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当て馬令嬢の楽園へようこそ! 〜傷心令嬢たちは愛よりB級グルメらしい〜  作者: 天地サユウ


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第五話 約束の放課後

 翌日。約束の放課後。


「結局、誰も見つけられなかったね……」


 俺は白紙の『新規部活動設立申請書』をテーブルに置いた。

 地下特別書庫――誰にも邪魔されないこの場所は、俺にとって唯一まともに息ができる場所だった。ここを失えば、バイトも、居場所も、まとめて消える。

 その危機感は彼女たちも同じらしい。白紙の紙片を見つめながら、カルミラさんが悔しげに唇を噛んだ。


「これさえ提出できれば、ここで平民の文化を研究できますのに……」

「カルミラさん、そうは言いつつ、本当はジャンクフードを食べたいだけなんじゃないの?」

「なっ!? し、失礼ですわね! 私は至って純粋に研究を……そう、学術的な探求ですわ!」

「私もですよ、ノア先輩!」

「あたしも決してチョコバー以外の甘いものを食べてみたいなんて思ってないっすよ!」


 何も訊いていない二人までも必死に否定した所を見るに、やはり彼女たちが求めているのは、庶民のB級グルメと傷を舐め合える居心地の良さなのだろう。

 けれど、そのささやかな願いを叶えるには壁がある。


 昨日から知り合いに声をかけて回ったらしいが、結果は全滅。かく言う俺も、こんな厄介な部活に巻き込める友人なんていない。

 ――いや、そもそも友人がいないことは内緒だ。


「やっぱり、あたしたちに居場所なんてなかったんすね……。勇者パーティから追放されたみたいに……」


 現実を突きつけられ、みんな言葉を失い、俯いた。

 重い沈黙の中、コンコンと静寂を断ち切るノックの音が響いた。

 ――来た。

 このタイミングで訪れる人なんて、一人しかいない。


 俺が恐る恐る扉を開けると、予想通り、クラリッサ先輩が立っていた。


「約束の時間になりました。規定人数を満たした申請書は……その様子ですと、見つからなかったようですね?」


 銀縁眼鏡を押し上げながら淡々と告げるクラリッサ先輩に、俺は白紙の申請書へと目を落とし、観念した。


「はい……。退去の準備を――」

「やっと見つけましたわ、お兄さま!」


 俺が大人しく敗北宣言を口にしようとした、まさにその時だ。

 クラリッサ先輩の脇をすり抜けるようにして、一人の少女が書庫へと飛び込んできた。


 真新しい制服。

 光を弾く亜麻色の髪。

 この薄暗い空間には場違いなほど眩しい存在感。

 俺の妹、ココナ・リードだった。


「ココナ!? なんで、ここにお前が……? バイト先は内緒にしてたのに……」

「ふふん。愛するお兄さまのバイト先を把握しておくのも妹の義務です。生徒会のシオン先輩をお茶に誘って、名簿を見せてもらったら簡単に居場所を特定できましたし」

「あなた、書記のシオンとお茶を……? まさか、彼が誘いに乗るなんて……」


 クラリッサ先輩がボソリと呟き、目を見開いた。

 常に冷静沈着な彼女が動揺するほど、信じられないことらしい。

 だが、そんな副会長の驚愕をよそに、恐ろしい情報収集能力を披露したココナは、一直線に俺の胸へと飛びついてきた。


「ノア、そちらの天使のような子は、本当にあなたの妹ですの……?」


 騒ぎに顔を上げたカルミラさんが、呆然と呟く。

 疑いたくなる気持ちは良く分かる。昔から俺も不思議でならないからだ。


「は、はじめまして、愛らしいココナさん。私はカルミラ。突然で申し訳ないのだけれど、この『平民部』の部員になってくださらない? どうしても、あと一人必要なのです」


 気高き公爵令嬢が、なりふり構わず平民の一年生に頭を下げた。

 それだけ、この場所を失いたくないのだろう。

 すると、ココナは俺の胸から離れ、値踏みするように三人を見回す。

 さらにクラリッサ先輩にも視線を移すと、すっと、琥珀色の瞳を冷たく細めた。


 ――不味い。あの目をした時のココナは非常に不味い。

 俺に群がる彼女たちに対して、ココナの重度なブラコンがけたたましく警鐘を鳴らしているのだ。


「お兄さま、事情はよく分かりました。カルミラ先輩、部員の件、謹んでお受けします」

「ほ、本当ですの!? ありがとう、これで五人ですわ!」

「ですが! それは皆さまのような悪い虫から、お兄さまをお守りするためです!」

「……悪い虫?」

「はい! 傷ついたフリをして純真なお兄さまの優しさにつけ込み、都合よく搾取しようとする泥棒猫たちのことです!」

「「「泥棒猫……!?」」」


 殿下たちから当て馬にされた令嬢たちが、今度は年下に『泥棒猫』呼ばわりされ、一斉に顔を引きつらせた。

 だが、ココナの暴走は止まらない。

 彼女はビシッと、入口のクラリッサ先輩までも指差した。


「副会長さん! あなたもですよ!」

「……わ、私ですか?」

「とぼけないでください! たかが部室の明け渡しの通達に、どうして多忙な副会長がわざわざ出向いてくるんですか!? 下級生のパシリにでも押し付ければいいだけのことですよね!?」

「そ、それは彼らが殿下の意向に反発する可能性を考慮してですね……」

「嘘です! 生徒会という大義名分を隠れ蓑にして、本当はお兄さまに会いたかっただけですよね!? お堅い規律の仮面を被って気を引こうとする……あなたのようなむっつり泥棒猫が一番厄介なのです!」

「なっ……!?」


 冷静沈着なクラリッサ先輩の顔が真っ赤に染まる。

 斜め上すぎる言いがかりの連続に驚きを隠せていない。


「カルミラさん、勝手に妹を巻き込まないでほしいんだけど……って、ココナ! お前は先輩たちになんて失礼なことを言うんだよ!」

「お兄さまは騙されているだけですから、黙っていてください!」


 俺の抗議などどこ吹く風で、ココナは机上の申請書をひったくる。

 そのまま凄まじい勢いで五人目の欄にサインを書き殴ると、顔を真っ赤にしているクラリッサ先輩へ押し付けた。


「さあ、これで五人です! 平民部とやらが正式に設立されました! もう副会長さまがお兄さまに近寄る口実はなくなりましたので、さっさと受理して帰ってください!」

「私は決して不純な動機などではありません!? よ、よく分かりませんが受理します! 受理すればいいんでしょう!?」


 完全にペースを乱されたクラリッサ先輩が、申請書をバインダーに挟むと、逃げるように踵を返す。

 

「ただし、度を越した騒音は減点対象になりますので以後は慎むように! し、失礼しますっ!」


 背中越しに早口で言い捨てると、バンッと乱暴に扉が閉められ、足音が遠ざかっていく。


 嵐が過ぎ去り、静まり返る書庫。

 俺は今日一番の重いため息をついて振り返る。


「無事に設立できたみたいだね……」

「そ、そうみたいですわね……」

「さあ、お兄さま! 悪い虫がつかないように、ココナの隣に座ってください!」

「おい、ココナ、引っ張るなって……」

「騒がしい妹さんですわね……」

「まあ、五人揃いましたし、結果オーライというやつなのです!」

「新パーティの結成っすね!」


 何はともあれ、ココナの盛大な勘違いによって、無事に平民部は結成されたのである。

お読みいただきありがとうございます!

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