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Part,17

「私、余計なこと言ったのかな」

 荷物の準備をしながら、まりいはぽつりとつぶやいた。

「……さぁな」

 まりいのつぶやきにショウは苦笑することしかできない。実際のところ、彼自身もわからなかったのだ。王族の裏事情なんて当事者でなければ知ることなんてないのだから。

「街を案内してもらうんだろ? だったらそんな顔するなよ」

「うん……」

 その時だった。言い争う声と、たくさんの足音がしたのは。

「ショウ、今の音って」

 まりいが言い終わる前に、ショウは部屋を飛び出していた。


 廊下とはいえ城内のそれはあまりにも広すぎた。現に部屋を出てそれなりに時間はたつはずなのに誰とも遭遇しない。

「そうだよな。なんだかんだいって公女様の家だからな」

 やっぱりシェリアは公女だったんだな。ショウは一人つぶやいた。それでも歩かなければ何が起こったか確かめることもできないが。

 やがて足元に小さくて硬いものがふれる。それを手にとるとショウは眉をひそめた。

 これは、こんなところに転がっているものじゃない。公女が肌身離さず持ち歩いていたものだから。

 一体何が――

「お客人。こんなところにいたのですか?」

 それは兵士の一人だった。全身で大きく息をしている。

「声がしたので部屋を出てしまいました。何が起こったんです?」

 手にしたものを服のポケットに入れ、ショウは平然を装って尋ねた。

「姫様が見つからないのです。城内をくまなく探しているのですが。客人はご存知ありませんか」

「いいえ。今日はまだお会いしてませんが」

「そうですか……。何かありましたら我々に知らせてください」

 やはりただことじゃなかったのか。走り行く兵士を見ながらショウは心の中で舌打ちした。

「ショウ、シェリアは――」

 遅れて出てきた少女の目前に小さな石を差し出す。それは公女様の首にかけられていたもの――アクアクリスタルだった。

 ミルドラッドの公女様がいない。当然、城内は大騒動となった。捜索は続いているものの公女の姿は一向に見当たらない。

「私がちゃんと着いていってあげれば……」

 まりいは友人の顔を思い浮かべる。

 本当に辛そうだった。あんな顔、もう二度とみたくない。

「今更言っても仕方ないだろ。悔やむよりもシェリアを捜すことの方が先」

「……うん」

 弱々しくうなずき、まりいは台詞の主を見つめる。

 自分だけだったら何もできなかった。この人はすごい。こんな状況でもちゃんと現実を見据えている。    

 彼の言うとおりだ。今はシェリアを捜さなきゃ。

「ショウ、シェリアのお父さん達はこのことを知ってるんでしょ?」

「これだけの騒ぎになればさすがに耳に届くだろ」

「だったら直接聞きに言ったほうが早いよね? もしかしたら手がかりがわかるかもしれない。私、行ってくる」

 そう言って駆け出そうとしたまりいの腕を、ショウは慌ててつかんだ。

「わかってるのか? 何の許可もなしに公主に謁見できるわけないだろ」

「昨日は大丈夫だったよ?」

 どうしてそんなこと聞くの? と言いたげなまりいにショウは軽く額をおさえて言った。

「それはシェリアがいたからだろ。俺達は一介の客人にしかすぎないんだ」

 事実その通りだった。ショウとまりいはシェリアを護衛するという任で遣わされた人間にすぎない。たまたま昨日はシェリアの口ぞえもあってここに泊まることができたのだ。任が終了した今、ここにいる理由はない。むしろ早くここを離れなければならない。

 だが、目の前の少女にはそれが通用しなかった。

「ショウはシェリアがどうなってもいいの?」

 腕を強引に振り払い、まりいはショウの黒い瞳を見つめる。

「そんなこと言ってないだろ」

 どこをどうとればそうなるんだ。ショウは心の中で毒づいた。

「誰も、何もしないとは言ってないだろ。他の方法を考えようって言ってるんだ――」

 手を離し顔をあげる。だが彼の話を聞いてるはずの人物はそこにはいなかった。

 あいつ、本当に行ったのか? この前まで頼りなさそうにしていた奴が。

「……くそっ」

 頭を軽くふると、まりいがいるであろう場所に向かって走り出した。

 少女のいる場所を捜すのは簡単だった。言動を思い返せばいいだけのことだから。

 それだけのことだが、常識のある人間ならそのようなことはできない。縁があったとはいえ相手は雲の上の存在なのだ。よほどのことがない限り、関わりあうべきではないだろう。

 ――だが。

「お願いです。シェリアの居場所を教えてください」

 謁見の間には焦げ茶色の髪に明るい茶色の瞳を持つ少女がいた。

「わからないなら、せめて心あたりだけでも」

 明るい茶色の瞳を領主とその妃に向け、熱心に頼んでいる。

 ――本当にいた。

「なんだ。お前は。無断でこのような場所に立ち入る出ない」

「用があるから来たんです」

 しかも自分から一方的に話しかけている。

「兵はおらぬのか。無用心にもほどがある」

「おねがいです。教えて――」

 会話は見事なまでに成り立っていない。さすがに止めないとまずいだろう。

 これも記憶喪失だからできることなのか? そんな思いがよぎるも少年はすぐにかき消した。記憶喪失ではないと言ったのは彼女自身だ。ならば異世界の住人だからできることなのだろうか。

「無断で立ち入り申し訳ありません」

 呼吸を整え、ショウはまりいの隣に立った。

 なんて無茶をするんだ。今までとは全く違う。こいつ、こんな奴だったのか!? そんなことを思いながら。

「これを発見したので公女様の身になにか不吉なことがあったのではと思い、はせ参じた次第です」

 ショウは鎖のはずれたペンダントを、アクアクリスタルを領主に差し出した。

「これは確かにシェリアのものだ。お主がなぜ――」

「失礼ですが、なぜお二人はシェリア様の婚儀をそれほどまでに急がれるのです?」

 公主が全てを言い切る前にショウは問いかけた。こういう場合、話の主導権を自分が持つようにしなければならない。

「シェリア様にお聞きしました。ここにたどり着くまでそのような話など一度もなかったと。護衛を任されていた者としてはその真意をお聞きしたく」

 実際、ショウ自身も気になっていた。婚約ならまだしもいきなり結婚など。何か裏があるのではないか。

「……ラズィアの領主が言ってきたのだ。式を急がせてくれと」

 しばしの沈黙の後、公主は重い口を開いた。

「ここミルドラッドほどとはいかぬが、ラズィアは繁栄している。後々はミルドラッドの繁栄により力を貸してくれるだろう。婚儀を迎える歳が数年早まっただけのことなのだ。シェリアにも依存はあるまい」

 ミルドラッドの繁栄? まりいは眉をひそめた。だかそれを気にすることなく彼は話を進めていく。

「そういえば、しきりにアクアクリスタルのことを口にしていたな。本来なら成人を迎えるか、公の場でしか持ち出すことができない石のだ。なぜこのような場所に……」

「あなた、あの子はまだ十四なのですよ? 結婚などまだ早すぎます」

 妃が領主の話をさえぎった。

「それよりももっと教養に励むべきです。ねえあなたがた、もう一度シェリアを護衛してくださらない?」

「……それは、シェリアも同意してるんですか?」

 震える声で、まりいは尋ねた。

「当前でしょう? 子の幸せを願わない親がどこにいるとお思いになって? 今苦労をすれば、きっとシェリアのためにも――」

「……あなた達に、何がわかるんですか」

 震える声で、まりいは言った。

「あなた達に何がわかるの! シェリアが望んでいたのは結婚することでも寄宿学校に通うことでもない!」

 まりいのことばに周囲は唖然とした。公主も妃も、周りの兵士も。

 まりいは怒っていた。許せなかったのだ、目の前の大人達が。

「シェリア言ってた。『なんで両親と一緒に暮らすことすらできないの』って」

 なんでそんなことが言えるんだろう。

「シェリアが望んでいたものは、あなた達と一緒に暮らすことだったんです」

 普通の家庭なら当たり前のことなのに。どうしてそれすらできないんだろう。

「アクアクリスタルには何か秘密があるのですか?」

 次に口を開いたのはショウだった。

「むこうは石を気にしていたと言ってましたよね。もしかすると、シェリア様はアクアクリスタルにまつわることに巻き込まれたのでは」

「うるさい。なんなのだお主は。一般人が公務に立ち入るでない!」

「リネドラルド王の依頼で来たんです。我々にもできることがあるはずです」

 それだけ言うと、ショウはまりいと共に踵を返した。

「これからラズィアに行ってみます」

「証拠もなく勝手なことを――」

「ミルドラッドの使者としていくなら問題があるかもしれません。ですが、私達が単独で行くのなら問題ないでしょう? 幸い我々はここに到着したばかり。顔は知られていないはずです」

「……できるのか?」

 眉をひそめる公主に少年は首肯する。

「ご期待にそえるかはわかりませんが、できる限りのことはやってみます」

 そう言った少年の横顔は、とても14のそれには思えないものだった。

 だが、その表情もすぐにくずされることとなる。

「ならば引き続き護衛の一環として頼む。場合によっては礼金を上乗せしてもかまわぬ。

 その方が、そなた達にとっても有利だろう?」

 領主の一言に、まりいの足が止まる。

「……シーナ?」

 急に逆方向に歩みをすすめるまりいに、ショウだけでなく周りは怪訝な顔をした。

「おい……」

 止める暇もなかった。

 パシッ!

 謁見の間に、子気味いい音が響いた。

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