Day 1-3
> “神樹の地下迷宮 ── 第一区画”
最低限の光量で瓦礫の隙間を調べていくと、真ん中あたりの隙間の奥に、青白い光が揺らめいているのを発見できた。
なるほど、暗闇を灯り無しで探索できるワンコさんだったら、これは楽に見つけられただろう。
「行ってみますか?」
「ああ、準備はできてる」
人ひとりがぎりぎり通れるような狭い隙間に、開拓士がゆっくりと入っていく。
少し間隔を空けて、残る三人も順番に後を追う。
瓦礫の隙間は左右だけでなく、上下にも曲がりくねっている。
不安定な足場に気を遣いながらしばらく進むと、直径三メートルほどの空間が見えてくる。
その空間には、瓦礫によって傾いた青緑色の台座が存在した。
台座に当たる部分であろう場所にゲーム機を構えて詳細を調べてみると、側面に“神樹”の紋章が刻まれていることが判明した。
「上には何も乗っていませんね」
「調査できる以上、ただの飾りってわけでもなさそうだけど」
青白い光はどうなったのかと再び光量を落とす。台座の反対側、さらに奥へと続く隙間から洩れる光を見つける。
画面を見て首を傾げながら、次弥さんが呟いた。
「その光、さっきから全然近づけないよな」
確かに、先が見えないほど曲がった細い道で、ここから瓦礫の外まで光が届くとは思えない。
なんとなく誘導されているような気分になりつつ、移動を再開した。
◇ ◇ ◇
そのまま青白い光を追っているうちに瓦礫の山の反対側まで出てしまい、その先でとうとう光は消えてしまった。
仕方なく、光が消えた辺り、百貨店の入口から少し先まで歩いて行く。
と、通路の中央に並ぶ広告板の支柱に寄りかかって休んでいた男性が、顔を上げて問いかけてきた。
「イベント参加のプレイヤー、だよな?」
男が着ているシャツには“幻想世界”のロゴがあり、被っている青い帽子には“参”と書かれている。
左手には、恭介さんが持っているのと同じくらいの大きさのミニノートパソコンを持っている。
右手の人差指で縁無し眼鏡の位置を直すと、ミニノートの画面を見ながらさらに確認してきた。
「第三隊第四班。リーダーはサカ……マキ・トモキで合ってるかい?」
「は、はい」
自分の答えに対して頷いた後、男は頬を掻いて苦笑する。
「や、丁寧に喋るの慣れてなくてな、すまんね。本当は裏方のエンジニアなんだが、どうしても人が足りねえってんで、第三隊のサブマスターやらされてんだ。で、まあ、これから一週間の付き合いってことで、ミッション進行の前に確認をね」
ああ、この人がサブマスターの一人なのか。
年上の人の年齢はよく分からないけど、恭介さんより少し上だろうか。
「トリカイ・キョウスケ。キタ・ミサキ。おっけー?」
「ええ」
「うん」
恭介さんと喜多さんが、同時に首を縦に振る。
彼は最後の一人の名前を読もうとして、眉根を寄せる。困った顔のまま、次弥さんの方を見て口を開く。
「あー、間違ってたら悪ぃ。トチノヤ・ヤジでいいのかこれ」
「いえ」
「うん」
次弥さんと喜多さんが、それぞれ首を違う方向に振った。
サブマスターの右手が、突っ込みを入れるべきか迷っているのか、空中を彷徨っている。
「どっちだよ」
「ツグヤです」
「ツグヤだけどヤジ君です」
喜多さんには、何か譲れない事情でもあるのだろうか。
「……ヤジくんに、キタさんね。ふむ……なら、自分は格之進だな」
「カクノシン?」
「ああ。格さんと呼んでくれて構わないぜ」
世の中、分からないことだらけだ。
格さんと名乗ったサブマスターは、ミニノートの画面を軽く叩くと、軽い口調で告げた。
「じゃ、始めるか」
東に延びる通路の途中に、誰かが座り込んでいるのが見える。
慎重に近づいていくと、その人物が身につけている全身鎧が王国騎士のものであることが判った。
一行が近付いてくるのに気付いたその人物は、顔を上げ、その髭面から低い声でこちらを誰何した。
「王国から迷宮探索を任せられた冒険者だと名乗って、えーと。彼に、なぜ王国騎士がここにいるのかを尋ねます」
「ふむ、順当だな。そう来てくれるとありがたい」
事前に相談していた内容を宣言すると、格さんは頷いた。
髭面の騎士は少し考えた後、上からの任務だと答えた。
彼は詳しく語ろうとはしなかったが、この通路の先に鍵を飲み込んだ魔物がいることを伝えてきた。
仲間はその魔物にやられたらしく、自分も足をやられ、このまま戻るか再び挑むかを迷っていたらしい。
変ですね、と恭介さんが呟いた。
「王国騎士が消息不明になってから先遣隊を募ったとしたら、恐らく何日も経っている筈ですが。足を怪我した騎士が一人生き残っている、というのも気になりますし」
「その辺はノーコメントだな」
格さんは両腕を胸の前で交差して、表情を変えずに口を開いた。それを見て、恭介さんが困ったような顔になる。
「核心ついているかどうかくらいは、読ませてもらえると思ったんですけどね」
「まー、仕事だからよ」
◇ ◇ ◇
> “神樹の地下迷宮 ── 第一区画・水道広場”
何本もの柱で支えられた広間は、北から南へと流れる水路によって東西に分断されている。
広間の中央、水路の手前に横たわっていた巨大なトカゲが首を持ち上げ、一行に顔を向けた。
その鱗は灰色だが、胴体の腹の部分が緑色に淡く光っているのが見てとれる。
「こいつが鍵を飲み込んでるってことですか」
「そーみたいね。昨日みたいに私が前に出るから、みんなは援護お願い」
回復薬の提供を断った騎士を置いて、遠隔操作で東に進んでいくと、数十メートル先で戦闘開始の確認メッセージが表示された。
武器を《風弾》の魔力銃に切り替えて、決定ボタンを押した。
傭兵戦士が両手鎚を後ろに構えながら、大トカゲに向かってまっすぐ走っていく。
神官銃士が《祝福》の発動を始め、残る二人は左右に移動しながら、それぞれの得物で狙いを定める。
大トカゲは傭兵戦士の方に向き直ると、大きく息を吸い込み始めた。
「鳥飼さん、ブレスくるかもー!」
「柱があるから大丈夫ですよ」
大トカゲの動きが止まるのと同時に、傭兵戦士は斜め前へと転がり込んだ。
次の瞬間、誰もいなくなった空間に緑色のエフェクトと共に突風が吹き荒れる。
げえ、と次弥さんが呻く。
「毒ブレスって。あんなの食らったら洒落にならん」
体力の無さに定評のある妖術士には、追加ダメージがある範囲攻撃は怖いんだろうな。
と考えながら、柱の陰から大トカゲに狙いをつける。
開拓士が放った《風弾》は、胴体に命中すると同時に弾け、大トカゲをよろめかせる。
続けて《火焔槍》が命中し、大トカゲは苦しげに咆哮を上げた。
大トカゲは自分に痛手を負わせた相手を排除しようと、妖術士の方に向きを変える。
「風耐性、火は問題なし」
「トモキ君、属性変えるか接近戦で」
開示されたモンスター情報を全員に知らせながら、次弥さんは妖術士を撤退させる。
自分は恭介さんに言われたとおり、装備品のメニューを開いた。
移動を始めようとした大トカゲを足止めするように、傭兵戦士の攻撃が繰り出される。
尻尾の付け根を重点的に狙われた大トカゲは、反撃とばかりに尻尾を振り回した。
傭兵戦士が跳ね飛ばされ、通路の方に転がっていく。
「あ痛ッ。尻尾長いなこのッ」
「接近します!」
武器を片手剣に持ち替えた開拓士は、向きを変えた大トカゲの背後から近付いていく。
振り回される尻尾が止まったのを見計らって、彼は攻撃を開始した。
◇ ◇ ◇
戦闘開始から五分後、尻尾を切り落とされた大トカゲは主要な攻撃手段を失い、集中攻撃を受けて討伐された。
後に残ったのは、緑色に輝く宝玉だった。
「いやー、結構転がったわ。トモキ君の方は大丈夫?」
「ええ。恭介さんの回復があったんで」
恭介さんが攻撃には参加せず、回復と支援に徹していたおかげで、時間はかかったものの危機的な状況はなかった。
視線を向けると、彼はミッションの確認を行っていた。
「やはり、これが“第四の鍵”のようですね。これで今日のミッションは達成と」
「ああ、お疲れさん」
格さんはそう言った後、言葉を続ける。
「あとは、戻るもよし進むもよし。自分の担当はこれで終わりだから、しばらく見物させてもらうかな」
さて、どうしよう。喜多さんによると、大トカゲと戦った広間は新宿三丁目の交差点の下に当たるようで、地下でも副都心線に沿って南北に延びる通路と交差しているらしい。
格さんが何気なく発した言葉からすると、少なくとも先には進めるんじゃないだろうか。
「広間を調べて、行けそうなら先に進みませんか」
自分の提案に、他の三人はしばらく考えた後、頷いた。
「いいんじゃないかなー。まだ余裕はあるし」
「右に同じ」
「明日からのことを考えると、未調査の場所は減らしておきたいですね」
遠隔操作のまま手分けして調査を行うと、東へ下る階段は地割れで先に進めないことと、水路に沿って細い通路が南北に続いていることがわかった。
まずは北に進むことにして、人通りが少ないらしいその通路に向かって、自分たちも移動を始めた。
◇ ◇ ◇
> “神樹の地下迷宮 ── 外郭水路”
細い通路を北に進むこと、およそ二百メートル。北から流れてくる水路は、そこで西へと分岐している。
分岐した水路は、小さな水門を通った後、下り階段を流れ落ちている。下り階段は途中から水没していて、
「新宿五丁目交差点。ここからの水でサブナードが水没してるみたいね」
喜多さんはそう呟いて、水門の調査を自分たちに命じた。
「脳筋がいくら調べても無駄だから、ここは男性陣に頑張ってもらいます」
“Kitty”は男だったような、と思いながらも大人しく調べてみると、魔法的な仕掛けで別の場所から操作できるようになっていることを次弥さんが発見した。
この場所では、どうやっても水門を閉じることはできないようだ。いろいろ操作していた次弥さんは、諦めて顔を上げた。
「仕方ない、先に進もう」
さらに北に百メートルほど進むと、通路は行き止まりになった。
水路の起点は小さな滝になっており、天井の隙間から水が流れ込んでいるのが見える。
エリアマップでもそれ以上先に進めないように見えたものの、一応詳しく調べてみようと地下通路を歩いて行くと、突き当たりに地上への出口が見えてきた。
出口の標識に書かれた文字を読んで、おや、と思う。
「この先って花園神社なんですね」
「ええ。昨日は上から行きましたけどね」
地下から行けるんだなあ、と恭介さんの言葉を聞きながら歩き、左側の階段に視線を向ける。
微かな違和感。
冷たい湿気を含んだ、花の香り。
「フラワー・ガーデン?」
「そだねえ。“幻想世界”ではフラワー・ガーデンだね」
調べようと意識したのが先か、それとも無意識的にか。ゲーム機を持った自分の左手が、階段に向けられていた。
◇ ◇ ◇
> “神樹区郊外 ── フラワー・ガーデン”
「隠し通路、発見おめでとさん。手間取るかと思ったんだが、あからさまだったかなァ。開拓士の探知能力でも、かなり近付いて調べないと駄目なはずなのにな」
地上に出て、神社の木陰で休んでいると、ペットボトルの麦茶を飲んでいた格さんが話しかけてきた。
次弥さんは恭介さんと一緒に地図を確認している。喜多さんは、そろそろ昼飯食べる場所決めなきゃ、と携帯を弄っている。
「勘というか、何か花の香りがして」
そう答えると、格さんの表情が消えた。まあ、確かに馬鹿な話だと思う。答えにも困るだろうな。
そう考えていたから、次の格さんの言葉は完全に予想外で、意味がよくわからなかった。
「……なかなか興味深いな。本命は“Kitty”の方だったんだが、影響されたか」
喜多さんが本命とは、どういうことだろう? 格さんは表情を変えないまま、口調だけは軽い感じで尋ねてきた。
「君、“幻想世界”を起動中に匂いを感じたことは、他にないかい?」
「そういえば、祭壇のステージで」
ああ、とどこか納得したような声を漏らした後、格さんはニヤリと笑った。そして、
「匂う場所は調べてみるといい。また、隠された区画を見つけられるかもしれないぜ」
冗談を言うようにそう告げた。
> Next Day 2-1