表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/33

Part,16

 シェリアは生まれついての公女だった。

 カザルシアの二大都市の一つ、ミルドラッドの領主を父に、王都リネドラルドの三人の王女の一人を母に持つ。本来、公女とは貴族の娘のことを指しているが、彼女の場合、王家とは直系となるのだから王女と呼んでも差し支えはない。

「お話とはなんなのですか?」

 顔を上げ、シェリアはミルドラッド公と妃に、父と母に尋ねた。

「あなたは今いくつになるかしら?」

 答えたのは母の方だった。

「――十四です」

「そう。もうそんなにたつのね」

 シェリアは幼少の頃から神殿で育ってきた。したがって、自分の本当の父と母であるにもかかわらず、会話をすることは年に数回しかなかった。

 それでも彼女は嬉しかった。自分から話をしてくれた、自分に興味を持ってくれたのだから。

「綺麗な色。これならあの方が気に入られるのもわかるわ」

 公妃が少しだけ笑い、娘の髪に手をそえる。

「……お母様?」

 言っている意味がわからない。

「ラズィアの公爵がそなたを妃に迎え入れたいと言った。異存はあるまい?」

 初めて父が、領主が口を開く。

 それが、シェリアにとって約一年ぶりの親子の会話となった。

「どうした? 顔色が優れぬようだが」

 父親の言葉にシェリアは返す言葉がなかった。

 空都クートでは男性は18、女性は16で成人とみなされ同じ歳に結婚も認められる。したがって婚約者がいてもさほどおかしくはない。ましてや公女ともなれば、話が全くでないことの方がおかしい。

 おかしいが――

「驚いているのですよ。あまりにも急ですもの。そうでしょう?」

 髪をなでながら母親が言う。確かに驚いていた。あまりにも急だったから。

 今までだってほとんど会話をしていなかった。暖かい声をかけてもらえるとは思ってなかった。

 でもこれじゃあ――

「あなた。わたくしは反対です」

 静かな声で妃が告げる。

「隣国に寄宿学校があるの。今すぐそこへお行きなさい。これからの公女は学問もおろそかにしてはなりませんから。

 女性だって、立派に公務ができるということを周りの者たちにしらしめておやりなさい」

 人の意見などおかまいなし。これじゃあ――

「今までだってあなただけでやってこれたんですもの。一人でも大丈夫よね?」

 これじゃあ、まるで人形じゃないか。

 アタシは二人にとって何?

 公女って何?

 アタシはカザルシアという領土の繁栄ための道具なの? ただの人形にしかすぎないの?

 そんな言葉がシェリアの頭の中をかけめぐる。だが、目の前の大人達はそんな自分の娘の状態など気にする様子もない。

「勝手に話を進めるでない! すでにこれは決まったことなのだ!」

「あなたこそおやめになってください。この子はまだ十四なのですよ?」

 娘の前で延々と口論が繰り返されていく。

 シェリアはただただ唇をかみしめ、その場に立ち尽くすしかなかった。

 もしかしたら。今度こそ。

 何度も淡い期待をしては裏切られてきた。話しかけても他人行儀、顔を会わせたかと思えば叔母の元へ行け。それでも彼女なりに精一杯やってきた。頑張れば、いつかは自分のことを気にかけてくれると思ったから。

「シェリア、あなたはどちらがいい?」

「わたくしは……」

 ドレスのすそを握りしめ、うつむく。

 はじめから期待しなければよかった。いくら月日が流れても、結局、何も変わらないのだから。

 瞳の奥から熱いものが流れようとしたその時。

「シェリア様は大変お疲れのご様子。今日はそのくらいになされては」

 しわがれた、でもはっきりとした声。

「シェリア様は大変お疲れのご様子。今日は休ませてさしあげればいかがかと。二人ともよろしいですかな?」

 そこには神官服に身を包んだ初老の男がいた。

「しかし……」

「一日ぐらいお待ちなされ。大丈夫。シェリア様は逃げも隠れもいたしませぬ。それとも、あなた様は娘のことが信用できませぬか?」

 こうまで言われては領主も首をたてにふることしかできない。

「わかった。そなたに任せよう。今日はもう休むがよい」

「……ありがとうございます」

 頭をたれると、青ざめたシェリアをひきつれ初老の男は広間を後にした。

 男にならい、シェリアは広間から逆方向に歩みを進める。

 あの場所に、いたくはなかった。離れたかった。

 忘れかけていた現実を、最悪の形で見せ付けられてしまったから。

「お久しぶりです。すっかり見違えましたな」

 公女の胸中をよそに、男は柔和な笑みを浮かべる。

「一年でそんなに変わるわけないでしょ。でも本当に久しぶり。リューザ」

 そこで、ようやくシェリアは男に――リューザに本来の笑みを見せた。

 リューザ・ハザー。ミルドラッドにある神殿の最高責任者である。

 彼は神官長であると同時にカザルシア王家、とりわけミルドラッド家の代々の教育係でもあった。無論、シェリアやその父親も例外ではない。領主がしぶしぶ承諾したのもそういういきさつがあってのことだった。

「髪、またうすくなったわね。また悩んでるんでしょう。あんまり悩むとハゲるわよ?」

「苦労の種が二人いますから」

 リューザは目を細めると苦労の種の一つの頭をなでた。

「もう一つの苦労の種は?」

「あいかわらずですよ。ようやく帰ってきたかと思えば昨日出て行ってしまいましたし」

 ため息をつくとリューザは手を離す。

「昨日? もう少しゆっくりしててもいいのに。

 ……って言いたいところだけど、それが彼らしいのよね」

 本当に彼らしい。仮にも主君の娘なんだから挨拶ぐらいしていきなさいよ!

 公女様は心の中で毒づいた。

「シェリア様、今日はどうされます? 私の家にいらしてもかまいませんが」

「せっかくだけどやめとく。友達が来てるの。少しくらい寄り道したってかまわないでしょ?」

「かまいませんよ。ここはあなたの家なのですから」

 育ての親の発言にシェリアは曖昧な笑みを浮かべた。

 そう。ここはアタシの家。

 広くて大きくて、静かな家。寂しい家。

「さあ。友達にも早くあっておあげなさい。きっと待ちわびてますよ」

「そうする。おやすみなさい。リューザ」

 育ての親と別れをすませると、シェリアは友達のいる部屋へ向かった。

 そして、彼女は二人の前で涙を流すこととなる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 泣きはらした目で部屋にもどる。

 部屋はとても広くて静かで、シェリアにとっては寂しさを、物悲しさを助長させるだけだった。

『アタシ、誰かと結婚するために、国を治めるためだけに生まれたんじゃないわ!』

 自分で言った台詞に苦笑してしまう。

 さっきはみっともないところを見せてしまった。これじゃシーナのこととやかく言えないわね。

 まりいやショウは知らないが、本来、これが公女様の本質だった。元々気さくではあったが環境がそれを許してくれなかった。リューザが彼女を自分の屋敷に招きいれたのは領主からの命令であったことと同時に、少しでも親元を離れずにすむようにとの彼なりの配慮のたまものだった。

 元々、いい意味でも悪い意味でも素直すぎたシェリア。忠実な神官親子の愛情のおかげで公女様はすくすくと成長していく。その成果を見て、リューザは誇らしく思う反面どこで教育を間違ったのかとため息をつくことも多々あったが。

「…………」

 鏡の前に立つ。そこには首元でゆれるペンダント、アクアクリスタルがあった。

 アクアクリスタル。以前この場所を離れる際にリューザが渡してくれたものだ。

「大切な想いはここにある」

 彼が教えてくれた、本来この宝石に込められた意味を唇にのせる。

 大切な想い。

 アタシの想いは。


 カタン。


 物音がしたのはそんな時だった。

 おかしい。窓は閉じているはずなのに。誰かが閉め忘れたんだろうか。

「誰かいるのですか?」

 窓を開け、あたりを見回す。

 誰もいない。じゃあ今の物音は。

「一国の公女様にしては、あまりにも無用心ですね」

 窓を閉めたのと入り口が開かれたのは同時だった。

「シェリア様、ですね」

 そこにいたのは黒装束の男。

「……何者です」

 窓の柵をつかみ、気丈にもシェリアは相手をにらみつけた。

 怖い。なんなの? この人。叫びたいけど声が出ない。

 こんな人、今まで一度も会ったことがない。ショウやシーナとも、城の兵士とも違う。でも悟られてはいけない。アタシは公女なんだから。

「あなたを迎えにあがりました」

「迎え? 一体何を――」

 それから先は、話すことができなかった。

「それはご本人から説明がありますよ。もっとも用があるのはアクアクリスタルのようですが」

 何が起こったのかわからない。

 体の自由が利かない。どうして!?

「即行性の睡眠薬です。大丈夫、すぐにお連れしますから」

 アクアクリスタル? この石を狙ってるの?

 とぎれる意識の中、ペンダントの鎖からヘッドの石を引きちぎる。

 お願い、誰か気づいて――

 石を手から離すと、シェリアは意識を闇にゆだねた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ