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Day 1-1 TUGUYA

 追加背景“秘宝の探索者トレジャーハンター


 ──新米開拓士の彼は、“王国”の宰相ヴォルフが公布した、新たな地下迷宮の先遣隊の募集に志願した。そこに眠る旧文明の秘宝を手に入れ、名声を上げるため、彼は危険を顧みずに未知の暗闇へと挑む──


 ◇ ◇ ◇


> “代替現実 適用外区域アウトオヴサービス


 人ごみの中、時計を見ると、まだ九時前だった。

 喜多さんに「じゃあ、トモキ君、また明日。北口改札で九時半に待ち合わせね。寝坊しないようにねー」と言われて、余裕を持って大宮を出たのはいいけど、ちょっと早すぎたみたいだ。


 新宿駅の北口改札は、何年か前に東西自由通路が開通したときに、東口と西口の改札が撤去されるかわりに作られたらしい。

 この自由通路が出来る前は、少し遠回りをしないと東西を行き来できなかったというから、それはさぞかし不便だったろう。よく知らないけど。


 学校は夏休みでも、当然、会社は休みじゃないので、出社中の会社員が目の前をどんどん通り過ぎていく。

 これだけ人が多いと、地下通路にこもる熱気も半端じゃない。待ち合わせの時間まで、別の場所に避難しよう。


 待機状態にしたゲーム機を片手に、西口の広場に向かってみる。

 改札を出た直後に確認したけれど、今はまだ地下の“幻想世界”にはアクセスできなかった。やっぱり、イベント開始までは無理みたいだ。


 などと、ぼんやり考えながら歩いていたら、急に後ろから肩を叩かれた。慌てて振り向くと、そこには昨日と違う柄のアロハを着た恭介さんが立っていた。


「おはよう、トモキ君。昨日はよく眠れましたかね」

「あ、はい。おはようございます」


 僕はちょっとね、昨日も熱帯夜だったし、イベント楽しみでね、と笑顔で語る恭介さんと、再び歩き始める。

 とりあえず、知ってる人が一緒なら安心だ。


「みんなが仕事してるときに休みというのは、なかなか爽快な気分です」

「はあ、そんなものですか」


 自分にはよく分かりません。

 通路を抜けてまっすぐ歩くと、タクシー乗り場がある西口広場に出た。

 十一時からオープニングイベントが行われることになっている世界時計前には、関係者以外立入禁止のロープが張られている。

 ロープの内側には直径十メートルほどの円形のステージが設置されていて、イベント会社のロゴが入ったシャツを着たスタッフらしき人たちが、その上で作業を行っていた。


「昨日帰りがけに通ったときには何もありませんでしたから、どうやら、一晩で頑張ったようですね」


 ロープ沿いにゆっくり歩きながら、恭介さんはあちこち観察している。

 自分も何か見つけられないかと周囲を見回していると、舞台の裏の方でパイプ椅子に座り、扇風機の風で涼んでいる女性と目が合った。

 他のスタッフとは違って、シャツには“幻想世界”のロゴが描かれていて、その顔はどこかで見た覚えが、


「あらら、早いのね。イベントまでまだ二時間くらいあるわよ」


 声を聞いて思い出した。“冒険者の宿”の受付の人だった。暑いからか、長い髪をまとめてアップにしていた。

 彼女は立ち上がると、こちらに近づいてくる。


「もしかして、司会とかですか」

「やー、それは無理無理。まだ事前資料ハンドアウトを受け取ってない人の対応とか、不備があった場合の確認とか、裏方の仕事よ」


 苦笑いで否定された。受付は慣れた感じだったし、無理でも無さそうだけど。


「何か教えてあげられることがあるといいんだけどねー。今回は進行役のサブマスターも開発会社から派遣されてて、内容全然教えて貰えないのよ」


 不満そうな彼女の話によると、プレイヤーの動向を把握する要員として、三人のマスターがいるらしかった。

 サブマスターもそれぞれが自前のキャラを操作していて、現実と“幻想世界”の両方で関わることになるのだとか。


「まあ、力抜いて楽しんでね」


 それだけ言って、受付の人は椅子の方に戻って行った。

 そういえば恭介さんはどうしただろう、と見回すと、端の方で誰かと携帯電話で話しながら手招きしていた。

 速足でそちらに向かうと、ちょうど通話が終わったところだった。


「ツグヤ君たちは、どうやら自転車で来たみたいですよ。改札が混んでいると話したら、“新宿の目”で落ち合うことになりました」

「はあ」


 “新宿の目”って、なんだろう? と思いながら、「こっちです」と言って歩き出した恭介さんの後に続く。

 ロータリーの北側から回り込むように西へ進むと、そこには確かに“目”があった。


「昔は裏側が動いていて、もう少しインパクトがあったんですが」


 壁一面に埋め込まれた巨大な右目のオブジェは、動かなくても十分、印象的ですが。左目もあったらどうしよう。

 などと考えている間に喜多さんと次弥さんがやってきたので、自分たちはそそくさとその場から離れた。


「この時間じゃ甘味処は開いてませんね。ファストフードでいいですかね」


 恭介さんの先導で近くのビルの店に入り、百円の飲み物だけ注文する。四人掛けのテーブルに座って、作戦会議が始まった。


 ◇ ◇ ◇


> “神樹の地下迷宮 ── 六鍵祭壇オールタ・ヘキサ


 イベント内容の説明と確認が終わり、世界時計の針が十一時半を指した瞬間。

 無人のステージの周囲に埋め込まれた装置から光が放たれ、ステージ上に立体映像が映し出された。

 参加者や見物人が見守る中、映像は少しずつ鮮明になり、特徴的な高層建築の群れを判別できるようになってくる。


「これは、新宿かな」


 小声で呟いた喜多さんに対して、恭介さんが無言で頷く。イベントの参加者は、ロープの内側でステージを囲むように並んでいる。

 並びは名簿の順番だったので、自分たち第三隊第四班は南側の端に立って、説明を聞いていたのだ。


 新宿駅の周辺を再現したミニチュアを見つめていると、その立体映像が少しずつ変化を始めた。

 西側の高層ビルが巨大な樹木に置き換わり、東側の商業地域は遺跡と近世の建物が入り混じった市街地に姿を変える。

 線路が数を減らし、新宿駅が煉瓦造りの古めかしい駅舎になると、その西側、巨大樹の森の手前にある草原が拡大されていく。


「この真上辺りですね」


 今度は恭介さんが呟く。右手に持った扇子が天井を指している。


 突然、地鳴りのような重低音と同時に映像が揺れ、草原の真ん中が崩れて大穴が開いた。

 映像はさらに拡大され、大穴の端から地底に侵入しようとする数人の騎士の後を追っていく。


 騎士たちが縄梯子を伝って降り立った地底の空間の中心には、円形の祭壇が存在した。

 一人の騎士が祭壇の上に登っていく。祭壇が拡大されていき、現実のステージと重なっていく。

 等身大になった立体映像の騎士は、腰に下げていた袋から淡く輝く白い珠を取り出し、それを頭上に掲げた。

 遠くから聞こえる低い唸りと共に、足元から響くように男の声が流れてくる。


『恐れを知らぬものよ、扉は開かれた。災厄が再び解き放たれるよりはやく、五つの楔を改めよ』


 ◇ ◇ ◇


 ──エリア“六鍵祭壇”および“第一区画”が解放されました。


 エリア追加のメッセージとともに、アプリ操作のロックが解除された。

 他のプレイヤーたちは、パーティごとに相談を始めている。既にここから移動した班もいるみたいだ。

 ミニノートの画面を見ながら、恭介さんが口を開く。


「今日のミッションは三つ。“第一区画”の探索、“第四の鍵”の発見、騎士団の消息確認、ですね」

「騎士団が戻ってこないから、冒険者を集めたってことか」


 だけど、次弥さんの言う通りなら、事前資料に書かれている内容とはちょっと違うような。


「騎士団なんて、資料に無かったですよね」

「ああ。これは冒険者には“隠された情報”か」


 “隠された情報”については、作戦会議のときに聞いた。プレイヤーは知っているけど、冒険者キャラクタは知らない事実で、それを前提とした演技ロールプレイが求められるとか。


「えーと、探索中に騎士団に出会ったとき、どうすればいいんですか?」

「“王国”の騎士鎧を知らない冒険者はいないでしょうから、戦闘にはならないでしょうね」

「まあ、これでサブマスターの正体は予想ついたかな」


 三人のサブマスターが操作するキャラが、消息不明の騎士団ってことらしい。はあ、なるほど。


「ところで、さっきから喜多さんが静かなんですが……」

「はぇ?」


 次弥さんの後ろで携帯を操作していた喜多さんが顔を上げる。喜多さんの手はアプリを操作していて、どうやら周囲の状況を確認していたらしかった。


「何か見つかりました?」


 喜多さんはうーん、と首を倒しながら、携帯の液晶画面をこちらに見せてくる。

 さっきのデモンストレーションで大写しにされていた祭壇を上から見た視点で、中央に傭兵戦士ハイランダーが立っている。


「北が真上になるように調整したんだけど、右上だけ光ってるよね」


 円形の祭壇の周囲には等間隔に六ヶ所の穴があって、喜多さんの言った通り、真北から右に六十度の位置にある穴だけが白く光っていた。


遠隔操作リモートでは詳しく調べるとかできないし、とりあえずステージに上がってみるね」

「ええっ」


 世界時計の前では撤収作業が行われている。だけど、ステージは立体映像を映し出す装置と合わせて、新しい広告スペースとして今後も使われるということで、手つかずで残されていた。

 “幻想世界”の祭壇がこのステージと重なってるのは確かだけど、もう入っちゃっていいんだろうか。

 と迷っているうちに、喜多さんはステージの方に歩いて行ってしまった。


「き、喜多さん?」

「駄目なら止められるだけでしょ、大丈夫だいじょーぶ」


 彼女はそう言いながらステージを横切って、祭壇が光を放っているであろう場所に携帯を構えた。


「想定内の行動のようですね」と恭介さん。


 確かに、スタッフが喜多さんを気にする様子はない。喜多さんの行動を見て、他のプレイヤーも何人かステージに近付いていく。

 しばらくして戻ってきた喜多さんが、申し訳なさそうに、全員に見えるように携帯を差し出した。

 穴の周囲で光を放っているルーン文字の羅列と、“解読できません”と表示されたログ。


古代語エンシェント読解の技能、取ってないの忘れてた」


 ◇ ◇ ◇


 脳筋キャラに調査とか無理だよね、失敗したわー、いやー失敗したわー、とやさぐれ始めた彼女に代わって、読解技能を持っていた自分がステージに向かう。

 周りから注目されているようで、落ち着かない気分でステージの上を歩く。ステージの中心辺りに差し掛かったところで、微かな違和感があった。

 冷たく湿った、カビのような臭いが、足元から立ち上っているような。思わず下を向くと、その違和感は消えてしまう。

 気のせいだったのかと、立ち止まって考えていると、横から声をかけられた。


「君、“Kittyキティ”と同じパーティなんだな」


 恐る恐る視線を向けると、茶髪の男の人が自分の方を睨んでいた。どう答えようかと迷っているうちに、彼はパッド型の端末を持っていない方の手で頭を掻きながら、言葉を続けた。


「あー、アイツには気をつけろよ。あんまり深く関わらない方が身のためだぜ」


 そう言い残して、彼は自分の班のメンバーの方に去って行ってしまった。

 今のは、どういう意味だろうか。


 そう。このときの自分には、今の違和感の正体も、彼の言葉の真意も、知るよしもなかったんだ──




 ──なんてモノローグを頭の中で流してみても、わからないものはわからない。


 気にならないと言えば嘘になるけれど、考えても答えは出そうになかったので、急いで目当ての場所を調査する。

 解読成功のログが表示されたのを見届けてから、結果を伝えに三人の元に戻った。


「“大樹の力は失われ、鍵に至る道は鉄屑の山に遮られている。暗闇を彷徨う魂を追い、隠された扉を見つけよ”か」

「“第四の鍵”のヒントっぽいよね」


 古代語を読解できるキャラが調べれば、その内容は他のメンバーにも伝えられるようで、戻ったときには既に相談が始まっていた。


「“鉄屑の山”で思い浮かべるのは、やはり“瓦礫置場”ですかね」

「ですねえ」


 恭介さんの発言に、喜多さんも同意する。新宿の地理も“神樹区”の地理もよく知らないけど、確か“瓦礫置場”は東の方にあったはずだ。


「えーと。メトロプロムナードか北口改札前のどちらかを通る感じだよね」

「そっちに向かう前に、祭壇の周辺をきっちり調べておいた方がいいかもしれないぜ」


 喜多さんと次弥さんはそこで会話を止めて、自分の方を見た。恭介さんもこっちに注目している。

 どうしたんだろう、と思っていると、喜多さんが意地悪そうな笑顔で口を開いた。


「さて、リーダー。今ここで手に入りそうな情報は抑えたけど、指示をどうぞ?」


 ……そうだった。

 いろいろあって忘れていたけど、自分がこのパーティのリーダーに任命されてたんだった。

2011.7.21 初稿

2011.7.25 「第三の鍵」→「第四の鍵」に変更

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