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Part,10

「その石はね、アクアクリスタルと言うの」

「アクアクリスタル?」

 そんな名前の石、見たことも聞いたこともない。まりいは首をかしげることしかできなかった。

「見てて」

 そう言ってシェリアがコップに水をくむ。ペンダントにはめられた石にコップの中の水をたらすと石がまばゆい光を放った。

「綺麗……」

「でしょ? ミルドラッドでしかとれない宝石なのよ?」

「ミルドラッドだけでしかとれない?」

 おうむ返しにたずねるまりいに、シェリアはうなずきを返した。

「そう。ミルドラッドはね、カザルシアで最も水が豊富な街なの。水があるところには自然と人も集まる。だから別名『水の都』とも呼ばれているの」

 何もかにもはじめてのまりいはシェリアの言葉にただうなずくしかない。

「この石にはこんな言い伝えがあるの。

 二人の若者が水を求めてさまよっていた。

 そのうち一人が倒れてしまった。残されたもう一人の若者は必ず戻るといい一人で水を探し続けた。けれどその若者もついに力尽きてしまった。

『ほんの少しでもいい。もう一人の者に水を』若者はひたすら祈った。

 すると、どこからともなく全てが青い色の女性――水の精霊アムトリーテが現れ倒れていた若者に口付けをした。

 不思議なことに若者はそれで乾きを癒やし生気をとりもどした。

 だがそこにはアムトリーテの姿はなく、かわりに一つの石があった」

「それが、アクアクリスタル?」

「そう。

 精霊は言った。『それには水を呼びおこす力がある。水が欲しければそれに祈るといい。ただし自分の欲のみに使うと悲劇を呼んでしまう』と。

 二人は石を使って大量の水を呼び寄せた。やがてそこには人が集まるようになった。水の都、ミルドラッドの誕生ね。二人は精霊の言いつけを忘れないように女性の像を作りアクアクリスタルを納めた。

 以来、この石はその街の秘宝として今も王家に大切に保管されていると言われているの」

「ちょっとまって。その石は像に納められてるんでしょ? それがどうしてここにあるの?」

いまだまばゆい光を放つ石を見つめながらまりいは問いかける。シェリアの話が事実ならば今彼女の手の中にあるものは何なのか。

「これも本物のアクアクリスタルよ。かけら、だけど」

「かけら?」

「像を作ったのはいいけれど石が大きすぎて入らなかったのよ。仕方なく石を砕いて入る分だけ石像に詰め込んだってわけ」

「はぁ」

 なんとも間の抜けた話だ。

 その様子がおかしかったのだろう。笑いながらシェリアはペンダントを自分の首にかける。

「これはね、リューザ――ミルドラッドの神官長ね。彼がお守りに持たせてくれたの」

「どうして神官長なの? お父さんやお母さんじゃいけなかったの?」

 王家に保管されていると言ったのは他ならぬシェリア自身じゃないか。

 そう言おうとしたが、まりいは口をつぐんだ。なぜならさっきまで笑っていたはずのシェリアの目が悲しみをたたえていたからだ。

「彼は気づいていたのよ」

 視線を落としながら石を軽く指ではじきながら言う。ペンダントはもう光を失っていた。

「アタシが今までリネドラルドにいたのはね、『たまにはリネドラルドにいる叔母おば様のところへ元気な姿を見せておあげなさい』ってお父様とお母様がすすめてくれたから。……表向きはね」

「表向き?」

「アタシね、小さい頃からずっとリューザに育てられてきたの。お父様とお母様は公務があって忙しいからって。だから二人に会うのも月に数えるほどしかなかった。それでも彼の言うようにたくさん勉強したわ。礼儀作法だって覚えたし。少しでもお父様達に褒めてもらいたかったから。

 でもダメだった。お父様とお母様っていつもケンカばかりしているの。薄々感じてはいたけどね。アタシが14になってからはひどくなったわ。原因は何かわからないけど」

「シェリア、もういい」

 まりいは、いたたまれなくなって口を開いた。でも公女は話をやめようとしない。

「なにが『たまには』よ。人がいい叔母おば様につけこんでアタシを厄介払いしてるだけじゃない。邪魔なら邪魔だってはっきり言えばいいのよ」

「もういいよ!」

 まりいは再び口を開いた。さっきより幾分語気が荒い。

 無理もない。まりいはつらかったのだ。言葉を紡ぐたびに悲しげな表情をするシェリアを、友達を見続けることが。

「ごめんなさい」

 まりいを見て彼女は笑顔を作った。作ろうと、した。

「ほんとはね。ミルドラッドに帰ることがちょっと苦痛だったの。でも、いつまでも叔母おば様の好意に甘えてちゃいけないものね」

 精一杯の笑顔。今にも泣き出しそうな笑顔。見ているほうがつらい笑顔というものがあるということをまりいは初めて知った。

「そんな時、シーナ、あなたに逢ったのよ。アタシ、あなたに逢って思ったの。『この人達とならミルドラッドに帰ることができる』って。今でこそ普通に話してるけどこんなことって初めてなのよ?」

 公女様の告白にまりいは驚いた。

 てっきりこれが普通だと思っていた。元々、道に迷っていたまりいに話しかけてきたのはシェリアだった。あの時の公女様にはそんなかけらなどこれっぽっちも感じられなかった。

「お供は大勢いたけれど皆アタシを敬ってばかり。アタシはそんなに偉くないのにね。だからあなたと話ができてとっても嬉しかった」

「そんなことないよ! 私だってシェリアがいなかったら迷子のままだったし」

 本当にそうだった。一人で心細くて。そんな時声をかけてくれたのが彼女だったのだ。

 買い物をして一緒に旅をするようになって。ほんの数日だったけれどまりいにとってはそれがとても嬉しかった。

「アタシ達って、実は似たもの同士なのかもね」

 そう言うとシェリアはようやく表情を元に戻した。

「ありがとう。なんだかすっとしちゃった。話聞いてくれてありがとう、シーナ。それに、ショウも」

「ショウ?」

 振り返るとそこには栗色の髪の少年がいた。

「ショウ、いつからいたの?」

「『それはアクアクリスタルと言うの』あたりから」

 壁にもたれかかりながらそっけなく答える。

「なんでここにいるの? 部屋に戻るんじゃなかったの?」

「天気が崩れそうだったから出発する時間を早めようって言いにきたんだ。そしたらその石の話になってるだろ。話に夢中みたいだったから終わるまでここで待機してたんだ」

 もっとも公女様にそんな事情があったとは知らなかったけどな。

 その一言だけは胸に押しとどめおいた。

「じゃあ、気づいてなかったのは私だけ?」

「そういうこと。アンタが一番話に夢中だったみたいだから」

「一言くらい言ってくれてもいいじゃない」

 確かにシェリアの話に気をとられていて全く気づかなかった。だが、そう言われると釈然としないものがある。

「アンタどちらか一つしか集中できなさそうだったからな。鈍そうだし」

「そんなに鈍くないよ!」

 そう言うと手元にあった枕をショウ目がけて投げつける。

 これには予想外だったらしく、みごとに顔面に直撃する。

「訂正する。アンタ、見かけによらず力あったんだな」

 枕を床に置きながらしみじみとつぶやく。

「……もう一回、投げた方がいい?」

「……っ、あははは!」

『?』

 シェリアのあげた笑い声に二人の目が点になる。

「あなた達って面白いのね。アタシ知ってるわ。こういうのって『仲間』って言うんでしょ? あと『友達』とも。シーナ、ショウ、ありがとう」

 急にお互いの手を握り締められ、二人はどうしていいかわからなくなってしまった。

「あなただけよ。アタシのこと公女様じゃなくて『シェリア』って呼んでくれたのは」

 自分と同じ明るい茶色の瞳を見据えシェリアが言う。

「あなただけよ。なんだかんだ言ってもアタシを普通の仲間として見てくれたのは」

 黒い瞳を見据え、公女様が言う。

「二人ともありがとう。あなた達はアタシの大切な仲間。友達よ」

 公女様の一言に二人絶句してしまう。

「アタシなにか悪いこと言った?」

 言った当人だけがきょとんとしている。

「なんだかクサいセリフだと思って」

「『クサい』って何?」

「……キザだって言うこと」

「そうだったの。今度使わせてもらうわね」

「そんな言葉公女様が覚えるなよ」

「あら? 『何事も社会勉強です』ってアタシの従者はよく言うわよ?」

「どんな従者なんだ。そいつ」

「ホントね」

 そう言うと二人して笑みをもらす。

 だが、まりいは素直に笑うことが出来ないまま『仲間』という二文字の重みをかみしめていた。

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