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Day 1-2

> “神樹の地下迷宮 ── 六鍵祭壇”


   祭壇のある区画は、祭壇を中心に半径三十メートル、高さ五メートルほどの円柱形の空間になっていた。

   壁と天井は石造りで、この地下迷宮が少なくとも自然に出来上がったものではないことを意味している。

   この区画の出入口は、地上に戻るための縄梯子と、祭壇の穴と同じ方角に存在した六つの扉だけのようだ。


「今のところ、既に開いている北東の扉以外は開けない状態のようですね」


 扉を調べていた恭介さんが、最後に報告した。

 祭壇のヒント以外にも何かないかと思って、手分けしてこの区画の調査を行ったけれど、残念ながら収穫は無かった。


「すいません。無駄足でした」

「いや、そんなに無駄でもなかったよ。明日以降の展開も予想できたし」


 思わず口から出た言葉に対して、次弥さんが首を横に振る。その手には新宿の地下通路を抜き出した白地図がある。

 祭壇と広間が書き込まれた地図を横から覗き込みながら、喜多さんが口を開いた。


「毎日ひとつずつ扉が開いていって、行ける場所が増えていくって感じかしらん」

「そうでしょうね。いきなり全区画開放されたら、参加者が迷ってしまいますからね」


 なるほど。少しは調べる価値があったみたいだ。

 気を取り直して、次の行動を口にする。


「えっと……じゃあ、先に進みましょうか」

「うん。了解だよ」


 喜多さんはそう言って、読んでいた事前資料を脇に抱えて、端末を手に取った。


   ランタンを左手に持った開拓士エクスプローラを先頭に、一行は扉の先に足を踏み入れた。

   開拓士が歩みを進めるにつれて、幅広の通路の様子が照らし出される。

   天井の高さや壁の材質は祭壇があった広間と変わらず、ひとつの建造物の一部であるかのような統一性を見せている。

   通路は扉のある場所から北と東に長く延びており、ランタンの光ではその先を見通すことはできない。


「ちょっと暗いかな」

「ふむ。ツグヤ君、《発光ライト》使えますか?」


 次弥さんは頷くと、ショートカットのボタンを使って手早く呪文を選択した。

 《発光》は補助系の地味な呪文で、あまり出番も無いのに、今回のイベント用にショートカットをいじったんだろうか。


   妖術士ソーサレスの呪文が発動すると、彼女が持つ錫杖の先が白く輝き始める。

   ランタンよりも強い光によって、より広い範囲が明るく照らされた。


「北側はすぐに下り階段ですが、途中に地割れがあって進めそうにないですね」

「ということは、メトロプロムナードは通行不可能と」


 さっき次弥さんと一緒に見ていた地図を頭に思い浮かべる。地上に出ることなく新宿を西側から東側に移動する場合、ルートは二通りある。

 北に進んで地下鉄の改札がある古い通路を通るか、東に進んで北口改札がある新しい通路を通るか。


 “幻想世界”で北に進めないなら、東に行くしかない。


 ◇ ◇ ◇


> “神樹の地下迷宮 ── 第一区画”


 遠隔操作リモートで通路を東に進んでいくと、途中でエリア表示が“第一区画”に切り替わった。

 ダンジョン内での視点操作に戸惑いながら、操作を続ける。


   急に通路の幅が狭くなる。立ち止まって左右を確認すると、石造りの壁が途切れていた。

   ここから先は、流れ込んだ土砂によって狭くなっているように見える。

   人が二人並んで歩ける幅の空間を、一行は慎重に進んでいった。


「まっすぐ百メートルで、東口の駅ビル辺りに着くね。途中まで進んだら、私たちも移動しようか」


 撤収作業を終えつつあるイベントスタッフの様子を窺いながら、喜多さんが提案した。

 特に異論は無かったので、頷いて先に進む。東口の方が涼しいだろうし、残っているパーティはあと二組だけみたいだし。


   しばらく進んでいくと、また石壁に囲まれた広い空間へと辿り着いた。

   今通ってきた通路は、建物と建物の間を結ぶ渡り廊下のような場所だったのかもしれない。


「元々地上にあった建造物が、年月を経て地中に埋まってしまった、ということですかね」


 画面に表示される情報ログを見て、恭介さんが推測した。

 映像だけでは伝わらない細かい雰囲気を説明するための情報ログには、ミッションのヒントになる内容がこっそり含まれていたりするらしい。

 とりあえず目標地点まで辿り着いたので、地面に置いていたリュックを持ち上げた。


「そういえば、そろそろ昼過ぎですが、昼食はどうしますかね?」


 世界時計を見ていた恭介さんが、自分たちに尋ねてくる。時計の針は、十二時過ぎを指していた。

 次弥さんと喜多さんは顔を見合わせて、困ったように答える。


「いやー、どうなるかわからなかったから、お腹空いたときに適当でいいやと」

「喜多さんに合わておけばいいかと」


 三人がこちらに顔を向ける。

 えっと、それを決めるのもリーダーの仕事なんでしょうか。新宿よく知らないんですけど。

 仕方ないので、一番詳しいはずの喜多さんに考えてもらうことにして、中学三年生のお財布事情を伝える。


「一時過ぎとか、お昼食べる人が少なくなった頃にどこかに入ることにして、もうしばらく探索を続けましょう」

「そうだねー、並ぶのやだし、ちょっと考える時間欲しいな」


 ◇ ◇ ◇


 そんなわけで、自分たちは東口に移動してからも探索を続け、二回目の移動で当初の目的地の近くまでやってきていた。

 これまで、駅ビルの区画を調べている最中に巨大な《灰色大蛙アシェントード》に襲われた以外、特に戦闘は起きていない。

 そして残念ながら、ミッションの手掛かりの方もまだ見つかっていない。


「駅ビルから北のメトロプロムナードに下りて、アルタ前を通って東に進んだところだよな?」

「うん。西の方はまた地割れで進めなくて、サブナードへ下りる階段は水没してた。で、メロンパン売り場を通り過ぎて、今ここ」

「メロンパン売り場ってどこだったよ」


 喜多さんの補足を聞きながら、次弥さんが白地図に書き込みを行っている。

 “幻想世界”のマッピングは自動で行われるけど、現実の地下通路と比べることで、隠されたルートが無いかを判断しているらしい。

 しかし、白地図を用意するのって結構大変だったんじゃないだろうか?


「地図の確認をして貰っている間に、私たちは瓦礫を調べてみましょうかね」

「あ、はい、そうですね」


 地下鉄新宿三丁目の改札の先、靴の修理屋がある辺りで、かなりのパーティが足止めされている。

 それもそのはずで、“幻想世界”の地下通路が“瓦礫置場ジャンクヤード”に積み重なった瓦礫の重さで崩れてしまっていたのだ。


   近付くにつれて、塞がれた通路の様子がはっきりと見えてきた。

   枯れた巨大樹の根と大小さまざまな岩石、そして上から流れ込んだ大量の鉄屑が複雑に重なり合って、不気味な陰影を形作っている。

   よく見れば、何箇所か先に進めそうな隙間は見られるものの、奥がどうなっているかは、暗くて見てとることができない。


「間違った道を選んだらいきなり十四へ、ってことはないでしょうけど」

「ジュウヨン?」

「ああ、いえ……昔の話です」


 恭介さんは頭を掻いてから、改めて話し始めた。


「祭壇で解読した文章の前半部分は、この場所を意味しているとみて間違いないでしょう。だとすると、残る後半部分がここを抜けるためのヒントではないでしょうかね」

「“暗闇を彷徨う魂を追い、隠された扉を見つけよ”、ですか」


 暗闇というのは瓦礫の隙間のことだろうか。そう考えて、通行人の邪魔にならないように気をつけながら調査を行ってみた。

 柱の側で画像とログを確認していると、喜多さんが近付いてきた。


「トモキ君、どんな感じ?」

「微妙ですね。ランタンで照らしても、通れる隙間かどうかさっぱりです」


 魔法の照明ならもっとはっきり見えるんだろうか、と考えながら、なんとなく喜多さんの方を見る。

 すると、いきなり喜多さんの背後から、そっと白い手が伸びてきて、喜多さんの両目を塞いでしまう。


「うわぁ!?」


 驚いて半歩引いてしまったけれど、喜多さんは微動だにしなかった。


「さて、だーれーでーし」

「ワンコさん」


 背後から聞こえてきた高い声に被せるように喜多さんが答えると、両目を塞いでいた手が下ろされ、小柄な女の人が姿を見せた。

 青いワンピースを着た女性は、満足そうに何度も頷きながら、両手を腰に当て、胸を張って高らかに告げる。


「喜多ちゃん正解! ワンポイント獲得ー!」

「何のポイントですか」


 呆れたような声の喜多さんに構わず、ワンコさんと呼ばれた女性はこちらに向き直って、ずいっと顔を寄せてきた。


「で、この少年は新しい彼氏? 喜多ちゃんも隅に置けな」

「違いますー。トモキ君はウチのリーダーですー」


 喜多さんがワンコさんの両肩を押さえて引き離してくれる。

 なんか、この人は身のこなしが奇妙だ。動きに前兆が無いというか、なんというか。

 肩を押さえられたまま、ワンコさんは自分に対して会釈らしきものをした。


「はじめまして、トモキ君」

「あ、はじめまして。えーと……ワンコさん、でいいんですか」


 恐る恐る尋ねると、ワンコさんは笑顔で首を縦に振った。本名ってことは無いよなあ。


「ワンコさんもここの調査中なんですか?」

「違うねえ。一通り終わったから、見落としが無いか確認しに戻るところなのである」

「あれ、もう終わってるんですか」


 驚いた。エリア開放されてから一時間ちょっとしか経ってないのに。


「“ふン、暗闇を見通す俺様の目があれば、こんな狭苦しい場所など造作もないわ” って、今日はたまたま運が良かったんだけどね」

「あー、暗視ダークビジョン使って斥候役やってたんだ」


 喜多さんが呟く。“獣戦士ウォービースト”は元々夜目が効くクラスだけど、ワンコさんはそれをさらに強化しているらしい。

 ワンコさんは身を屈めて喜多さんの拘束から抜け出すと、一回転して謎のポーズを決めた。


「さて、ヒントはここまで! またねー」


 軽やかに走り去るワンコさんを見送りながら、彼女の発言について考える。


「今の会話の中に、何かヒントっぽい内容ってありました?」

「暗視持ちなら簡単に突破できる、ってとこかな」


 確かに、それくらいしか考えられない。祭壇の文章には何て書かれていたっけ。


 “暗闇を彷徨う魂を追い”──


「──暗闇じゃないと駄目だとか」

「ふむ。ランタンの光量調節は知ってる?」

「はい」


 暗闇で敵から見つかりにくくしたり、光を放つ素材を探したりするときのために、ランタンには光を遮る仕切り板がついている。という設定になっている。


「《発光》は光量変えられないから、ヤジ君の方は一度消してもらうか」


 喜多さんはそう言うと、地図を眺めて相談している二人の方に向かった。

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