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Part,12

 夜中だけあり、湖の周囲は静まりかえっていた。

「きれい……」

 まりいは感嘆の声をもらす。

 もっと小さなものを想像していた。だがまりいの予想に反してそれはとても大きなものだった。

 月の光が湖面を優しく照らしている。

「…………」

 服を少しだけたくしあげ足先を湖面にひたす。少し肌寒くはあったものの、その冷たさが、まりいにとっては心地よいものに感じられた。

 しばらく水遊びを満喫するまりい。だが時間がたつにつれ彼女の表情は曇っていった。

 私、このままでいいのかな。

 自分の夢なのだからと言ってしまえばそれまでだ。だが、あの言葉が気にかかってならなかった。

『ならば、扉を開きましょう。あなたに翼の民の祝福のあらんことを』

 扉って何? 翼の民って何なの?

『きっかけを与えたにすぎません』

 きっかけは確かに与えられた。でも私は変わっていない。いや、少しは変わったのかもしれない。だが根本的な部分においては何も変わっていない。

 考えてどうにかなる問題でもない。

「これは夢だもの。全て、夢」

 そう言い聞かせることで、まりいは無理矢理自分を納得させた。納得させようとした。

 だが、一度生じた不安はそう簡単に拭いさることはできない。

 長くいすぎたからかな。一人だから余計なことを考えてしまうんだ。二人も心配しているかもしれないし、そろそろ戻ろう。

 足を湖面からあげようとしたその時だった。

 リイィィン。

 聞きなれない音に視界をめぐらす。だが、何も変わった様子はない。

 湖面の中央が光っていることを除いては。

「誰か、いるの?」

 返事はなかった。その代わり、呼びかけに対応するかのように音と光が増していく。

 ――ここに来いってこと?

 意を決して、まりいは湖の中に足を入れた。

 一歩、二歩。

 光に向かって歩みを進める。幸い底が浅かったのか全身を水にひたすことはなかった。とはいえ湖であることには変わらず、ぬれることに変わりはなかったのだが。

「誰かいるの? いるなら返事をして!」

 返事はなかった。そうこうしているうちに光の中央につく。

 見上げると月が真上にきていた。中央が光っていたのはこのためなのだろう。

 ――何も起こらない。私の気のせい?

 もう帰ろう。

 もと来た道をたどろうとした、その時だった。

 光が一瞬にして消える。

「……え?」

 気がついた時にはもう遅い。まりいの姿は一瞬にして消えた。

 後に残るは、ただ、湖のみ。


「ショウ、起きて。シーナがいなくなったの!」

「……なんだって?」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 私、どうしたんだろう。もしかして死んじゃったのかな。

 うすれゆく意識の中、まりいはぼんやりと考えていた。

 もし死んだらどうなるんだろう。夢から覚めるのかな――

《あなたはまだ死んではいません》

 どこからか声が聞こえてくる。

《あなたは気を失っていたのです。でも大丈夫。水の砦の中なら安全ですから》

 否、声というにはあまりにも不自然だった。まるで頭の中に直接語りかけてくる。そう形容した方がしっくりとくるかのような。

「水の砦?」

 聞きなれない言葉にまりいは目を開ける。そこには笑みを浮かべた美しい女性がいた。

「あなたは?」

《私の名はアムトリーテ》

「アムトリーテ?」

 しばらく首をかしげるも、シェリアのセリフを思い出しまじまじと目の前の女性を見つめる。

『どこからともなく全てが青い色の女性――水の精霊アムトリーテが現れ倒れていた若者に口付けをした――』

 ペンダントを見つめ、シェリアはそう言っていたではいか。

「あなたはもしかして――」

《あなたはこの世界の人間ではありませんね》

 言葉を先に発したのはアムトリーテの方だった。

 アムトリーテ――水の精霊の発した言葉に、まりいはただ絶句するしかない。

《ここはどこにでもある名もない湖。砦はどこにでもあるけれど決して人の目に触れることはない。それなのに私とあなたはこうして話をしている。不思議なものですね》

 まりいが絶句する中、水の精霊は話しを続ける。

《あなたはこの世界の人間ではない。少なくとも、この世界で育った人間ではない。それなのに、あなたを見ていると、どこか懐かしい気持ちになる。なぜかしら》

「……どうして、そう思うんですか?」

 やっとの思いで口を開く。

 これは夢じゃないの? なんで精霊がそんなことを知っているの?

《私は水の精霊。私たち精霊には人の心というものがわかるのです。……あなたは今、迷っていますね》

 精霊の声に、まりいは再び口を閉ざす。

 確かに、まりいは迷っていた。

 眠っていたはずなのに気がついたら目の前に見知らぬ男の子が、ショウがいて。シェリアという公女様と共に旅をすることになって。

 だけど――

 この精霊は、人の心がわかると言った。それなら――

「一つだけ聞いてもいいですか?」

《私に答えられることなら》

 意を決してまりいは精霊に訊ねた。今まで一番聞きたくて聞けなかったことを。

「ここは、この世界は……私の『夢』なんですか?」

 変わりたかった。ものおじしない自分に。

 変わりたかった。元気な自分に。

 夢の世界なら、なんでもできるんじゃないかって思っていた。だから、ショウともがんばって話すようになったし、シェリアの護衛も引き受けた。だけど、根本的なところは何も変わってなかった。

 変わっていないもの。それは人を信じることができないということ。

 どんなに大切に思っていてもいつかは離れてしまう。一番初めに自分を置いていった両親のように。いなくなってしまうのなら、はじめから一人でいた方がいい。もう、あんな思いはたくさんだ。

 だがそれを嫌だと思う自分も確かにいる。私は二人を、人を信じてもいいの? そんな思いがずっとまりいの胸を締めつけていた。

《この世界があなたにとって何なのか。それは私には答えられません。あなたが夢だと思うのであればそうでしょうし、逆もしかりですから》

「逆……」

 それはまりい自身、うすうす気づいていたことではあった。

 いつまでも醒めない夢。はたして、これは夢と言ってよいものなのだろうか? 

 これは、何? 夢じゃなければ一体なんだというの?

「私は、どうしたらいいの……?」

 今のまりいには呆然とつぶやくことしかできない。

《あなたの信ずるままに》

「信ずるまま?」

《言葉どおりです。ただし、これだけは覚えておいてください。どんな場所にいても、どんなに世界が変わろうとも、自分が変わらなければ何も変わらないのです》

 それは痛いほどわかっていた。

 自分が変わらなければ何も変わらない。

《いつまでもここに長居するわけにはいかないようですね。あなたを心配している人達がいます。早く帰っておあげなさい》

 水の精霊が穏やかな笑みを苦笑に変える。

「心配している人……」

 精霊の言葉に、まりいは今まで一緒にいた二人を思い浮かべる。

 でもそれは一時のこと。あの二人もいつか目の前からいなくなってしまうんだ。この世界が夢なのか本当なのかわからないのならなおさら――

《あなたは何を怖がっているのです?》

 考えていることそのものを指摘され、まりいは体をこわばらせた。

《何事も話さなければ伝わりませんよ。あなたにはそれができるじゃないですか》

「……できる?」

 本当にできるだろうか。変われるのだろうか。

 それは、今からでも遅くない?

 まりいが顔を上げると、それを肯定するかのように水の精霊は微笑んでいた。

《元の世界へは必ず帰ることができます。それよりも、あなたにはなすべきことがあるでしょう? 大丈夫。あなたにならできます。翼の民の血をひくあなたなら》

 そう言うと、精霊はまりいの額に手を当てた。

 次第に意識が遠のいていく。

《……あの子を、水の都の姫をお願いします》

 うすれゆく意識の中で。それが、まりいと精霊との最後の会話だった。

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