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Part,21

「シェリア、大丈夫?」

 自分と同じ明るい茶色の瞳が心配そうにのぞいている。

「平気よ。……って言いたいところだけど、なんか疲れちゃった」

 まりいと再会したことで緊張の糸が切れたのだろう。シェリアはそばにあったイスにぺたんと座る。

「ここにはどうやって来たの?」

「ショウが手配してくれた。ここで働かせてもらえるようにって」

 ショウと別れた後、まりいは領主の館へ向かった。だが公女の元へすぐ駆けつけるのは危険すぎる。そこで侍女として働きながらシェリアと接触する機会をずっとうかがっていたというわけだ。

「お父様達は?」

「ミルドラッドにいる。公にはなってないから私達だけで来たの」

 まりいが告げるとシェリアは自嘲的に笑った。

「そう。……アタシってやっぱり道具だったのね」


 本当は少しだけ期待していた。お父様が来てくれるんじゃないかって。


「シェリア……」

「大丈夫よ。慣れてるから。元々変な期待をもったアタシがいけなかったんだし」


 嘘。本当は少しだけ期待していた。お母様が心配してるんじゃないかって。


「これも公女の勤め。これくらいのりきらなきゃ」

 明るい口調とは裏腹に、シェリアは表情を見せようとはせず、その肩は震えていた。

『お父上が望まれたことを無に帰すつもりですか? きっと嘆かれますよ』

 違う。お父様はアタシなんかのことで嘆いたりしない。アタシはミルドラッドのための人形にすぎないのだから。

 本当は来てほしかった。否定してほしかった。『あなたは道具なんかじゃない』って言ってもらいたかった。

 震える肩をそっと抱くと、まりいは静かに言った。

「もう一度やり直してみたら?」

「……え?」

「リューザさんからの伝言。『離れていても願いは叶う』だって」

 神官から託されたペンダントを、まりいはシェリアの首にかける。

「シェリアの願いって何?」

「アタシの願いは……」

 そんなもの、一つに決まっている。ささやかで、でも決して叶えられることのなかったもの。

「ご両親もきっと心配してるよ」

「嘘よ!」

 まりいの一言にシェリアはばっと顔を上げる。 その目には涙がたまっていた。

「二人とも国のことばかり。アタシのことなんかちっとも考えてない! だから――」

「ケンカをしていても、親は親だよ」

 シェリアの言葉をさえぎり、まりいは静かに言った。

「二人とも本当はいい人なんだよ。そうじゃなかったらシェリアみたいないい子が生まれてくるわけないもん。

 きっとどこかでネジがくるっちゃったんだよ。大丈夫。話しあえばきっとうまくいくよ」

 まりいのあまりにも穏やかな表情にシェリアはあっけにとられた。

 なんでこの子はそんなことが言えるのだろう。ついこの前まで心もとなげにしていたのに。

「……本当にうまくいくかしら」

 消え入るような声でシェリアはぽつりとつぶやいた。

「大丈夫。だって私がここにいるのはシェリアのおかげだから」

「え?」

「私がここまで来ることができたのは二人が話を最後まで聞いてくれたから。自分のことを話すのって勇気がいると思うんだ」

『私は、この世界の人間じゃありません』

 あの時はとても怖かった。もしかしたら友達と思っていた二人と離れることになるかもしれないから。でも二人は最後まで聞いてくれた。受け入れてくれた。だから今度は私の番。

「やれるだけやってみようよ」

 そう言って微笑むまりいをシェリアはしばらく呆けたように見ていた。

 この子にはアタシ達しかいない。だからアタシがしっかりしないと。アタシにも人を守る、友達になることができる。そう思って今まで接してきた。でも今ここにいる子は誰だろう。アタシよりも何倍も大きく見える女の子は。

「今度はシェリアの番。私にもできたもん。きっとできる。そのきっかけをくれたのはシェリアなんだから」

 涙を浮かべた瞳と、意思を含んだ瞳が無言で交差する。どちらも明るい茶色の色。

「……アタシは道具になりたくない」

 先に口を開いたのはシェリアだった。強引に涙をふいて口の端を上げる。

 シェリアはかつて自分の兄と呼ぶべき人が言った台詞を思い浮かべていた。

『あなたは公女である前に一人の人間なんだ。だから閉じこもってるだけじゃいけない』

 道具じゃない、人形じゃない。本当は誰かにそう言ってもらいたかった。でもそんなの誰かに決めてもらうことじゃない。

『あなたはそうなりたいですか?』

 かつて、彼はシェリアにそう聞いた。その時はうまく答えられなかった。だけど――

「アタシは人形じゃない」

 自分で決めた。誰がなんと言おうとそれは変えられない。変えさせはしない。

「そうね。やってみる」

 アタシはシェリア。公女である前にシェリアなのだから。

「あの二人にガツンと言ってやらなきゃ!」

 誰にも文句は言わせない。それで十分。だって――

「うん。シェリアはシェリアだよ」

 だって。アタシにはそう言ってくれる友達がいる。


 シェリアが笑ったのを見てまりいは安心した。

 よかった。もう大丈夫だ。

 本当のところ、ご両親とどうなるかは彼女自身もわからなかった。なぜならまりい自身がそうなのだから。だが相手を信じて自分の気持ちを伝えなければ何も始まらない。

(いつか、私もそんな日がくるのかな)

 頭の隅でそんなことを考えるも、まりいは慌てて首をふる。今はここから抜け出すことの方が先だ。

「シェリア、時間がないの。これに着替えて」

 そう言うと、まりいは包みを手渡す。

「これは?」

 包みの中身を見てシェリアはショウと全く同じ反応をした。

「リューザさんが渡してくれたの」

「リューザが……」

 シェリアは額を指で軽く押さえた。確かに二人とも背格好は似通っている。でもさすがにこれは無理がある。

 そう思っていた。少なくともこの時までは。

「時間がないの。早く」

 まりいに促され、シェリアはしぶしぶ自分の服を脱ぎはじめた。隣ではまりいが同じことをしている。

「どうなってもしらないわよ?」

 それでも皆の心遣いが嬉しくて、シェリアは笑みをもらした。そこにはもう『公女』としての姿はない。シェリアはシェリアなのだから。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「公女様。湯浴みはすみましたか?」

 再び侍女が訪れる。そこには新しい服に身を包んだ公女と若い侍女がいた。

「体を冷やしてしまっては大変です。すぐに部屋へ戻りましょう。そちらのあなたは持ち場に戻りなさい」

 年老いた侍女の言葉に一つうなずき若い侍女はその場を後にする――

「ああ、お待ちなさい」

 呼び止める声に、侍女だけでなく公女までもが身を硬くした。

「ご苦労様。後でちゃんとお給金をもらうのですよ?」

 こくこくとうなずくと、今度こそ侍女はその場からいなくなった。

「……気をつけて」

 後姿を見て公女は小さくつぶやいた。

 

「あら、お帰りなさい」

 道すがら声をかけられ侍女は体を強張らせた。もう何度目になるのだろう。心の中で小さくため息をつく。でもここをのりきらなきゃいけない。

「どうしたの?」

 声をかけてきたのは同じ格好をした者、侍女仲間の一人だった。もっとも彼女よりもずっと年上ではあったが。

「婚約者のところへ言ったんでしょう? どうだったの?」

「歳若いっては聞いていたけど、実際どのくらいなの?」

「公爵様も少しくらいお見せしてくれたっていいのにねぇ」

 そんな気持ちとはお構いなしに周りは興味津々といった顔で歳若い侍女に詰め寄ってくる。

「すみません。気分が悪くて……」

 なおも問いかけてくる女性達にうつむきながら、若い侍女は消え入るような声で返事をした。

「あらごめんなさい。気づかなくて」

「奥の方で休む?」

 さっきとはうってかわったように気遣わしげな声をあげる。

 ――この人達は普通の人なんだ。事実を知ってるのは一部の人だけなのね。

「大丈夫です。ごめんなさい。今日は帰らせてもらいます」

「そうね。それがいいかもね」

 ほんの少し罪悪感を感じながら歳若い侍女は後にした。


 城はあっけないほどあっさり通り抜けることができた。周りに誰もいないことを確認すると、侍女は大きなため息をついた。

「……ふー」

 本当ならこのまま本当に休んでしまいたい。でも中に取り残された子はどうなるの?

「いけない、弱気になっちゃ」

 両手で自分の頬を軽くたたき、歩きだす。

 その時だった。急に腕をつかまれたのは。

「どうしてここにいるんだ?」

 それは久々に目にする慣れ親しんだ少年の顔だった。

「失敗したのか?」

 それはよく見知った少年のものだった。

「あの計画自体無理もあったからな。いくらなんでもそう上手くはいくはずもないか」

 彼女だけじゃない。目の前にいる男の子もこうして助けに来てくれた。

「おい――」

「あなたも来てくれたのね!」

 ほっとしたのと嬉しさと。感動のあまり侍女は少年にしがみついた。

「……もしかしてシェリアなのか!?」

 少年が――ショウが戸惑いの声をあげる。

「他に誰に見えるの?」

 大通りの真ん中であるにもかかわらず侍女は――シェリアは腰に手をあてた。

 どうやら本物の公女様だ。少なくとももう一人の奴はこんなことはしない。ショウは苦笑すると言った。

「とりあえず場所を変えよう。詳しい話はそれからだ」

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