Day 3-1 KYOSUKE
追加背景“監視する者”
──薄闇の中、“王国”の宰相ヴォルフは神官銃士に語った。先に地下迷宮の探索へと送り出した騎士団は、反逆者の手によって全滅の憂き目に遭ったのだ、と。今回集まってきた冒険者たちの中に、怪しい動きをする者があれば、それを監視する必要がある──
◇ ◇ ◇
> “代替現実 適用外区域”
天龍寺は、新宿駅の南東方面、オフィスビル街の外れにひっそりと存在する。
閉ざされた正門の横から境内に足を踏み入れると、大通りの喧騒がわずかに抑えられ、携帯電話からの声をようやく聞き取れるようになった。
「お待たせしました。続きをどうぞ」
足を止め、呼吸を整えつつ、受話口に向かって声をかける。
思案を伴う沈黙の後、神経質そうな、どこか落ち着きに欠ける若い男の声が、携帯電話のスピーカーから再び聞こえてきた。
『岩鯨との戦闘でも、特に目立った動きは無かったんだな?』
「ええ。ひとりは開始早々に戦闘不能ですし、近くにいた“Kitty”も防戦一方で」
残るふたり、私とトモキ君も、巻き込まれないように離れて見ていることしかできない状態だった。
結局、マクロ氏とワンコ女史のパーティが崖の上から牽制しつつ、なんとか十二本の槍を突き刺して戦闘を終わらせることはできた。しかし、私たちのパーティは、戦闘不能者を出したことでポイントを減点されてしまっている。
「まあ、その辺りの経緯はメールに書いた通りですよ」
メールと同じ内容を、口頭で懇切丁寧に説明する義理はない。電話の相手もそれを求めているわけではないだろう。
『……まあいい。尻尾を掴んだらすぐ知らせろよ』
「ええ勿論。でも、手掛かり無しだからといって、やっぱりチームには入れられない、というのは勘弁願いますよ」
『きっちり情報を提供してくれれば問題ないさ。アンタのツールは役に立ってるしな』
また連絡する、の一言を残して、通話が一方的に打ち切られる。
今回のようなイベントでは、他のパーティが得たクエスト情報を参考にできる分、遅い時間帯に攻略を行うパーティの方が達成率は高くなる。運営側もそれを見越して、先着限定のポイントを用意したり、時間帯ごとに内容を変えたりと工夫しているものの、後発の方が有利なのは確かだ。
そんなわけで、私と彼との利害は今のところ一致している。少なくとも、あと数日の間は。
携帯電話の液晶画面で時刻を確認する。午前十一時。ツグヤ君の転入手続きのため、今日は午後からの集合になっている。
昼食のために入る店を考えながら歩き出そうとしたとき、手に持っていた携帯電話から再び着信音が鳴り始めた。
◇ ◇ ◇
> “神樹区市街地 ── 魔術師通り”
明治通り沿いに北に向かい、甲州街道を越えてさらに歩く。目当ての雑居ビルの前に立っていた小柄な女性──三輪蘭子──もといワンコ女史は、こちらに気付くと右手を大きく振ってきた。
「たかじょー君、こっちこっちー」
そんなに大声を出さなくても、見えてますよ。と心の中で呟きつつ、早歩きで彼女に接近する。
「お久しぶりです、先輩。お元気そうで何よりです」
「昨日も会ってるじゃないの」
「そうですけどね」
しかし、昨日はゆっくり話している余裕が無かったのだから、実質は結婚式以来ということになるだろう。
雑居ビルの入り口から地下へと続く階段を降りながら、ワンコ女史と会話を続ける。
「昨日は鳥飼って名乗ってたけど、そう呼んだ方がいいの?」
「お手数おかけします」
「やっぱり仕事中なんだ。サイバ課は大変ねー」
アロハで仕事って沖縄じゃないんだから、とか小声でぶつぶつ言いながら、彼女はカフェの扉を開いた。
暖色系の照明に照らされた落ち着いた店内は、既にほとんどの席が埋まっている。向かって右手、禁煙側の空いている席へと向かう途中、挽きたてのコーヒー豆の香りと、バニラの甘い香りが通り過ぎていく。
席に座ってフレンチトーストのランチセットを注文した後、じっとこちらを見続けるワンコ女史へと顔を向けた。
「……どうかしましたか」
「喜多ちゃんに手ェ出したら、タダじゃ済まさないわよ」
腕を組み、精一杯凄んでいるように見えるものの、彼女から放たれる仔犬のオーラがそれを台無しにしている。
とはいえ、ワンコ女史を甘く見ると後が怖い。触らぬ神に、という奴である。
「出しませんよ。守備範囲外です。もしかして、それを言うために呼んだんですか」
「仕事の方でも? 喜多ちゃんについては私が保証するけど」
「その辺は、業務上の機密ってことで」
そう答えたものの、彼女は腕を組んだまま納得いかない表情を続けている。水を飲んでいる間も、正面からの視線が突き刺さっているのを感じる。
このまま黙っていても、恐らくは別ルートで情報を仕入れてくるだろうし、あまり意味は無さそうだ。なら、ここで釘を刺しておいた方がいいか。
コップをテーブルの上に戻し、少しだけ身を乗り出して、小声で言う。
「先輩は退職した身なんですから、口外無用、手出し無用でお願いしますよ」
「……前向きに善処する方向で」
目をそらされた。お願いだから、ちゃんと善処してもらいたい。
「喜多美咲は今回の捜査対象じゃありませんから、安心して下さい」
「ホントね?」
再びこちらを睨んできたワンコ女史に、頷きを返す。監視対象リストには載っているとか、囮に使っているとかは言わないでおこう。
厨房の方からランチセットが運ばれてくるのに気付いて、私は姿勢を戻した。
「手助けとかいりませんから、くれぐれも邪魔だけはしないでくださいね」
また目をそらされた。これ以上あれこれと聞かれる前に、話題を変えた方がよさそうだ。
「ところで、今日のミッションはもう終わったんですか」
「まーね。昨日のに比べたら、ぜんぜん楽だったかな」
ワンコ女史はそう言いながら、目の前に置かれたフレンチトーストを突き始める。
少なくとも、昨日の水路や岩鯨のような多人数ミッションではないようだ。それが分かっただけでも、かなり気が楽になる。
「でも、そっちは苦労するかもねー」
そんな気分になれたのも一瞬だった。
さて。彼女のパーティが楽に終わって、こっちが苦労するような内容となると。
「……謎解きとか、火属性無効とかですかね」
「その辺は、業務上の機密ってことで」
ワンコ女史はそれだけ言って、にやりと笑うと、フレンチトーストを口に運び始めた。
◇ ◇ ◇
> “神樹の地下迷宮 ── 六鍵祭壇”
“行く手を遮る門を開放せよ。黒曜石の牢塔の下、湧水は枯れ果てるだろう”
午後一時。世界時計前のステージに集まった第三隊第四班──私たち四人は手始めに、恒例となった祭壇の調査を行った。
その後、ロータリー北側の人の少ないスペースに移動してから、ツグヤ君が取り出した白地図を囲んで相談を開始する。
「“第六区画”の探索の前に、何か準備しておくことってありますか」
トモキ君の質問に対して、私たちはそれぞれに考えを巡らせる。昨日や一昨日と同じように、とりあえず進んでみてから考える方針でも、それはそれで悪くは無いと思っていたのだが。どうやら、少年もリーダーとしていろいろ考えているようだ。
「俺は主装備を雷侯錫に変えたけど、智樹は水属性対策の装備あるかい」
「水対策ですか。属性装備は全然持ってないです」
「なら、雷球をいくつか持ってた方がいいな。足りなければ素材を渡すよ」
ツグヤ君はそう言って、喜多さんに地図を手渡すと、ゲーム機を手に取った。
装備の変更や補助アイテムの作成。どうやら確信があっての準備に見えるのだが。
「水属性、というのはどこかからの情報ですか」
「いえ、昨日の夜に話してて、多分そうじゃないかなと」
顔を上げて答えたツグヤ君の横で、喜多さんが彼のショルダーバッグを開く。彼女の右手がバッグの中をしばらく漁った後、引き抜かれた手には数枚のメモ用紙が握られていた。
喜多さんはメモ用紙を両手で揃えると、内容を読み始めた。
「一日目に探索したのが“第一区画”で、そこにあったのが“神樹”の台座。宝玉は緑色。二日目が“第四区画”で、“大地”の台座に、黄色の宝玉」
言葉を切ってこちらを見た喜多さんに対して、黙って頷きを返す。特に補足することはない。
「で、“幻想世界”の魔法体系は地水火風の四属性だけど……えーと」
「多分、今回のイベントは五行思想を使ってるんじゃないかと」
言葉尻が怪しくなった喜多さんをフォローするように、ツグヤ君が説明を続けた。
アイテム作成の操作をしていたトモキ君が、困惑した表情で疑問を口にする。
「五行思想って何ですか」
「世界は五つの元素で出来ている、っていう中国が起源の考え方だよ」
五行。木火土金水。指折り数えながら、一つ飛ばしで呟いてみる。
「木、土、と来たら……水、火、金、ですか」
「オープニングのイベントでも、“五つの楔”って言ってましたし。扉の数とは合わないですけど」
そうだっただろうか。本業のせいであまり真面目に取り組んでいなかったが、そういうことならこの先の展開をいろいろと予測できそうだ。
二日前のメッセージログを確認してみようかとミニノートを開こうとした私の目の前に、喜多さんがメモ用紙を示してきた。
『恐れを知らぬものよ、扉は開かれた。災厄が再び解き放たれるよりはやく、五つの楔を改めよ』
彼女は得意げな顔をしているが、この字はおそらく、ツグヤ君が書いたものではないだろうか。別に構わないのだが。
「色的にも合ってるし、まず間違いないんじゃないかなーって」
「ふむ。となると、今日も《火焔槍》は使えそうにありませんね」
彼は首を縦に振って肯定する。
それ故に、昨日と同じ失敗をしないように、無属性系の攻撃手段を持ち出してきたのだろう。
「前衛の防御に関しては、補助魔法でなんとかしますか」
「そうそう、それで、もうひとつ。忘れないうちにー」
別のメモ用紙を見ていた喜多さんに話しかけると、全く関係ない言葉が返ってきた。
とりあえず話すべきことを纏めて書いてきたのだろうか。この状態でこちらの話を優先させても、彼女の頭には入らないような雰囲気が漂っている。
「……はい、何でしょうか」
「台座のあった場所は、新宿三丁目の手前と、新宿モノリスの辺りだったんだけど」
話しながら地図を広げ、台座のあった二ヶ所と、西口広場のステージを順番に指し示す。
「どっちも祭壇からの距離が同じだし、今日の目的地も同じ距離にあるんじゃないかなって」
白地図を見ると、今日の目的地であろう地点が既に記されていた。
西口広場から北の方角で、祭壇からの距離が等しい場所。サブナードの西端、新宿地下通路の最北端。
「──プリンスホテル、ですか」
2011.10.18 初稿
2011.10.20 誤字修正