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Part,9

「シーナ行ったぞ!」

「うん……えいっ!」

 放たれた矢は放物線をえがき、獣の頭上スレスレをかすめていく。

「惜しいっ!」

「そんなこと言ってる場合か? シェリア、頼む」

シェリアのちゃちゃにも目をくれず、ショウが次を促す。

「わかった。 風の精霊よ、汝の力を我に与えたまえ……風槍ウインド・ランス!」

 無数の槍が獣に突き刺さる。

「動きが止まったわ。ショウお願い!」

「二人ともどいてろ!」

 女性陣二人を後ろに下がらせ、ショウが斧を振り下ろす。

 獣は一瞬の硬直の後、悲鳴もあげずに倒れていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 あれから一週間。まりいにもようやくこの夢の中の世界というものがわかるようになってきた。とは言っても、ほんの少しだけだが。

 ここは、まりいのいる場所、地球と似ている。多少違いはあるものの、食文化や服装など一部を除けばさほど変わりはない。

 唯一違うとすれば、獣と呼ばれるものと、術と呼ばれるものの存在。

 獣。

 いわゆる動物で、おとなしいものから獰猛なものまでいる(シェリア談)。特に集落の外には多いので、外へ出るには集団で行動するか今のようにある程度の戦闘ができるということが絶対条件となる。

 術。

 まりいの世界――地球では魔法とも呼ばれるもの。未知なる力。

 この世界では誰もが使うことが出来る。ただし個人差はあるし大抵の場合、媒介となるものが必要だが。

 術は専門の店で簡単に手に入る。媒介となるもの――術書と呼ばれる本を買い練習することで大抵のものを扱うことが出来る。術をある程度マスターした人から教わることも可能だ。ただし、使い込まないと威力は上がらないし高度なものも使えない。

 それならば術を使った犯罪が増えるのではないかという心配もあるが、実際はそうでもない。なぜなら大抵の市街には結界がはられているからだ。結界には獣とある程度の魔力を中和する作用がある。だからある程度までは災害を防ぐことが出来る。ある程度ではすまなくなった場合は――その土地にいる自警団か騎士団に頼むしかないだろう。

 さて、この世界に関する説明はここまでにしておくとして。

「こいつは食用だな。持っていこう」

 ショウが荷物の中からナイフを取り出す。

「時間がかかるから二人とも(荷台の)中で待ってろ」

 そう言うと、さっきまで戦っていた獣の死骸を丁寧にさばいていく。

「う……アタシやっぱだめ。悪いけど休ませてもらうわ」

 シェリアが顔を青くして言う。なんだかんだ言ってもシェリアは公女様。獣の死骸を見て気分を悪くするのも無理はないだろう。まあ公女でなくても普通の人間なら抵抗があるだろうが。

「シーナはどうする? 休む?」

「私は……もう少し残る」

「そう? だったら先に休んでるわ」

 よほど気分が悪かったのだろう。それだけ言うと公女様は馬車の方へ戻っていった。


「休んでなくていいのか?」

 気配を感じたのだろう。振り返らぬままナイフを片手にショウが言う。

「見ていてもいい? 邪魔はしないから」

 そう言って、まりいは隣に腰を下ろす。

「今度はこいつのさばきかたでも教わりたいのか?」

 ナイフを持つ手を止め苦笑交じりに振り返ると、まりいは首を横にふった。

「ううん。ただ、見ておきたかったの」

「まあ、別にいいけど」

 視線を元にもどし再び獣をさばきにかかる。

 こんなの見ていて面白いのか? 記憶喪失の人間は考えることがわからないよな。

『…………』

 ただ黙々と獣をさばくショウ。それを、ただ黙って見ているまりい。はたから見れば、それは奇妙な光景だった。

 まったく。やりづらくてしょうがない。青ざめるくらいならはじめから見なけりゃいいだろ?

 実際、まりいは青ざめていた。普通の女子中学生が動物を殺す現場など見たことがあるはずもなく。当然と言えば当然のことだろう。それでもこうして見ているということは、彼女なりの意思の表れだった。

 みんなの足手まといにはなりたくない。せめて簡単なことくらいできるようにならなきゃ。

「できたぞ」

 獣を全てさばき終わり、できあがったそれを袋につめる。

「これ食べれるの?」

「火を通さないと危ない。持ちきれないから残りは町で売らないとな」

「すごい……」

「何が?」

 まりいのつぶやきにショウが怪訝な表情を見せる。

「ショウってなんでもできるよね。すごいよ」

「ずっとやってれば嫌でも覚える」

「それでも。やっぱりすごいと思う」

 素直に尊敬の眼差しを向ける少女にショウはしばし言葉を失った。

「……そろそろ出発するぞ。シェリアも待ってるだろうしな」

「うん」

 この時の少年の顔は逆光になっていたため、まりいには見えなかった。


 しばらくすると三人はとある村に着いた。

「どうしたの? シーナ」

「ここって、見覚えがある……」

 そう言って視線を周りにさまよわせる。

 これといって特徴もないような風景。でもまりいには確かに見覚えがあった。

「そりゃそうさ。ここはアンタが倒れていた場所なんだから」

『え!?』

 ショウの言葉に二人そろって振り返る。

「驚くほどのことでもないだろ。前に通った道を逆にたどっているだけなんだから」

「じゃあここって、えーっと……」

「ジアノ」

 まりいが思い出すより早く答えは返ってきた。

 ジアノ。横たわっていたまりいをショウが見つけた場所。

「シーナって、ここで記憶をなくしちゃったの?」

「そうみたい」

 確かに私はここで倒れていたみたい。ショウは私を見つけた時、私が変わった格好をしていたって言っていたっけ。

「じゃあ散歩に行かない? もしかしたら何かわかるかもしれないわよ?」

 明るい茶色の瞳を輝かせ、二人を交互に見つめる。

「俺はパス。宿を取ってくる。さっきの肉も売らないといけないしな」

「わかった。じゃあシーナ行きましょ!」

「えっ、ちょっとシェリア!」

 シェリアに腕を引かれ、まりいは自分の倒れた場所を、ジアノを散歩することになった。



 ――のだが。

 数時間後、ショウは目の前の大荷物にため息をついた。

「なんで一時間でこんなに物が増えるんだ?」

『あはは……』

 二人は少年を前にただ笑うしかない。

「思ったより色々あったのよね。可愛い服もあったし」

「……でもやっぱり買いすぎなんじゃない?」

 シェリアの抱えた大荷物(まりいも荷物持ちを手伝っている)を見ながら、まりいは軽いため息をついた。

「いいのいいの! これはあなたの分もあるんだから」

「え? 私の!?」

 驚くまりいとは裏腹に、シェリアは当然かのように答える。

「シーナ、その服しか持ってないんでしょ? だったら着替えくらい持たなきゃ」

「いいよ。私お金持ってないし」

「それこそ余計な遠慮は無用よ。コレはアタシがやりたくてやってることなんだから!」

 そう言って、なぜか誇らしげに胸をはる。

「どっちにしても馬車にこれだけの荷は入らないだろ。必要な物だけ残して後は返しとけよ」

「えー?」

「『えー?』じゃない。ちゃんと返すんだ」

 そう言うとショウは部屋を出て行ってしまった。

「怒らせちゃったかな?」

「いいのよ。買い物の楽しさが男の子にわかってたまるもんですか!」

 そう言って、再び誇らしげに胸をはる。

「……でも、少し買いすぎたかしら? とりあえず横にどけとくわ」

多少気がひけたのだろう。小さく舌を出すといそいそと荷物をベッドのスミに片付ける。

「シェリア、私も手伝う」

 同じく荷物を片付けようとしたまりいの足に、何かが触れる。それは青い石のついたペンダントだった。女性の肖像画が彫られており、銀色の鎖がつながっている。

「シェリア、これ……」

 拾ったものを、彼女に差し出すと、

「ありがとう!」

 シェリアは嬉しそうに――大事そうに、それを受け取った。

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