第九話 購買部、半額戦争
建国祭から数日後、存続を認められた平民部。
部活動でもない昼休みまで、今や溜まり場と化している。
午前中の授業を終えたカルミラさんたちが顔を揃える中、壁掛け時計の針が正午を指したのを確認し、俺は立ち上がった。
「それじゃ、俺は昼飯の調達に行ってくるよ」
「あら、今日はノアの手作りではありませんの?」
ソファーでお茶を飲んでいたカルミラさんが、不思議そうに小首を傾げる。
「給料日前で金欠だからね。今日は購買部で半額のパンを狙うよ」
「半額……? 腐りかけの残飯か何か?」
「……失礼なこと言わないでほしいね。購買部のおばちゃんが、消費期限間近の品をタイムセールで出してるんだ。俺のような平民にとって、命を繋ぐ糧だよ」
「……命を繋ぐ糧!? つまり、前線における配給のようなサバイバルということですね、ノア先輩!」
「甘いパンも売ってるんすか!?」
俺の言葉に、木剣の手入れをしていたメルティが目を輝かせ、クロエさんが身を乗り出す。
さらに、いつのまにか俺の背後にいたココナが鼻息を荒くした。
「お兄さまの家計を助けるためなら、ココナが半額パンを買い占めてみせます!」
「いや、それだと節約の意味がないし、他の平民の学生たちが困るからやめてくれ」
俺がやれやれと肩をすくめると、カルミラさんがパチンと扇子を広げた。
今日の扇面には『愛より節約』と書かれている。
「なるほど、平民のハングリー精神を学ぶ絶好の機会ですわね。私たちも同行しますわ!」
◇
「な、なんですの、このヒリついた空気は……。魔王軍との決戦前夜ですの?」
到着した購買部の前で、カルミラさんが息を呑む。
正午の鐘が鳴る五分前。購買部の入り口には、数十人の平民学生たちが血走った目で陣取っていた。
彼らの視線の先にあるのは、陳列棚に並べられた『半額』シールが貼られたパンの山である。
「いいか、みんな。一番の狙い目は『特製厚切りカツサンド』だ。定価なら銀貨一枚の高級品が、なんと銅貨五枚になる。……鐘が鳴った瞬間、ここは戦場になるぞ」
「た、たかがパンのために戦場なんて、大げさですわね……」
カルミラさんが呆れたように呟いた、その時だ。
ゴォンと昼休みを告げる鐘の音が、学園に鳴り響いた。
「「「うおおおおっ!!」」」
凄まじい咆哮と共に、学生たちが一斉に購買部へ殺到した。
「どけええっ! 俺の焼きそばパンだ!」
「甘いぞ! ファイアアロー!」
「ぐわあああっ!?」
先頭を走っていた男子生徒に、後方から放たれた火炎魔法が直撃する。
「なっ、魔法!? 購買部で魔法が飛び交っていますわよ!?」
「言ったでしょ、戦場だって。先生の目が行き届かないこの時間は、特売品を奪い合う弱肉強食の無法地帯なんだよ。魔法なんて平気で飛んでくるから気をつけて」
「平民の食への執念、恐るべしっす……!」
クロエさんが青ざめる中、俺の右腕に張り付いていたココナが鋭く目を細めた。
「お兄さまに火の粉が降りかかりました! ココナが道を切り開きます!」
「あっ!? おい、ココナ!」
止める間もなく、ココナが風魔法で乱戦の中へ素早く突撃していく。
次々と屈強な上級生たち吹き飛ばし、人混みを割っていく妹の姿に、カルミラさんが扇子を高く掲げた。
「わ、私たちも続きますわよ! これも平民の食文化を学ぶためですわ! メルティさん、クロエさん! あの『カツサンド』なるものを確保しますわよ!」
「了解です! カツサンドの露払いはお任せを!」
メルティが木剣を抜き放ち、飛んでくる『ウォーターボール』や『ウインドカッター』を鮮やかに叩き斬る。
「あたしは範囲防護を展開するっすよ!」
クロエさんが神聖魔術を行使し、殺到する生徒のタックルを結界魔法で弾き飛ばす。
天才剣士による魔法の迎撃と、稀代の治癒神官による鉄壁の防御。
学園トップクラスの戦闘力を誇る令嬢たちが、圧倒的なスペックを半額パンの確保という目的に惜しげもなく注ぎ込んでいる。
「お前ら、たかがパンにオーバースペックすぎるだろ……」
俺のツッコミは、魔法の爆発音と怒号にかき消された。
◇
「はあ……はあ……。まさか一食を得るためにこれほどの命のやり取りがあるなんて、平民の生きる力、骨の髄まで理解しましたわ……」
無事に戦場から帰還した俺たちは、地下書庫のソファーに深く腰を下ろしていた。
カルミラさんたちが、乱れたドレスや制服の埃を払いながら息を切らせている。
「……大げさだね。でも、みんなのおかげで無事に買えたね。ほら、戦利品だよ」
俺はテーブルの中央に、半額シールが輝く特製厚切りカツサンドを置く。
激しい揉み合いのせいで形は潰れてしまっているが、漂ってくるソースと油の匂いは一級品だ。
「お兄さま、ココナも頑張りましたから」
「はいはい、偉い偉い。じゃあ、五等分して食べようか」
切り分けたカツサンドを、令嬢たちが恐る恐る口へ運ぶ。
その瞬間、カルミラさんの赤い瞳が見開かれた。
「美味しいですわ……! 潰れてパンは少しパサパサしていますのに、普段の何倍も体に染み渡りますわ!」
「自らの手で死線を潜り抜け、勝ち取った勝利の味なのです!」
「なるほどっす……! これが平民のハングリー精神がもたらす極上のスパイスなんすね!」
ただの乱闘騒ぎを、謎の感動的な教訓にすり替えて納得している令嬢たち。
相変わらずズレている彼女たちに呆れつつも、俺は安物の紅茶を淹れる。
ともあれ、今日もまた一つ。
平民部は、騒がしくも平民の奥深い文化を学んだのだった。




