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Part,11

 翌日。外は雨が降っていた。

「すごい雨。まるで滝みたい」

「俺の言ったとおりだっただろ」

「ホント。ショウってすごいわよね、シーナ」

 シェリアが感嘆の声をあげる中、まりいはうわの空だった。

「シーナ?」

「え? ああ、うん。ショウ、すごいね」

「旅を続けていれば、天候くらい、わかるようになる。この様子だと、あと二時間もあれば出発できるな」

「もうちょっと待った方がいいんじゃない?」

「二時間で充分。それまでに支度するんだぞ」

 そう言うと、彼は部屋を出て行った。

「……だって。支度するわよ。シーナ」

 公女様が呼びかけるも、まりいはまだ、うわの空だった。

「シーナ?」

「え、何?」

 公女の声に、まりいは慌てて視線をむける。

「どうしたの? さっきからボーっとして。体の具合でも悪いの?」

「そんなことないよ」

「そう? じゃあ支度しましょ」

「うん……」

 言葉とは裏腹に、まりいの足取りは重かった。 

 まりいの気が重い理由。それは昨日のシェリアの一言だった。

『アタシの大切な仲間……友達よ』

『仲間』とか『友達』って言葉人から聞いたのって初めてだ。そもそも、そんな台詞を面と向かって言う人間は珍しい。まりいは彼女のことがうらやましかった。

 だが、それだけでは気が重い理由にはならない。

 まりいの気が重い理由。それは、シェリアの一言をきっかけに昔のことを思い出してしまったからだ。

 まりいは孤児。小さい頃は施設で生活していた。

 焦げ茶色の髪に明るい茶色の目。色素のうすい肌にやや西洋がかった顔立ち。きわめつけは『まりい』という風変わりな名前。

「なんで私だけこんな変な名前なの? なんで私だけ、いじめられなくちゃいけないの!」

 小さい頃は施設の大人に泣きながらよくすがったものだ。

「まりい。あなたの名前はあなたのお父さんとお母さんがつけてくれたものなの。もしあなたが『まりい』じゃなかったらお父さんとお母さんがお迎えに来た時に困るでしょう?」

「そんなのいらない! だってお父さんとお母さんは私を捨てたんだもん!」

 私は捨てられた子供。  

 だから、こんな名前もっていてもしかたがない。

 そんななか、一人だけまりいに優しく接してくれる子供がいた。

「まりいはちゃんとお父さんとお母さんがくれた名前があるでしょ。大切にしないとダメだよ?」

「こんな名前嫌だもん。大っ嫌い!」

「そんなことないよ。あたしは『まりい』の名前、好きだよ?」

 今までからかわれたことは何度もあったが名前を好きと言ってくれる子供はいなかった。

「あたしは美雪。雪がたくさん降っている日にここに来たんだって。よろしくね」

 それからは二人ずっと一緒だった。

 まりいがいじめられている時は美雪がずっとかばってくれた。

 はじめは泣いてばかりだったまりいも少しずつだが笑うようになった。

 だが、まりいが八歳になる頃、美雪はとある夫婦の養子として施設を離れていった。

 まりいはまた、一人になった。

 髪の色は歳がたつにつれ落ち着いたものになっていった。

 容姿のことで口を挟まれることはなくなったが、その頃にはもう彼女は誰とも口をきかなくなっていた。怖かったのだ。同世代の子供達の輪の中に入っていくことが。またいじめられるのではないかということが。

 小学校六年生になったある日、まりい自身もとある女性の養子となった。それが今の義母、椎名つかさだ。

 つかさは、まりいのことを一度も名前で呼んだことはない。それは、まりいが自分の名前を嫌っていることを知ったうえでのことなのだが、まりいはそれに気づいていない。

 そのうち、由香も家を訪れるようになり、少しずつ、少しずつだが新しい環境になれていった。

 だが。

『この人は本当にいい人?』

『信じても大丈夫なの? また私を一人にしない?』

 その思いだけはいつまでたってもぬぐえない。

 まりいは人と人の間に見えない壁を作るくせがついてしまっていた。

 二人のことは嫌いではない。そもそも、道で倒れていたまりいをここまで連れてきてくれたのはショウだし、リネドラルドで迷っていた彼女に話しかけてくれたのはシェリアだ。悪い人であるはずがない。

 だけど、これは夢。夢なんだ。だって。

「シーナ、降りるわよ」

「えっ?」

 シェリアの声に我にかえる。

「だから、今日はここでキャンプするって言ったの。もう暗くなったでしょ?」

 確かにあたりは日が暮れていた。どうやら考えているうちにかなりの時間を費やしていたらしい。

「シーナ、やっぱり今日のあなた変よ。大丈夫?」

「うん……ちょっと疲れたかな」

「やっぱり。ショウ、早くご飯にしましょう」

「わかった」

 二人の会話が聞こえていたらしく、ショウも手際よく馬車を止める。

「疲れたときは早く食べて早く寝る。これが一番!」

 相変わらず公女らしくない台詞を言うシェリアに、まりいは曖昧あいまいな笑みをうかべた。

 だって、これは夢。

 夢から醒めたら、二人はいなくなってしまうんだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「おいしい」

 スープの入った容器を片手に、まりいは素直に感想を述べた。

「でしょ? 頑張って作ったんだから」

 シェリアが得意げに胸をはる。

(スープくらい誰だって作れるだろ)

 そう思いつつも、ショウは黙って食事に手をつけた。実際美味しいのは事実だった。

「料理って誰に教わったの?」

「アタシの教育係」

「教育係ってそんなことまで教えるものなのか?」

「正確にはその息子ね。『公女様たるもの、いざと言うときに備えて一通りのことは出来ないといけない』って言われたから。夜中に厨房に忍び込んで練習したの。アレはアレでなかなかスリルがあって面白かったわ」

 ――夜中に厨房に忍び込んで料理の練習をする公女様――

(教育係の息子ってどんな人なんだろう?)

 まりいとショウは全く同じことを胸中でつぶやいた。

「……あれ?」

 シェリアの声に、焼き魚に手をつけようとしていた手が止まる。

「どうしたの?」

 まりいの声に、公女は指をさして言った。

「あそこで何か光ったの。あれってなんだと思う?」

 確かにシェリアの指し示す方角は光っていた。

「ああ。あそこには湖があったからな。月の光が反射してるんだろ」

「詳しいのね」

「この魚はどこで取ってきたと思ってたんだ?」

 魚に手をつけながらショウが言う。

「こんなところに湖があったんだ」

「俺もさっき見つけたんだけどな。ああいうところは浅いようで実は深かったりするからな。むやみに近づかないほうがいい」

 彼の専門職らしいセリフに、二人こくこくとうなずく。

「じゃあ今日は休むか」

 そう言って荷物の中から白い石を取り出す。

「それって何?」

「結界石。いわゆる魔よけの石ね。これがあれば獣もむやみに近づかなくなるの」

 まりいの素朴な疑問にシェリアが答える。

「もっとも襲われる時は襲われるしあくまでも気休めだけどな。……よし、もういいぞ」

 馬車とテントの周りが淡い光に包まれる。

「早く寝ましょう。睡眠不足はお肌の大敵よ。ショウ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 それぞれ挨拶を交わすと、三人は、いつもより早い眠りについた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――のだが。

「…………」

 眠れない。

 真夜中にふと目をさます。

 やはり昨日の一件が気になっているのだろうか。

 隣を見るとシェリアが気持ちよさそうに寝息をたてていた。

 これって、変だよね。

 夢の中でも眠れないなんて。ううん、もしかしたら夢の中でも眠れていたこと自体おかしかったのかも。

 とは言え、一度起きてしまうとなかなか寝付けないものだ。

 もう一度目をつぶろうとしたその時、まりいの視界の隅で何かが光った。

「……?」

 もう一度目をこらす。

 それは、夕方見た湖だった。


 行ってみようか。

 二人はちょうど眠っている。二人が目を覚ますまでに戻ってくればいいよね。

 そう。ほんの少しだけ、いなくなるだけだから。

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