Day 3-2
> “神樹の地下迷宮 ── 第六区画”
探索の準備を終えた私たち四人は、それぞれのキャラクタを操作し、祭壇部屋の北側の扉から未知のエリアへと進入した。
そこかしこに見える地割れを避けながら、階段を下っていく。やがて開けた地下空間へと辿り着き、操作モードが“遠隔操作”に、エリア名が“第六区画”へと切り替わった。
画面に映し出された広域マップと白地図とを並べて見比べていたトモキ君が、確認するように口を開く。
「地下鉄の上くらいですか」
「そーね。あの辺は人通り多いから、もう少しここで操作してた方がいいかも」
喜多さんの言葉に無言で同意しつつ、“幻想世界”アプリの視点を遠景に切り替える。ミニノートの液晶画面は他の三人の端末よりも大きく、解像度も高いため、広い場所の調査や状況把握には向いている。
祭壇を中心とした地中の建造物から抜け出した先は、地底の広場だった。
再び建物内へと通じているであろう石畳の道が東西に延びているが、
その先の様子までは見てとることができない。
辺りは静かで、動くものの気配は無いが、点在する石柱が死角を作っている。
メッセージログやエリアマップによって判明した情報を、ツグヤ君が白地図へと書き込んでいく。
「今は大丈夫そうだけど、不意打ちが怖いな」
「ひとまず、広場を一通り調べてしまいますかね」
北へと歩みを進めると、土砂に埋もれかけた石造りの廃墟が見えてくる。
入り口部分はかろうじて残っており、中に侵入することができそうだ。
廃墟の左右には岩壁が続いている。どうやら、ここが広場の北端らしい。
先に東西の道を調べるか、それとも廃墟に入ってしまうか。トモキ君の判断に任せようと顔を上げかけたとき、赤字のメッセージログが画面上に表示された。
── 【戦闘開始】 “未識別:昆虫”
同時に縮小マップ上に現れた赤い点の位置を見て、慌てて“Tricker”を振り向かせる。
灯りの届くぎりぎりの距離にぼんやりと浮かぶいくつもの塊は、その正体を見極める間もなく、こちらに向かって突進してきた。
「げ、いきなり来た」
「回避ッ」
“Kitty”はハンマーを構えて防御姿勢をとり、“トモキ”と“Tricker”は左右に回避する。
しかし、“夜兎”だけは動かない。横目でツグヤ君の方を見ると、地図を片手に持ったまま、ようやく操作し始めたところだった。
鋭く尖った角を煌めかせ、黒い甲虫の群れは傭兵戦士と
妖術士に殺到した。
甲虫の突撃が戦場槌によって防がれる度に、火花が
周囲に撒き散らされる。
攻撃を弾かれた甲虫は、ふたりを取り囲むように旋回し始める。
出遅れた“夜兎”は何度か攻撃を受け、体力を削られながらも、“Kitty”の背後に隠れるように移動した。
詠唱のために操作を続ける彼が、一瞬だけ手を止める。
「《雷光檻》行きます。智樹は外から援護で。恭介さんも」
「あ、はい」
ツグヤ君が使おうとしているのは、指定した区画を電撃の柵で取り囲む魔法だ。通り抜けようとするものに対して無差別にダメージを与え、一定確率で麻痺状態にする効果がある。
通常は仰け反りや足止めの効果を持つスキルと併用して、単体の敵にダメージを与え続けるために使用する。
逆に、今回のように敵に囲まれている場合には、術者自身を守るために使うことも可能ではある。しかし、発動してから檻を動かすことは不可能だ。
「近づけないと回復できませんよ」
「薬でなんとか。速攻で終わらせましょう」
妖術士の前後左右それぞれに、白く輝く方陣が現れる。
詠唱の完了とともに大きく振られた金色の錫杖の動きに
合わせて、四面の陣は回転し、稲妻の格子へと変化した。
魔法が発動する。複数の敵へのダメージによって、戦闘ログの流れが加速した。
《刃冑虫》──ツグヤ君の《分析》によって名称が開示された甲虫は、半数が麻痺によって動きを封じられ、残りも体力を半減させている。
電光のエフェクトを纏いつつ、檻を抜けてきた甲虫に対して、“Kitty”がハンマーを振り下ろした。甲虫はダメージを受け、輝く檻へと押し戻される。
「おおう、結構眩しい。ヤジ君、これってハンマー当たっても感電しないよね?」
「踏み込まなきゃ大丈夫。多分」
麻痺しているのに変わらず浮いている敵とか、そもそも鋭い角をハンマーの柄で防げるのかとか。細かい突っ込み所はいくつもあるが、ゲームに過度のリアリティを求める必要はないだろう。それはさておき。
「物理攻撃有効ですね。トモキ君は追撃を」
「了解です」
ターゲット選択の条件を“状態異常なし/低体力を優先/自動選択”に変更し、小銃による攻撃を開始。
敵の意識は最大のダメージ源である《雷光檻》を発動した“夜兎”に向かっているので、状況が変わらないかぎり、反撃を受ける心配はない。
闇に紛れた神官銃士の祈祷小銃から弾丸が放たれるたびに、
甲虫の内部を護る殻が弾け飛ぶ。
動きを鈍らせ、隙を見せた目標に対して、別の方向から開拓士の
銃撃が重ねられる。
少しずつ、だが着実に、甲虫の群れは数を減らしていった。
麻痺していない敵をほぼ潰したところで、時間切れを迎えた魔法が消滅する。周囲の警戒をトモキ君に、動けない相手を喜多さんに任せて、“夜兎”の回復のために移動した。
「体力少ないんですから、あまり無茶しないで下さい」
「いや、これ一度やってみたくて。これまでずっと一人だったから、チャンスが無かったんですよ」
苦笑するツグヤ君の横で、連携はいいよねえ、と喜多さんが頷く。回復薬を使ったのか、それとも防御に専念していたためか、二人とも思ったほどダメージを受けていないようだ。
別の連携について語り合うふたりを眺めつつ、下級の回復魔法を選択する。
彼女たちとパーティを組んで四日。不審な点はいくつかあるものの、不正ツールを使用している様子はない。ワンコ女史の見立てに間違いは無いだろう。
手を抜いているつもりはないが、彼らの頑張りに水を刺さないように気をつけなければ。
◇ ◇ ◇
> “神樹の地下迷宮 ── 水道施設跡”
東西の道はそれぞれ、地割れと落盤によって行き止まりになっていた。
広場に戻り、警戒しつつ北側の廃墟へと入ると、内部は地下へと続く広い吹き抜けの空間があった。
灰色の石壁に沿うように、一行は階段を下りていく。
手摺りの無い階段は、十数メートル進むたびに角に突き当たり、
直角に右へと曲がっている。
吹き抜けの底を覗き込むと、中央に正方形の台座が存在し、
その上で何か小さなものが灯りを反射して光ったのが見えた。
「謎解きの予感がするなあ」
端末を操作しながら、喜多さんが呻き声をあげた。彼女の言う通りだろう。
敵はいないものの、何もなしで先に進めるとは思えない。
「調査が必要なら、移動しないといけませんね」
「位置的には……新宿西口駅かな」
大江戸線の新宿西口駅は、新宿駅の北側、思い出横丁や大ガードがある辺りの地下に位置している。既存の路線や地下施設を避けるため、後発である大江戸線や副都心線の改札やホームは深い位置に存在することが多い。
喜多さんの先導で、現実世界での移動を始める。北側の階段を下り、切符売り場や改札前の人ごみを通り過ぎ、さらに階段を下りていく。
途中で流れに乗れずに立ち往生していたトモキ君が、帽子を被り直しつつ追いついてきた。
「午後は人が多すぎますね」
「ま、ここまで来れば空いてるし、さっきの場所より涼しいからさ」
階段を降り切った後、さらに改札階へと下る長いエスカレータに乗る。
途中で、喜多さんの端末の表示が“近接操作”へと変化した。どうやら、この下で間違いないらしい。
◇ ◇ ◇
改札の横で暇そうに立っていた縁無し眼鏡のサブマスターは、開口一番に告げる。
「さァて、お待ちかね。パズルの時間だぜ」
「うええ」
一行は中央の台座へと近付いた。
台座の上面には、地下迷宮が地上に会った頃の地図が刻まれている。
円形の祭壇広間から東に神殿施設、西に神域へと続く道があり、
それらを取り囲むように外郭水路が巡らされている。
祭壇広間の四角い窪みや、水路の各所にある透明な突起の存在が、
この台座に何らかの仕掛けがあることを予感させた。
「台座と、その周囲を詳しく調査します」
「じゃ、操作は省略して次の段階に進もうか」
トモキ君の発言に応えて、サブマスターは画面をタップする。
廃墟の底、台座の上やその周辺には、細かい彫刻の施された
小さな銅色の立方体がいくつも転がっている。
拾い集められた立方体の数は、合わせて二十七。
よく調べてみると、それぞれに異なる数字が刻まれてるのが判る。
開拓士は台座に刻まれた前文明の文章を解読する。
『操作箱に関する確認事項
壱、三行三列三段であること
弐、各面についていずれの和も等しいこと
参、八つの頂点と中心の和も上記と同一であること』
メッセージを見た三人は一様に首を傾げた。真っ先に読解を諦めた喜多さんが、こちらに顔を向ける。さすがの速さである。
──三の立方、二十七マス、同じ数字を使わず、和を等しく。
となると、規則を少し緩めてあるものの、これは立体魔方陣を作れという問題だろう。
「三次元の数理パズルとは、中高生にはいささか厳しくありませんか」
「なら、鳥飼サンが解けばいいんじゃね。プレイヤーでしょ、“一応”」
確かに、一理ある。彼が強調した部分は気になるが、今は置いておこう。
液晶画面を見ると、新しいウインドウに九マスの正方形が三つと、二十七までの連番が振られたピースが表示されていた。
「大人が出しゃばって、楽しみを奪うのは良くないですから。時間制限があるなら別ですけど」
「時間経過によるペナルティはなし。ネットで検索しても構わねえけど、自力で解けたらボーナス点だ」
ボーナス点と聞いて、ツグヤ君の表情が引き締まる。彼はショルダーバッグの中からメモ帳を取り出し、ペンを片手に思案し始めた。
昨日、新宿中央公園で受けたペナルティと、他のチームがこの問題を自力で解く可能性。それを考えると、ここを落とすと勝ち目が薄くなる。どうしても駄目なら、手を出すことにしよう。
◇ ◇ ◇
完成させた操作箱を台座の窪みにはめ込むと、地図の各所に
魔法の輝きが灯された。
神殿を囲む外郭水路には、水の代わりに青い光が揺らめいている。
「この光ってる場所って、水門があったトコだよね」
先ほどまでマス目に対して唸り声を洩らしていた喜多さんが、画面に写った地図の一点を指し示す。
“第一区画”の終点から北方向、フラワー・ガーデンへと通じていた水路の途中には、確かに動かせない水門があったはずだ。
「ここの水を止めれば、サブナードを通ってプリンスホテルまで行けそうですけど」
「反対側からも水が流れてるみたいだから、両方とも閉めておいた方がいいか」
少年ふたりが相談しつつ、水門を操作する。サブナードの位置に相当する部分の光が消えていき、クエスト達成のメッセージが表示された。
ミニノートを抱えたサブマスターが、おざなりな拍手で祝福する。
「お疲れさん。やればできるじゃねえの」
「ここのイベントは、これで終わりですかね」
「ああ──」
私の問いかけに、彼は笑顔で頷く。その手は再びマスター用のプログラムを操作していて、その様子に気付いた全員が、自身の手元に目を向けた。
廃墟の北側、上の方の壁が崩れ、勢いよく水が流れ込んでくる映像と、その様子を伝えるインフォメーションログ。
「──このイベントで、ここはお終いかな」