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Part,14

「なんだよ。急に改まって」

「実は――」

「はい。ストップ」

 二人の会話をシェリアが強引に静止する。

「ショウ、悪いけど向こうに行っててくれる?」

「なんだよ。シーナが話してるだろ」

 続きをうながすショウに、シェリアはため息をついた。

「この状況で、よくそんなことが言えるわね。もう少し女の子のこと気遣ってあげなさいよ」

「だから何のこと――」

「……クシュン!」

 シェリアの答えを指し示すかのように、まりいは小さなくしゃみをもらす。ここにきて、ようやく少年は、シェリアの意図を理解した。

 今までずっと水の中にいたのだ。くしゃみをするのも無理もあるまい。水分を含んだ髪は素肌にはりついていた。服も同様、しかも体の線がはっきりと出てしまっている上に、服の間からは胸元がのぞいている。それを確認すると、ショウはとっさにまりいから視線をそむけた。

 もっとも、あられもない姿を見せている当人は、それどころではなかったためきょとんとしていたが。

「……早くすませろよ」

 それだけ言うと、ショウは足早に去っていく。顔が赤いのは、どうやら気のせいではなさそうだ。

「まったく。男の子ってデリカシーがないんだから」

 ショウの後姿を見ながらシェリアが憤然と言う。

「ほら。シーナもそんな顔してないで早く体ふいて」

 あらかじめ用意していたのだろう。そう言って大きなタオルを頭からかぶせる。

「本当はお風呂に入ったほうがいいんだけど。これで我慢してね」

「うん……」

 シェリアになすがままにされながら、まりいは弱々しくうなずいた。

「……何も、聞かないの?」

 勝手にいなくなったうえに、迷惑をかけてしまったのだ。何も思わないはずがない。

「これから話してくれるんでしょ?」

「…………」

 タオルの下で涙を必死にこらえる。顔が見えなくてよかった。まりいは心底そう思った。今見られたら、間違いなく泣き顔をさらすことになるから。

 いじめられっ子だった子供時代。何かがあるたびに部屋の片隅で一人で泣いていた。それは、まりいにとって精一杯の抵抗だった。

 人に涙を見せるのは嫌だから。特に、顔見知りには知られなくなかった。心配をかけたくないから? ……違う。愛想をつかされることが、嫌われてしまうことが怖かったのだ。足手まといには――いらない子供には、なりたくない。

「はい、終わり。次はこれに着替えて」

 体をふき終わるとシェリアは紙袋を差し出す。

「これ、私のじゃないよ?」

 ましてやショウの服でもない。さっきの服を再び着るにしても、乾くまでには時間がかかる。

「気分転換よ。大切な話をするんでしょ?」

 そう言うと、シェリアは片目をつぶる。

 こらえていた涙がまた出そうになり、まりいはしばらく話をすることができなかった。



「お待たせ」

「……誰?」

 背後に現れた人物に、ショウはなんとも間抜けな声を返した。

「誰って――」

 水色のワンピース。所々に刺繍がほどこしてあるもシンプルな形のそれは、目の前の少女によく似合っている。

 誰だろう。自分の知り合いに、このような女子はいただろうか。

「シーナに決まってるでしょ」

 シェリアの言葉にショウは絶句する。

「アタシもびっくりしちゃった。こんなに可愛いなら髪下ろしとけばいいのに」

「だって旅をするのには邪魔になるし……」

 確かに、旅をするには髪はまとめておいた方が動きやすい。服だってお嬢様然とした服よりも動きやすい物の方がいいに決まっている。だが。

「……馬子にも衣装」

 それだけ言うと、ショウはそっぽをむいた。もう少しまともな服も買ってやるべきだった。そんなことを考えながら。

「ショウ!」

「いいの」

 シェリアの反論を、まりいはやんわりと制した。今はそんなことを話している時じゃない。もっと大切なことを話さなければいけないのだから。

「それで? これから話すんだろ?」

 顔を元にもどし、ショウはまりいをじっと見つめた。

「うん……」

 しばらく目をつぶり、まりいは今までのことを思い浮かべる。

 ショウに助けられてシェリアと出会って。今まで色々なところを旅してきた。獣と遭遇して落ち込んだり野宿をしたり。三人で過ごした時間は楽しかった。本当に、楽しかったのだ。

 今までのことを無駄にはしたくない。だからこそ、二人に本当のことを話さなくちゃいけない。

「……私は、この世界の人間じゃありません」

 目を開けると、まりいは真実を述べた。

「今、私が、ショウが、シェリアがいる世界は私にとっては夢なの。私は、こことはまったく違う世界から来た人間です」

 こんなこと言ったら余計心配されるだけかもしれない。もしかしたら、怖がられてしまうかもしれない。

「信じられないかもしれないけど、聞いてください」

 だけど、この二人にだけは全てを知っていてほしい。たとえ、どんな結果になったとしても。


 それから一時間。

 まりいは気の長くなるような物語を――まりいにとっては事実をありのまま話した。

『この人は信用できるの?』

『大丈夫なの?』

『私を一人にしない?』

 頭の中でずっとわだかまりとして残っていた。それでも、自分は話さなければならない。まりいはそんな気がしていた。

 もし、これが本当に夢だったとしたら、目が醒めたら全て忘れてしまうのかもしれない。だけど二人のことだけは忘れたくない。もし二人に嫌われてしまっても後悔だけはしたくない。

『あなたが正しいと思うことをしなさい』

 私が正しいと思うこと。それは、現実から背を向けないこと。人を信じること。

 二人はずっとそばにいてくれた。だから、信じてみよう。たとえこの先背を向けられることになったとしても。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 話が終わっても二人は口を閉ざしたままだった。

「ごめんなさい。変なこと言って」

 力なく笑い、まりいはその場を離れる。

「気味……悪いよね。だけど私にとっては本当のことなの」

 こうなることは予想していた。でも二人とも最後まで話を聞いてくれた。それだけで十分。十分だ。

「今までありがとう。さようなら」

 無理矢理笑顔をつくり、まりいはその場を後にした。

 結局、また一人になってしまった。でも、後悔はしていない。

 しては――いけない。

「……待てよ」

 沈黙を破ったのはショウだった。

「お前、約束破るつもりか?」

「約束?」

「そうよ。アタシの前で言ったじゃない。『公女様をお守りします』って。あれは嘘だったの?」

 予想外の二人の反応に、まりいは驚いていた。気味悪がられることはわかっていた。どうして黙っていたのかと責められることも覚悟していた。だが、こんなことを言われるとは思ってもみなかったのだ。

「うすうす気付いてた。お前がここの人間じゃないってことに」

「え……」

 知ってて、旅をしていたの?

 またもや予想外の返答に、まりいは驚きを隠せない。実際、ショウがそう言えたのは先ほどシェリアから話をもちかけられたからなのだが。この際嘘も方便だ。

「記憶喪失ってのも怪しかったからな」

「それはショウが勝手に勘違いしたんじゃ……」

「そうだったか? とにかくだ」

 一つ咳払いをすると、黒い瞳をまりいに向け、話を続ける。

「さっき言ったことを全部信じたと言えば嘘になるけど、俺達はお前のことを化け物扱いしたってわけじゃないんだ」

「そうよ! シーナはアタシにとって大切な仲間なんだから。友達なんだから」

「私、ここにいて……いいの?」

 震える声で、まりいは二人に問いかける。

「当たり前でしょ? アタシは護衛の任を解いた覚えはないわよ」

「……だそうだ。まあお前が嫌なら話は別だけど」

 そう言った二人の表情は先ほどと全く変わることはなかった。

「……嫌なわけ、ない」

 泣くのは嫌いだ。足手まといになってしまうから。いらない子だと思われたくないから。

 だけど。

「……っ!」

 まりいは、この世界で初めて涙を流した。

 二人にしがみついて、幼い子供のように大声をあげて。

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