた。たて続きに色々なことがおこったのだ。緊張の糸が切れたんだろう。彼女も普通の女子だったんだな。そういえば姉はどうしてるだろう。元気でやっているだろうか。

「ショウ様もありがとうございました。育ての親として礼を言います」

 リューザの声にショウは慌てて思考を閉ざした。

「私は……俺がやったことは少しにしかすぎません。実際にやったのはシーナだ」

 そうだ。ここにいるのは本物の公女一人。ラズィアには偽物の公女が、シーナが取り残されているのだ。彼女を連れ戻さなければこの一件は本当の意味で解決したことにならない。

「そうよ! シーナを助けなきゃ!」

 涙を拭いてシェリアはショウの方を見た。

「救援はどれくらいかかるの?」

「話はつけた。二日もあれば十分だ」

 大急ぎで馬を乗り継ぎリネドラルドに事の顛末を告げたのはつい先日。公女が、姪が捕らわれの身であることを知った王はただちに兵を集めた。

 だがそれでも時間はかかる。必ずラズィアにむかうという約束をとりつけた後、ショウは一人ミルドラッドに戻ってきたのだった。

「二日ですか。その間に私たちは私たちにできることをしましょう」

 厳かに告げる神官を二人は不思議な顔で見た。

「まずはあなたです。思いのたけをぶつけてください」

 育ての娘の肩をつかみ、リューザはにこやかに告げた。



 そして、現在に至る。

「アタシはシェリア。公女である前にアタシなの!」

 両親の前で公女は思いのたけをぶちまけていた。

「……いいのか? あれで」

 なんと言っていいのかわからず、ショウは思わず本来の口調でつぶやく。少しして聞きとがめられたかと口をつぐむも、リューザは意に介した様子もなく穏やかに言った。

「いいんですよ。あれで」

 そう返す神官もどうかと思うけど。その台詞はなんとか飲み込みんだ。シェリアをじっと見た後、視線を隣の少年に移し神官は静かに語る。

「シェリア様は色々溜め込みすぎていたんですよ。本当に素直なお方ですから。いい意味でも悪い意味でも」

「どういう意味ですか?」

「いずれわかります」

 リューザの言葉の意味を考えてみるも少年にはまだ理解できない。仕方がないのでショウは神官や周りの兵士と同じく成り行きを見守ることにした。

 全てを吐き出した後シェリアは言う。

「だから結婚はしません。

 勉強は、します。だけど寄宿学校には行きません。アタシは……わたくしはお父様とお母様と一緒にいたいんです。自分のことは自分で決めたいんです」

 その後ぎゅっと目をつぶる。

 言うだけ言った。後はどうなるのだろう。聞き入れてほしい。わかってほしい。

  だってアタシは、あなた達が好きだから。

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