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Part,22

 宿の一室でショウはシェリアと久しぶりの会話をしていた。

「そうしてると似てるな」

「でしょ? アタシも驚いたわ」

 そう言ってくるりと優雅にまわる。服装は侍女の格好のままだ。

 二人が入れ替わる。それはまりいが考えた作戦だった。元々背格好が似ていた二人。幸い周りはこちらのことを知らない人ばかり。少しの間ならごまかしがきくのではないか。もっとも神官長が二人のカツラを用意しなければできなかったことだが。あの神官はそれをたった一回で見抜いたのか。だとしたらとんでもない人だな。人知れずショウは背筋に冷たいものを感じた。

 確かに似ているとは思った。でもまさかここまでそっくりだとは思わなかった。それがショウの正直な感想だった。焦げ茶色の髪に明るい茶色の瞳。何も話さなければ目の前の少女はまりい以外の何者でもない。これだけ似ている――そのものなのだ。公女が偽物だとは気づかれてはいないはず。だがもしものこともある。

「ミルドラッドに戻るぞ」

 気を取り直しショウはシェリアに言った。

「シーナは?」

「数日は公女のふりをしてもらう。その間にリネドラルドの騎士団に来てもらう」

 二人が入れ替わりシェリアはミルドラッドへ。まりいが時間かせぎをしている間にショウがリネドラルドの騎士団に連絡を入れる。これが今回の手順だった。

「間に合うの?」

「ぎりぎりってところだな。

 そう言えば城にアクアクリスタル落としてただろ? 今回の一件と何か関係あるのか?」

「部屋にいたら黒尽くめの人に襲われたの。アクアクリスタルを話していたからとっさに――」

 それで城に落ちていたわけか。それなら合点がいく。

 ふとショウは公女の首元を見る。彼女の首にはペンダントはなかった。

「もう一つはシーナに預けたの。いけなかった?」

 よくはなかっただろう。そう言いたかったが抑えることにした。公女をここまで連れてこられただけでもまりいの功績は大きい。後は運を天に任せるしかない。

「とにかく帰ろう」

 そう言って踵をかえそうとしたショウの腕を公女様がつかむ。何事かと振り返った少年に、公女は真摯な瞳で言葉を紡ぐ。

「まだ言ってなかったわ。来てくれてありがとう」

 少しの間絶句するも、肩をすくめショウは苦笑した。

「礼ならあいつに言え。元々あいつが言い出したことだしな。

 すごかったぞ。領主のところに直談判。怒鳴ったあげくに最後は……」

 ここまで言うとショウはシェリアから視線をそらした。言っていいものかと思案しているような口ぶりにシェリアが続きを促すと、ショウは口を開いてこう言った。

「領主の頬をひっぱたいた。平手でおもいっきり」

「…………」

 二人の間を沈黙が流れる。その後どちらともなく笑い出した。

「すごいわね。お父様をぶつ人がいるなんて」

「俺もまさかあんなことするとは思わなかった」

 もしかしたらこの中で一番すごいのは彼女なのかもしれない。二人の間に共通の思いが生まれる。そして笑いをおさめた後も同じ思いが生まれていた。

「こんなことしてる場合じゃないわね。早く帰りましょ」

「そうだな。早く迎えにいかないとな」

 シーナ、どうか無事で。

 偽りの公女を一人残し、二人はミルドラッドの帰路についた。  

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 シェリアとまりいが入れ替わって五日。偽りの公女はずっと一人だった。

「シェリア、大丈夫かな……」

 幸いだったのか当然のことだったのか。公女の素性が周囲の人間にばれることはなかった。それだけ二人の容姿が似通っていたということなのだろう。なにしろ一緒にシェリアの元におとずれたあの侍女でさえもまりいを公女だと信じて疑わなかったのだから。もっともシェリアがここでは口数が少なかったため余計ばれずにすんだのではあるが。

「いつまでこうしてるといいのかな」

 無理は承知での時間稼ぎなのだ、そうそう上手くいくはずがない。それは充分承知していた。だが日がたつにつれ、はたしてうまくいくのか、まだばれてはいないのかと不安が募る。

「あなたが石のありかを教えてくれればいつでも出してさしあげますよ」

 第三者の声にまりいはあわてて振り向く。そこには、まりいより一回り年上の男性がいた。痩せぎすの体に鋭い目つきの男。彼はラズィア公爵だったのだが初対面だったまりいは当然知るはずもない。

「石ってアクアクリスタル?」

 つぶやいてまりいはあわてて口をおさえた。私は今シェリアなんだ。余計な事を言ったら怪しまれてしまう。だが公爵がまりいの態度に気づく様子はなかった。

「やはり知っていたんですね。早く渡してください」

 口調とは裏腹に表情は険しい。早くほしくてたまらない、切羽詰っているような顔――そう表現するのがふさわしい。その表情にまりいは思わず胸元をおさえる。それがいけなかった。

 シュンッ!

「!」

 胸元、正確には首にかけていた鎖を切られ、まりいは体をすくませる。

 小さな音をたて青い石が床に転がる。

「やはり隠し持っていたか」

 公爵は忌々しげにつぶやくと石を、アクアクリスタルを手にした。

「ちゃんと調べたのか! だからならず者は――」

「『石と公女をラズィアに連れてくる』それが仕事だ。確かに石はあった。その後落としていたなら俺の管轄内じゃない。あんたの不手際が起こしたことだ」

 淡々としいて、威圧感のある低い声。そのとたん公爵の顔は一瞬にして青ざめた。

「怒鳴りちらす前にやることをやればどうだ? 時間がないんだろ?」

 そう言って目の前にあったナイフを手に取ったのは黒尽くめの男。さきほどペンダントをちぎったのはこの男によるものだった。

 公爵は再び忌々しげに男を見ると再びまりいに問いかけた。

「これで道具はそろった。次はどうすればいいんです?」

 やっぱりアクアクリスタルが目的だったんだ。問いかけに答えることなく、まりいは公爵をきっとにらんだ。

「石と公女がいなければ道は開かれない。方法は教わっているはずでしょう?」

 公爵の台詞にもまりいは答えない。本当に知らないのだ。話しようもない。

 怖い。怖いけど逃げられない。だったら黙っているしかない。

「言え! 言うんだ! さもないと――」

「さもないと何なんだ?」

 それ以上公爵が近づいてくることはなかった。なぜならば黒装束の男が公爵の首にナイフを突きつけていたからだ。

「わたしにたてつく気か!?」

「そんなこと知ったことか。俺の目の前であまりも無様なやりとりだけはやめろ。どう見てもこいつの方がお前より立派だ」

 長身の男。同じ痩せ型でも公爵とは違い、黒装束からのぞく藍色の目はとても冷たい。まるで見ている人間を凍らせてしまいそうだ。

 一度だけ瞳が合い、まりいは慌てて目をそらした。男はさしてそれを気にするそぶりもなく視線を公爵の方に向けた。

「……ふん」

 荒々しくナイフをどけると公爵は男とまりいを交互に見る。

「婚儀は三日後です。それまでによい返事を期待してますよ」

 それだけ言うと公爵は部屋を後にした。後に残されたのは公女と黒装束の男のみ。

「…………」

 まりいは震えていた。無理もない。かすっただけとはいえ目の前にナイフが飛んできたのだ。悲鳴をあげなかっただけでも立派なものだろう。

 公爵がいなくなったのにもかかわらず男は一向に部屋を出て行こうとしない。おそるおそるまりいが声をかけようとしたその時だった。

「……あの」

「お前は公女じゃないな」

 黒装束の言葉にまりいの表情は凍った。

「わ……わたくしはシェリアです。何を証拠に――」

「公女はアクアクリスタルを身につけていた。銀色の鎖に青い石のな。今、お前のつけているものは金色だ」

 黒装束の言葉にまりいは慌てて首もとに手をやる。それは男の言うことを肯定していることに他ならないのだが、まりいにはそんなことを気づく余裕もない。

「そういう時は最後までしらをきれ。自分は偽物ですと言っているようなもんだ」

 そう言うとまりいの肩をポンと叩いた。そのとたん、まりいの体はくずれおちる。

 どうしよう。ばれてしまった。やっぱり石は返しておくべきだったんだ。 シェリアごめんなさい。これじゃあ時間稼ぎにもならなかった――

 だが、この時点でまりいの素性がばれることはなかった。

「何が目的か知らないが何を言われようが最後まで毅然としてろ。それが相手を欺くコツだ」

 そう言うと黒装束の男は部屋を後にしようとする。遠ざかる後ろ姿を呆けたように見た後、まりいは慌てて声をかけた。

「待って!」

 なぜ男を呼び止めたのかまりいにはわからなかった。男もそう思ったらしく顔だけをまりいの方に向ける。

「どうして私が偽物だって言わなかったんですか? はじめからわかってたんでしょ?」

「本当に似ていたからな。その鎖を見るまで確信はなかった。それに、これ以上あの男に義理立てするつもりもない」

「え?」

「かと言って、お前を助ける義理もない。このことは黙っておいてやる。後は一人で切り抜けろ」

 そう言うと今度こそ黒装束の男は部屋から出て行く。

 完全に一人になると、まりいは大きく息をはいた。

「なんなの……これ」

 それは同じ場所で本物の公女が言ったものと同じ台詞だった。

 見知らぬ男の脅迫まがいの言動にナイフを投げてきた黒装束の男。何もかもがまりいにとって初めてのことばかりだった。まあ身の危険にさらされることなど普通の少女にはありえない話なのだが。

「……怖い」

 全身の震えはまだとまっていない。

 本当はとても怖かった。シェリアと入れ替わろうとした直前、こんなことはやめるべきだとも思った。でもできなかった。シェリアを、大切な友達を助けたいというのもまりいの本心だったから。

 変わりたい。そう思ったから。あの時の気持ちに嘘はない。

「……がんばらなきゃ」

 そうつぶやくと、まりいはしばしの休息をとることにした。黒装束の男の言葉を借りるわけではないが、ここまできた以上毅然としているしかないのだから。



「あれ。もう用は終わり?」

 黒装束の男の前には銀髪の少年がいた。姿を認めると、男は手だけふってそれに答える。

「もらえるものはもらった。ここに用はない」

「そのわりには長居してたみたいだけど?」

 旅装束に身を包み、あどけなさの残る表情で声をかけてくる少年を、男はやはりそれまでと変わらぬ冷たい眼差しで見る。

「お前だけここにいるか? 俺はそれでかまわないけど」

「言ってみただけじゃん。ゼガリアって短気だね」

「…………」

「あっ、待ってよゼガリア!」

 人懐っこい笑みを浮かべ銀髪の少年は黒装束の男を――ゼガリアの後を追った。


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