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Day 0-1 MISAKI

> “神樹区ステーション南エリア第四層 ── 高速飛行船エアシップ発着場”


 神樹区は王都の西側にある区画エリアで、王国が最近になって開発に力を入れ始め、発展の兆しを見せつつあった。


 エリアの西側には、高さが百メートルを超す巨大樹の森があり、ステーションの最上層からの視点でも威圧的な雰囲気を漂わせている。

 その巨大樹の間を縫うように、何隻ものエアシップが上空を飛び交っている。それらの側面は様々な企業の広告で装飾デコされていて、この区画に対する期待の高さを感じさせた。


 清涼飲料水の広告動画ムービーを貼り付けた一隻のエアシップが、スカイデッキに着陸しようと高度を下げ始めたのを横目に見つつ、ようやく隙を見せた目標に対して断頭剣エクスキューショナーを上段から振り下ろす。

 鍛え抜かれた筋肉から繰り出された渾身の一撃が《黒鱗の飛竜ブラックスケイル》を切り裂くと、飛竜は黒い霧となって霧散した。

 旧文明の遺跡が数多く残るこの区画では、人が行き交う場所であっても、こうやって魔物が襲ってくることがあるのだ。


  「よーし。いい調子じゃないの」


   思わず声を出してしまい、慌てて口を閉ざして周囲を警戒する。

   大丈夫、気付かれていないな。

   右手を振って微かな痺れを払い、手早く戦利品を確かめる。


 あまり質の良くなかった竜鱗の使い道は保留にして、続けて装備品の状態も点検する。

 武器も防具もまだ大丈夫。素材はもう少し持てそうだが、さて、どうするかな。


   顔を上げて、雲ひとつ見えない青空を見上げる。まだ午前中だと言うのに、

   夏の日差しが強烈である。

   日陰にいるからまだいいものの、まとわりつく熱気で汗が滲んでくる。

   髪を上げていても首筋が気持ち悪い。


 普段来ない場所だったけど、竜種がいるなら巡回のローテーションに組み込んでもいいかもしれない。

 あー、でも、エアシップの発着場では、採取の方は期待薄か。


   ぼんやり考えながら、各便の行き先と出発時刻が表示されている

   掲示板に目を向けた。

   しかし、到着便については表示されないので意味がなかった。

   背中も気持ち悪い。


   掲示板の横の時計を見る。十時を過ぎたというのに、待ち合わせの

   相手はやってこない。

   連絡先を聞いておくべきだったと、今更ながらに後悔するが、

   先に立たないから後悔なんだってばよ。


 時期が時期だし、多少遅れるのは仕方ないとはいえ、あまり遅いと困ってしまう。

 後のことを考えると、ここでこれ以上消耗したくないし、大人しく待つしかないか──


 ◇ ◇ ◇


 ──と。

 アプリを終了しようと携帯情報端末パーソナルデータなんとかに伸ばしていた人差し指を止める。

 点滅していた受信アイコンはすぐに消え、両手持ちの大剣を正眼に構えた厳つい傭兵戦士ハイランダーの三次元画像に被さるように、メッセージが表示された。


『救援要請が届いています。受託しますか?』


 壁際に並ぶ青い椅子から立ち上がり、エリアマップを頼りに発信元を探す。場所はステーション南エリアの第二層したのほう


「って歩行者広場じゃないの。雑魚しかいないでしょうに」


 私が今立っている場所は、新宿駅の真上。東西に走る甲州街道の南側に新しく建設された、四階建ての建物の最上階である。

 建物は四階が高速バスターミナル、三階が一般の駐車場で、二階が新南口の改札と歩行者広場になっている。

 新宿駅と言いつつここは渋谷区だし、延伸を繰り返すホームは代々木駅と接続しそうだ。まあ、それは置いといて。


 バスターミナルの南端まで移動し、斜め下の方に携帯を向けて情報の更新を待つ。

 何も無い場所に対して携帯を構えるのはちょっとばかり恥ずかしいけど、現実世界でそこに壁があったとしても、“代替現実オルタネート・リアリティ”でもそうだとは限らない。


 衛星測位システムとその補助システム、磁気コンパス、六軸センサーからの情報を元に座標と向きが計算され、日本のどこかにある“幻想世界ファンタズマル”サーバでデータが処理されて、その結果が戻ってくる。


 ほんのわずかなタイムラグの後、携帯の液晶画面に、眼下に見える第二層の空中庭園で《野生の猟犬ワイルドハウンド》の群れに包囲された開拓士エクスプローラが映し出される。

 状況はなんとなく把握した。

 これはたぶん、新宿に出てきたばかりのお上りさんがよくやる、改札を出てすぐアクセスしたら、いきなり囲まれてましたー、的な奴だろう。


 あれならミイラ取りがミイラになることもないかな、と、軽い気持ちで“救援する”を選択した。

 その途端、大柄な傭兵戦士は画面内で雄たけびを上げ、戦闘開始のログ表示と共に第四層スカイデッキから飛び降りていく。


 マジか。いったん消えて、第二層に再出現するものだと思ってたのに。

 落下ダメージとか無いよね、とか心配しつつ、武器を戦場槌ウォーハンマーに切り替える。

 救援を求めてきた相手は防戦一方で、体力がかなり削られていた。でも、ここで貴重な回復薬を消費したくはないな。


 というわけで。

 彼と十分距離が離れていることを確認した上で、着地と同時に《大旋風ワールウインド》を発動させる。

 ハンマーを構え、独楽コマのように回転し始めた傭兵戦士は、野犬の群れを次々と粉砕していった。

 その様子は、上からの視点だと結構間抜けであった。 ──これならペガシスにも勝てるかもしれぬ。


 後は、討ち漏らした野犬を土竜叩きのごとく一匹ずつ潰していって、順調に戦闘を終わらせた。救援ポイント獲得。

 見知らぬ相手と会話したりとかは苦手だし、昔の噂を知られてると厄介だから、短いメッセージを送ってからすぐにアプリを待機状態にする。


 携帯をバッグに入れながら、戦闘の最中に近付いてきていた人の気配が気になって顔を上げると、短髪眼鏡男子の姿が視界に入った。

 微かに残る昔の面影に、彼が本日の待ち合わせ相手であることに気がついて、慌てて挨拶する。


「ああっと、お待たせ。あんまり変わってないね、ヤジ君」

「……ちょっと伊勢神宮の裏まで行こうか、喜多きたさん」


 静かに待っていた同い年のはずの彼は、苦笑しながら物理的に困難なことを言った。

 はて。こやつの本名は何だったか。栃乃屋とちのや、あー、弥次と書いて……ヤジじゃなかったか? そんなに怒ってはいないようだからヤジでいいか。


 改めてヤジ君を観察する。昔はもっと小さかったな。当り前か。

 服装はタンクトップにジーンズ、それからショルダーバッグ。随分日焼けしてるけど、運動部とか入ってるのかね。

 左手には、画面に妖術士ソーサレスが映し出された携帯ゲーム機を持っている。


「ああ、ヤバそうだったら支援しようかなと。でも必要無かったか……って、何だよ」


 へー、ほー、ふーん。そういう感じのが好みなんだ。まー別にいーけど。


 ヤジ君は二学期からこっちの高校に通うってことで、旧知の仲である、というか旧知の仲でしかない自分しんせきの家に送り込まれたらしい。

 お前どうせ明日も新宿に出かけるんだろ迎えに行け、と祖父じっちゃんに言われるまで半分スルーしていたので、何でそういうことになったのか、もう一度聞いておく必要がある。

 いや、本人から教えてもらった方が早いか。


「えーと、十年ぶりだっけ。東京にようこそ。いや、おかえり?」

「どうも。博多よりこっちの方が暑いな」


 そんなもんかしらん。まあ、暑いのは確かだ。涼しい所にさっさと避難しようじゃないのさ。


 ◇ ◇ ◇


> “神樹区市街地 ── 冒険者の宿アドベンチャラーズ・イン


 新宿駅の東南口から地下に降り、東に向かって十分ほど歩くと、地下通路の東端に辿り着く。

 そこから、地下通路と接続した建物に入り、エスカレータで地上二階まで上がる。目当ての店はそこにあった。


「そだ、お腹空いてるんなら、ここで食べてこうか」


 斜め後ろを黙ってついてきたヤジ君を振り返って尋ねると、彼は首を横に振った。


「バスの中でパン食ったから、まだ大丈夫。てか、“冒険者の宿ここ”って飲食できるのな」


 そう言って、ヤジ君は西部劇ウエスタン風の入口から店内を覗き込む。


 “冒険者の宿”は、“幻想世界”の運営会社が全国各地で開設しているアンテナショップの名前だ。

 中では“幻想世界”関連のグッズ購入や、ポイント交換等の各種手続き、他のプレイヤーとのアイテムトレードなんかができるようになってる。

 それに加えて、新宿店ではファンタジー風にアレンジされた軽食を注文することもできる。宣伝目的で儲けは出さないようにしているのか、学生にもそこそこ優しい値段設定なのである。


「じゃあさ、明日からの限定イベント、エントリーしちゃうけど。ヤジ君はどうする?」


 中の様子を気にしている彼の肩を叩いて、入口の右側にある大型液晶モニタを指し示す。

 モニタには、開催予定のイベントが“依頼掲示板クエストボード”風に表示されている。


「限定イベント? 何かあるんだ?」

「新宿ダンジョンのプレオープンイベントだけど。あれ、知らなかった?」

「関東のイベントは全然チェックしてない」


 あー、そっか。締め切りまでまだ時間あるし、軽く説明しちゃおう。


「再来週から新宿の地下街でも“代替現実”機能が使えるようになるってニュースは?」

「それは知ってる」


 よろしい。それも説明しなきゃならないとなると大変だった。


「で、“幻想世界”も同時にエリア追加するんだけど。そのお披露目も兼ねて、明日から一週間かけた限定イベントを行いますよ、と」

「明日からなんて、随分急なのな」

「ゲーム雑誌とかでも募集してて、そっちの方はもう抽選終わってるはず。で、これは直接応募の最終エントリーだね」

「なるほど。参加条件は?」


 えーと、どうだったかな。確か……


称号持ちホルダーであることと、ちゃんとイベントに参加する時間があること。初日と最終日は時間指定のイベントがあるんで注意が必要。他にもいろいろあったはずだけど、ヤジ君なら大丈夫じゃないかな」


 ヤジ君は頷いて、鞄から携帯ゲーム機を取り出した。うむ、やる気だな。

 私も携帯を操作して、オンラインメニューから限定クエスト“神樹の地下迷宮”への参加申請を行った。

 隣で流れを見ていたヤジ君も、同じようにエントリー情報を登録していく。


「ついでにフレンド登録しとくか?」

「あー……うん、そうだね」


 特に断る理由はないのだけど、少しだけ迷ってしまった。いかんいかん。

 プレイヤー検索からヤジ君のキャラを探して、その“ぼんきゅっぼーん”にフレンド申請を送る。──受理されました。


「さて。正午に抽選があって、当選したら意思確認のメールが届くはずだから、それまでどっかで時間潰してようか」


 ゲーム機を鞄に戻していたヤジ君は、うーん、と考える。しばらくして、こっちに顔を向ける。


「どこでもいいんなら、ちょっと探してる本があるんだけど」

「ん、じゃあ──」


 要望に応えて、大型書店の名前をふたつ並べてみる。どっちも近いし、地下通って行けるしね。


 ◇ ◇ ◇


> “神樹区市街地 ── 瓦礫置場ジャンクヤード


 家電量販店の上にあるカタカナ名称の書店は、“幻想世界”ではがらくたジャンクの山になっている。

 ここでは、不要な素材を処分したり、ランダムで(大抵は粗悪な)素材を発掘したりできる。


 アイテムの処分自体は別に、どこでだって可能なんだけど──


  瓦礫置場で処分した回数が密かにカウントされていて、回数に応じて

   隠されたミッションが発生するだとか、

    レア素材の出現率が上がるとか、

     いきなり“幻想世界”に召喚されるとかいう噂があって。


 ──最後のはともかく、実際に“がらくた収集家ガベージコレクタ”の称号を手に入れたり、レア素材を掘り当てたことがある身としては、ここは頻繁に利用する神聖な場所なのだった。


「へえ。じゃあ、ちょっと本探してくる」


 反応薄いなヤジ君。堅実派か。噂は噂だから信じないよ派なのか。

 後になってやっぱり利用しておけば良かったとか言っても私は知らないぞ。


「……いや、今処分するアイテム持ってないしな」


 表情を読まれた気がする。手を振って、行ってらっしゃいと追い払った。

 そろそろ所持品欄が一杯になりそうなので、こっちは今やっとかないと大変なんだよ。


 と、私が“幻想世界”にアクセスしてアイテムの整理を始めてすぐに、画面が白い光に包まれた。


 その瞬間、意識が遠くなり──




 ──なんてことはなく。


 それはいわゆる、辻《祝福ブレス》だった。

 祝福は聖職者系のクラスが使えるスキルの一つで、一定時間、能力値の底上げや抵抗力の付与といった効果が発生する。

 辻とはつまり、要請も了承もなしの、通りすがりの行為なのだ。けど、立て込んでる状態でなければ別に悪いことでもなし、“幻想世界”でもコミュニケーション手段のひとつとして、よく使用されている。

 ただ、書店の休憩スペースを見回しても、“幻想世界”にアクセスしているっぽい人物が見当たらない。上の階にいるのかもしれない。


 所持品欄を閉じて、かけられた祝福の効果をチェックしてみる。

 《採掘者の御守りディガーズ・チャーム》──発掘品の品質とレア度が少しだけ上がる。

 後で運試しに“がらくた掘り”をしようと思っていたので、そこそこ嬉しい効果ではある。


 うん、とりあえずお礼を言っておこうか。


 携帯を操作して周囲のプレイヤーキャラを確認していくと、一際目立つキャラを見つけた。

 黒い僧服に身を包み、サングラスをかけ、聖印の刻まれたごっつい小銃を背負った神官銃士ホーリィファイアが、瓦礫の山の天辺に座っている。

 ……どうやってあそこまで登ったんだろう?

 彼以外に祝福を使えそうなキャラは見当たらなかったので、ショートカットに登録してあるメッセージを送信すると、


『良い収穫を!』


 すぐに短いメッセージが返ってきた。手慣れた感じだ。彼、実はここの常連なのかもしれないなー。でも、こっちのことは知らないのかな。

 などと考えつつ、私はアイテムの整理を再開する。


 私とヤジ君に限定イベントの当選メールが届いたのは、それからしばらく経ってからだった。

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