Day 2-3
俺たちが砂巨人と戦っていた頃、喜多さんたち迂回組がどんな状況だったかというと──
「モグラ叩きって感じで」
「例えるなら水道管ゲームですかね」
「いやもう、なーんか面倒くさかったよ」
──さっぱり要領を得ないのだった。
◇ ◇ ◇
> “神樹の地下迷宮 ── 第四区画”
「無尽蔵に湧いてくる泥人形を倒しながら、水門を操作して足場を作ったり水を流したり?」
「ええ、まあ、大雑把にまとめるとそんな雰囲気ですか」
東京都庁の本庁舎前、南北に走る都庁通りの下は、複雑に張り巡らされた水路で構成された迷路だったらしい。
あちこちにある水門のレバーを、主に喜多さんが適当に操作して、取り残された智樹君がピンチになったりとか、
「最終的に三パーティ九人になって、事態は混迷を極めました」
とか。なんとか歩調を合わせて迷路を抜けるまでに、そこから二十分ほどかかったようだ。
喜多さんをレバー担当にしたところから間違ってたんじゃないかと思っていたら、彼女に睨まれた。顔に出てたか?
「最後の水門の意味が分からなかったんだけど、こっちに繋がってたんだねえ」
端末を階段の下に向けながら、喜多さんが納得したように呟く。
懲りない彼女が適当に開けた水門からの水は、地中を通って大穴の西側の壁から流れ込み始め、乾いていた周囲の地面を潤した。
それによって木の根が息を吹き返し、あり得ない勢いで伸びてきた根を伝って、俺たち三人は穴から脱出できたのだった。
「何にしても、これで残るミッションはあとひとつですね」
恭介さんの言葉に、今朝通知されたミッションの内容を思い返す。
──“第四区画”の探索、“第六の鍵”の発見、“地の守護獣”の解放。
喜多さんたちが都庁前から南下し、ワンデーストリートとシーズンロードを経由して新宿モノリスの地下入口で俺たちと合流した時点で、探索のミッションは達成扱いになった。
「砂巨人は“地の守護獣”とは無関係ってことでいいの?」
魔物図鑑を開いて、砂巨人の分析結果を確認する。サンドギガント。新規モンスター。通常は砂漠に生息する、上半身だけの砂の巨人。鳥取砂丘にでも追加されるのかもしれないな。とか考えつつ、パラメータを見る。
「基本属性が火だから、多分違うんじゃないかな」
「解放と書いてある以上、ただの討伐系ミッションではなさそうですね」
「他に何かヒントありましたっけ……」
そう言いながら、智樹君はゲーム機をあちこちに向ける。ワンコさんやマクロのパーティの人たちも周囲を調べ始めているけど、開拓士の探索能力で無理なら、おそらく何も見つけられないだろう。
伸びた木の根にすっかり囲まれてしまった台座を調べた後、新宿モノリスの方を振り返った智樹君は、首を傾げた。
「あれ? 格さん?」
◇ ◇ ◇
“幻想世界”のシャツに、サブマスターの証ということらしい青い帽子、縁無し眼鏡の人物は、肩から下げたクーラーボックスの重さにふらつきながら、こちらに向かって歩いてきた。
「お疲れさーん。今日も暑いから、差し入れ持ってきたぜぃ」
彼はそのまま通路の壁際まで移動すると、クーラーボックスを地面に置いて一息ついた。
ワンコさんやマクロは、誰だこいつ、といった表情で俺の方に顔を向ける。
「第三隊のサブマスターですけど。昨日会いませんでした?」
マクロは右手を立てて左右に揺らし、ワンコさんは首をぶんぶんと横に振る。
「姐さんは第一隊、オレは第二隊だからな。様子を見に来たのか」
「ネームカード首から下げてないけど、ホントにサブマスターなの?」
ワンコさんから疑いの眼差しを受けながら、彼はクーラーボックスからペットボトルの飲み物を取り出して、プレイヤーたちに手渡していく。
「臨時らしいですよ。ああ、えっと、烏龍茶で」
「はいよ。配り終わったらイベントなんで、ちょっと待っててな」
格さんと名乗る本名不詳のサブマスターは、全員に飲み物が行き渡ったことを確認すると、クーラーボックスの蓋を閉めた。
彼は背負っていた鞄からミニノートを取り出し、俺たち十二人が見守る中、マスター用のプログラムを起動する。
無事に合流を果たして一息ついていた冒険者たちの前に、どこからともなく
王国騎士の男が再び姿を現した。
冒険者たちの姿を見つけた彼は、生気のなかった表情に、かすかに希望の色を
滲ませた。
「“いいだろう。ただし条件がある”」
「早ぇよ! まだ何も言ってねえだろ、話聞いてやれよ!」
右手を挙げるのと同時にセリフを言い放ったワンコさんに対して、マクロが突っ込みを入れた。
その様子を呆れたように見ながら、サブマスターはキーボードを叩く。
時間がないのだ、と騎士は言った。何もせずとも、数日のうちに祭壇の扉は
開かれてしまうだろう。
何の備えも無いままその時を迎えれば、それは“王国”の存亡に関わる事態
となりかねない。それ故に、力を失いつつある封印の楔にかわって、新たな
守護の力を手に入れる必要があるのだ。
「そこで“地の守護獣”ですか」
恭介さんの言葉に、サブマスターは頷いた。
◇ ◇ ◇
> “神樹区郊外 ── 恐怖ヶ原”
“水路を遡った先、赤土の海原に白巌の王は眠る”
王国騎士からの情報をもとに、水路を逆に辿って行き着いた先は、蝉の鳴き声が響く新宿中央公園の正面だった。
地下通路の出口から出てすぐ横、公園の他の場所よりも一段低くなっている円形の広場の奥には、幅の広い人工の“ナイアガラの滝”が見える。喜多さんから聞いた話が正しければ、この辺りまで浄水場の貯水プールだった、ということか。
「暑いのに、けっこう人いるねえ」
と、広場の方を見ながら、その喜多さんは言った。
平日にも関わらず、スケートボードや大道芸の練習をしているグループが、広場のあちこちに陣取っている。
「夏休み中の学生さんですか。羨ましい限りですね、と」
ミニノートで調べ物をしていた恭介さんは、そう呟くと、他のパーティの人たちの方に向かって話しかけた。
「公園内の情報センターに行きませんか。二階のミーティングスペースなら冷房も効いてるでしょうし」
「別に構わないけど、遊びに使って問題ないの?」
少し不安そうなパーティメンバーの様子を窺いながら、ワンコさんが尋ねる。彼女のパーティは、同じチームのフレンド三人に、始めてから数ヶ月の初心者ひとりを加えた女性だけのパーティなのに、キャラは全員男だった。いや、いいんだけど。
「騒いだり、長時間占有しなければ大丈夫でしょう。“幻想世界”のイベントスポットもあるみたいですよ」
「ああ、別のイベントで行った覚えがあるな」
と、マクロが言う。新宿区のウォーキングイベントのチェックポイントになったとかで、他のアプリの拡張現実タグもいくつか用意されているらしい。
ちなみに、マクロのパーティはフレンド同士の大学生四人組だった。クラス編成とフレンド情報がパーティ分けの基準になってるとか言うけど、俺たち第三隊第四班はどうなんだろう。余り物で編成されたパーティなのか、それとも別の理由があったりするんだろうか。
と、考えていると、
「ヤジ君、置いてくよー」
いつの間にか移動を始めていた一団の最後尾から、喜多さんの声が聞こえた。
◇ ◇ ◇
“恐怖ヶ原”は神樹の森の西側にある平原で、赤茶けた土と岩が見渡す限り
続いている。
この広いエリアを東西に分断するように、高さ十メートルほどの断崖があり、
その一角には、西側から東側へと流れ落ちる滝があった。
滝壺とその周辺の一帯だけは、申し訳程度に緑が広がっている。
情報センターの二階、環境関連の資料が収められている書棚に囲まれた一角で、“幻想世界”の探索は開始された。
ここは情報屋らしく何か手掛かりになる情報をひとつ、とマクロに尋ねてみたところ、彼は困ったように頭を掻いた。
「このエリアは特にイベントも無いし、採掘も狩りも微妙なんでなァ」
仕方なく全員で手分けをして調査を行っていると、彼の言う通りの微妙さがあちこちから聞こえ始めた。
「恭介さん、砂怪魚に一方的に攻撃されるんですけど」
「こっちもですよ。なかなか地中から出てきませんし、困りましたね……」
地中を泳ぐ黄土色の怪魚は、時折空中に飛び出しては冒険者に噛みつき、再び地面へと潜っていく。
智樹君と恭介さんは、サメに囲まれた漂流者よろしく、岩の上で立ち往生していた。
ふたりを助けに行こうとした俺と喜多さんは、途中で岩ヤドカリに捕捉され、足止めを食らっている。
「岩に化けてるとか、勘弁して欲しいんだけど!」
「ハサミ来るから右に避けて」
「だあーッ」
傭兵戦士は地面に叩きつけた戦場槌を支えに前転し、ヤドカリの右側に
回り込んで立ち上がった。
誰もいない空間に黒いハサミを突き出したヤドカリに対して、妖術士の
放った《雷光球》が直撃する。
追加効果によって麻痺したヤドカリの横から、“Kitty”が連続攻撃を加えていく。ハンマーによる打撃は順当にダメージを与えており、倒すのは時間の問題のようだ。
他のパーティはどうなっているだろうか、とエリアマップを確認する。一時的に三パーティで小隊を編成しているため、今なら全員の状況を把握することができる。
どうやら、凄い勢いで走り回っている“Wanco”を除いて、ほぼ全員が俺たちと似たような状況に陥っているようだった。
「しっかし、よくスタミナ切れないな」
「もー全部ワンコさんひとりで、いいんじゃないかなー」
消耗しないギリギリの速度で移動しつつ、要所要所で加速して敵を振り切っていく姿に、喜多さんは棒読み気味に呟いた。
ワンコさんの活躍で、踏破済みエリアは着実に広がっていく。
「んじゃ、姐さんが調べ終わるまで休憩しとくかァ」
「“よしわかった。俺様の新たな取り巻きであるヤドカリ四天王を、貴様にお見舞いしてやろう”」
「もちろん冗談ですけど? つーか、わざわざ崖降りてくるとか!」
逃げるマクロに追うワンコさん。巻き添えを食わないように安全地帯の滝壺へと避難した俺たちは、ふたりがエリアマップを埋めていくのを大人しく眺めていることにした。
◇ ◇ ◇
机の上に置かれたパッド型端末に表示されているエリアマップを覗き込みながら、各パーティのリーダーと恭介さんの四人が作戦会議を行っている。マクロは智樹君や恭介さんに対しても、チーター絡みで警戒をしていたようだ。けれどもワンコさんの手前か、今はそんな様子は見られない。
マイペースを崩さないワンコさんとマクロに対して、智樹君は気押されているように見える。まあ、恭介さんがフォローしているから大丈夫だろう。
「槍というか、銛っぽいね」
ワンコさんが送ってきたスクリーンショットを見て、喜多さんが感想を述べた。
マップ中央の滝を中心として、円を描くように等間隔に配置された巨大な槍。探索を完了したエリアマップには、十二本の槍が刺さっている位置が表示されている。
槍を抜こうとしてみたプレイヤーは何人かいたようだけど、成功した人はひとりもいなかった。
おそらく全員で同時に調べてみないと駄目なのだろうと、相談のために滝壺に集合したのが五分前。誰がどの槍に向かうか、そろそろ決まる頃だろう。
「そういえば、喜多さんはマクロとも知り合いなんだよな」
「ん? んー」
彼女は少し俯いて、右手の人差し指を額に当てる。そんなに悩むことだったか。目を瞑ってしばらく唸った後、喜多さんはこちらに顔を近づけて、小声で話し始めた。
「なんか避けられてるような気が、しなくもない感じ? ワンコさんとか他の人が一緒だとワリと普通なんだけど、あんまり話しかけられたこと無いかも?」
俺に聞かれても答えようがないんだけどな。マクロはもう少し頑張った方がいいんじゃないかな、とか考えていると、作戦会議を終えた智樹君と恭介さんが戻ってきた。
「配置決まりました。崖の下、北側の四か所です」
「何が起きるかわからないので、万全にしておきますかね」
◇ ◇ ◇
ワンコさんにヤドカリを誘導してもらい、砂怪魚に見つからないように慎重に進みながら目標地点に辿り着いてから数分後。
獣戦士の合図と共に、妖術士は眼前に突き刺さる巨大な槍に手を伸ばした。
二メートルを超す長さの槍は、さしたる抵抗もなく引き抜かれ、彼女の両手に
握られた。
その直後、地響きと共に地面が揺れ始め、視点が遠景に切り替わる。
「“全員、無事だな?”」
ワンコさんの問いかけに頷いて応える。今のところ、ステータスに変化はない。ただ、周囲にあった敵の反応はすべて消滅していた。
エリア中央にある崖の一部が崩れ、そこから白い岩肌が現れた。
それは崖下に向かってゆっくりと動き始め、それに伴って崖の崩落が
激しくなってくる。
「おいおい。巻き込まれたりしないよな……」
崖の上側を担当していたマクロは、そう呟きながら自分のキャラを後退させる。
舞い上がる土煙はやがて収まり、白くごつごつとした大理石のような塊の、
その長大な姿が露わになってくる。
地表を泳ぐ白い岩の塊は、顔を上げ、天に向かって大きく吼えた。
──“十二槍の力をもって、地の守護獣、岩鯨を鎮めよ”
追加ミッション開始のログが表示される。槍を抜いて解放したと思ったら、また槍を刺せってか。
崖の高さから考えて、全長およそ五十メートル、地上に見えている高さだけでも五メートルはある白いクジラが、視点の切り替わった液晶画面一杯に表示されている。
崖から東に向かって泳ぎ出した岩鯨は、まっすぐに俺のキャラの方に向かっていた。その進行方向全域を埋め尽くす攻撃判定の波に、思わず手が止まる。
「ヤジ君、逃げないと!」
俺の状況に気付いた喜多さんが思わず叫ぶけど、どうやら手遅れだ。“夜兎”の移動速度では、この距離の突進攻撃を回避するのは不可能だし、杖による詠唱短縮無しでは《障壁》を張るのも無理だろう。二面ボスは初見殺しかよ、クソマスターめ。
せめてミッション失敗にならないようにと、タイミングを合わせて繰り出した槍が岩鯨に突き刺さる。次の瞬間、体当たりによって“夜兎”の体力がすべて削られ、戦闘不能時に発動するように設定してあった《雷光球》が炸裂した。その結果を見届ける前に、画面は暗転し、復帰待ちの状態へと移行する。
「復帰地点は六鍵祭壇。ミッションへの再挑戦は無理そうだな」
「えー、せっかく雷効いたっぽいのに」
戦闘不能後の一時的な能力ペナルティを考えると、ひとりで“恐怖ヶ原”に戻るのは難しい。
残念そうな顔の喜多さんに、後は頼んだぜ、と声をかけて、魔物図鑑を開く。短時間の《分析》でも、多少は役に立つだろう。
情報を伝えたら、あとはミッションの成功を祈るしかないな。
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