↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

薬の注意書きから始まる短編集

効果には個人差があります

掲載日:2026/08/18

 箱を開けた瞬間、閉めた。

 臭かった。腐った肉とも糞とも違う。甘ったるい臭いが鼻から入って奥にはりついた。


「おい、閉めるなよ」


 隣でダリオが鼻を押さえている。


「臭いだろ」


「――知ってる。だから当たりなんだろ」


 仕方なく、もう一度開けた。

 石箱の中には、拳ほどの実が一つだけ入っていた。黄色と茶色のまだら模様で、ところどころ柔らかそうに膨れている。

《不変の実》

 ダンジョンからごく稀に見つかる珍品だ。

 食べれば、肉体の強さがその者固有の値で固定される。

 大岩を担げるほど強くなる者もいれば、今より弱くなる者もいる。結果は食べてみるまで分からない。

 ただし、一度決まれば二度と変わらない。

 鍛えても強くならない。

 老いても弱くならない。

 売れば、小さな家が一軒買える。二人で見つけたものだから売れば山分けになる。俺たちはしばらく実を見ていた。


「お前、食うか?」


 ダリオが聞いてきた。


「食わない」


 答えると、今度は俺が聞いた。


「お前は?」


「俺は食いたい」


「即答か」


「まあな」


 来月、ダリオはミラと結婚する。最近は依頼より新居の話をしている時間の方が長い。椅子が高い。鍋は二つ欲しい。寝台は思ったより値が張る。俺には関係ない話だが、毎日聞かされているので相場だけは詳しくなった。


「今より弱くなったらどうするんだ?」


「冒険者を辞めるさ」


 答えは早かった。


「そんで叔父の革工房で働く。強くなったら、このまま稼ぐ」


「それでいいのか?」


「いいよ」


 ダリオは実を持ち上げた。


「これから毎年、俺はどこまで強くなれるとか、いつ冒険者を辞めるとか考えなくて済む。結果が出ればその先を決められる。おまえはどうなんだ? 強くなりたいんじゃないのか?」


「――なりたいよ。でも、強くなりたいと思わなくなるのが嫌なんだ」


「……面倒くせえな、お前」


「俺もそう思う」


「それならこれはいただくぞ」


 ダリオは笑って、実にかじりついた。ぶつり、と湿った音がした。顔が固まる。


「……まずい」


「見れば分かる」


「臭いより味の方がひどい」


 涙を流しながら全部飲み込んだ。

 

 ――翌日、ダリオは荷馬車を持ち上げた。

 

 車輪が泥にはまり、男三人で押しても動かなかったものだ。ダリオが後ろから持ち上げると荷物を積んだまま片側が浮いた。本人が一番驚いていた。


「……当たりだな」


「みたいだ」


 その日のダンジョンでは、もっとはっきりと分かった。

 通路の先にオーガが出た。普通なら俺たち二人でも避ける相手だった。人の倍近い身体で棍棒を引きずり、こちらを見るなり突っ込んでくる。俺は逃げ道を確認した。けれどダリオは前へ出た。


「――おい」


 オーガの棍棒が振り下ろされる。ダリオは片腕で受け止めた。そして、そのまま腹へ拳を入れる。オーガの巨体が浮いた。背中から倒れ、それきり動かなかった。


「結果オーライ」


 ダリオが拳を開いたり閉じたりする。


「……だな」


 羨ましかった。

 これはもう、仕方がない。

 一月もしないうちにダリオは領主の街道警備隊から誘われた。毎月決まった給金が出る。家も用意される。魔物が出れば戦うがダンジョンへ潜る必要はない。ダリオはその場で誘いを受けた。


「これでミラも安心する」


 嬉しそうだった。

 俺には、その嬉しさも分かった。

 町を出る朝、ダリオとミラは荷馬車に乗っていた。


「式には来いよ」


「行く」


「実、本当に俺が食ってよかったのか?」


「今さら吐き出せるなら考える」


「無理だな」


 ダリオが笑った。


「じゃあ聞くな」


「後悔してる?」


 少し考えた。


「まだしてない」


「まだかよ」


「そのうちするかもな」


「――したら手紙寄越せ。笑ってやる」


「お前もな」


 馬車が動き出した。

 俺も手を上げた。

 それで、二人でダンジョンに潜るのは終わった。

 一人になって最初に出会ったゴブリンの群れには負けた。次も逃げた。三度目で五匹を倒し、四度目でようやく最後まで立っていた。

 笑いが止まらなかった。

 昨日までできなかったことが今日はできた。

 それが妙に気持ちよかった。

 そこから俺は、昨日の自分を追い越すことに夢中になった。

 最初は、あのときの選択を間違いにしたくなかっただけかもしれない。だが、そんなことはすぐにどうでもよくなった。

 走れば昨日より先まで脚が動いた。

 振り回されていた重い剣が、いつの間にか腕についてきた。

 届かなかった刃が届き、避けられなかった攻撃が頬の横を抜ける。

 できる。まだできる。なら、もう少し。

 ダンジョンの一階層下へ潜った。まだ行けた。もう一階層。そこも越えた。

 五匹だったゴブリンが十匹になった。十匹が二十匹になっても、剣を抜く手は止まらない。怖かった攻撃が見えるようになり、重かった剣に軽さを感じる。息を切らしていた場所で呼吸に余裕が出た。

 できることが増えるたびに朝が待ち遠しくなった。

 もっと。

 もう少し。

 その先へ。

 そして深層で、オーガと出会った。

 あの日、ダリオが一撃で倒したものと同じ魔物だった。

 棍棒が落ちる。

 避ける。

 斬る。

 ――浅い。

 もう一度だ。

 今度は深く入ったが、オーガの腕が迫る。潜って斬って、そしてオーガが振り向く。もうその動きは目が捉えている。見えている。だから避けられる。身体はまだまだ動く。


「いける」


 口に出した瞬間、笑っていた。

 踏み込んで斬って、避ける。さらに斬る。その繰り返しだ。やがてオーガの膝が落ちた。肩へ駆け上がり、首へ剣を叩き込む。

 一撃。

 二撃。

 まだ倒れない。


「だったら、もう一回だ!」


 全力で振り下ろした。オーガの身体が傾く。地面へ叩きつけられ、足元が揺れた。そしてそのまま動かなかった。俺は荒い息のまま見下ろした。

 腕が震えていた。肩も痛い。頬から血も流れている。でも、倒した。


「……勝った」


 声にした途端、腹の底から一気に込み上げた。


「よっしゃああああっ!」


 拳を突き上げた。

 誰もいないダンジョンに声が響いた。

 できなかったことができた。

 届かなかったところへ届いた。

 最高だった。

 そして、もう次が見たくなった。

 町へ戻ると、ダリオから手紙が届いていた。

 二人目の子どもが生まれたらしい。

 警備隊の仕事は相変わらずで、家の裏には果樹を植えたとある。最近は魔物より夜泣きの方が手強いらしい。

 紙の隅にはインクで汚れた小さな手形が押されていた。上の子のものだろう。最後に、そっちはどうだ、と書いてある。俺はまっさらな紙を広げて筆をとった。


『オーガを一人で倒した』


 それだけ書いて、しばらく自分の手を見た。剣だこが潰れ、乾いた血が指の間に残っていた。

 向こうの紙には小さな手形がある。

 こっちの手には、剣を握った痕がある。

 なんだかそれがとてもおかしくて、俺は笑いながら手紙を畳んだ。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 今回の短編は、「安定を選ぶこと」と「まだ先を求めること」どちらにもそれぞれの報酬がある話として書きました。


 どちらを選ぶのが正しいのかは、たぶん人によって違うのだと思います。


 読了後、もう一度タイトルを見ていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。