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当て馬令嬢の楽園へようこそ! 〜傷心令嬢たちは愛よりB級グルメらしい〜  作者: 天地サユウ


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第三話 当て馬令嬢同盟、結成

 翌日。地下特別書庫。


「――というわけで、たった今から、この地下特別書庫を『当て馬令嬢同盟』の本部としますわ!」

 

 古い羊皮紙の匂いが漂う薄暗い空間に、カルミラさんの場違いな美声が響き渡った。

 

「……勝手に痛々しい名前の非公式な組織を立ち上げないでほしいよ。ここ、俺のバイト先なんだけど」

「まあ。そんな些細なことで文句を仰るなんて、器の小さな男は嫌われますわよ? ……それより、ノアはこんな埃っぽい地下で、普段はどんな仕事をしていますの?」

 

 俺の穏やかなツッコミを、理不尽な暴言でねじ伏せるカルミラさんが、不思議そうに小首を傾げた。

 公爵令嬢である彼女にとって、平民の時給労働という概念自体が珍しいのだろう。


「傷んだ古書のページを専用の糊でくっつけたり、山積みになった古い文献の埃を払ったり、本を虫食いから守る『防虫魔石』を交換したりする、地味な管理作業だよ。そもそもここは学園の最奥で、普段は誰も寄り付かない辺境の地みたいな場所だからね。本も読み放題だし、サボるにも打ってつけなんだ」

「……呆れましたわ。誇り高き学園の施設で、そのような不誠実な理由で給金泥棒していますの? やはり、平民の考えることは理解できませんわ」

 

 カルミラさんは心底軽蔑したように扇子をパタパタと仰いだ。

 今日の扇面には『愛とは誠実』と書かれているが、十三年もの間、誠実な愛を捧げ続けた彼女が、あっさり婚約破棄されたことを思うと、なんとも涙ぐましいものである。

 だが、彼女はすぐに何かを思い出したように表情を和らげた。


「ですが見方を変えれば、そこは評価できますわね。ここは誰にも見られずに一人で泣きたいと願う人が、学園中を彷徨った末に行き着く隠れ家にもなるわけですから」

「昨日の君がまさにそうだったよね……。で、そんな隠れ家で『当て馬令嬢同盟』なんて痛々しい名前の活動を始めるわけ?」


 図星を突かれたカルミラさんは視線を泳がせながら「コホンッ」と、わざとらしく咳払いをした。

 昨日、涙目でジャンクフードを貪っていた姿はどこへやら。

 ふんぞり返る彼女のツインドリルも、すっかり見事なバネを取り戻している。

 

「痛々しいとは失礼ですわね! 私たちは完璧すぎたが故に、見る目のない男たちから『当て馬』として消費されたのですわ。この屈辱を忘れず、いつかあの愚か者に後悔させますわ。そのための同盟ですのよ!」

「カルミラ先輩の言う通りなのです! 私を『相棒』としか見れなかったあのバカに、女としての魅力を見せつけて、泣いて土下座させてやるのですっ!」


 カルミラさんの隣でメルティが、なぜかマイ木剣を磨きながら力強く頷いた。

 ドーナツの箱を空にして号泣していた彼女もまた、すっかり立ち直ったらしい……いや、木剣を磨く手に込められた殺気が尋常ではないから、立ち直ったというよりは別の方向に振り切れただけかもしれない。

 

「で、その立派な同盟の第一回目の活動内容はなんなの? 殿下の執務室の前に、バナナの皮でも仕掛けるつもり?」

「馬鹿になさらないで。そのような幼稚な嫌がらせは公爵令嬢のプライドが許しませんわ」

 

 カルミラさんは眉を寄せ、扇子をパチンと広げた。

 その扇面には先ほどとは違う『愛とは不屈』という達筆な文字が大書きされている。

 

「あの泥棒猫が淹れたお茶に、超高濃度の『苦悶草の煎じ茶』をすり替えておきますの。それを飲んでむせ返る殿下を遠くから優雅に観察して差し上げますわ! おーほっほっ!」

「十分幼稚なんじゃないかな……。あと、それ泥棒猫じゃなくて殿下に被害がいってると思うよ」

「私はあいつの靴の中に、こっそりカエルの死骸を入れておこうかと……」

「メルティ、君は剣の腕は超一流なのに発想が小学部の男子から成長してないね……」

 

 俺は深くため息をついた。

 この同盟、顔面偏差値と戦闘力は学園トップクラスだが、恋愛面と復讐の偏差値は限りなく底辺に近い。

 

「……とりあえず頭に血が上っているみたいだから、塩分でも補給しようか。ちょうど休憩時間にしようと思ってたところだし」

 

 俺はカウンターの下から紙袋を取り出す。

 中に入っているのは、学園の裏手にある平民街の屋台で買ってきた『細切り芋の高温油揚げ・粗塩と黒胡椒風味』――通称『フライドポテト』である。

 

「また、そのような油ぎった得体の知れない食べ物を……」

 

 カルミラさんの顔が引きつる。

 昨日のハンバーガーの屈辱を思い出したのだろう。

 だが、紙袋を開けた瞬間、香ばしい油の匂いと鼻腔をくすぐる黒胡椒の刺激的な香りが書庫に広がった。 

「「きゅるるぅぅ……」」


 カルミラさんとメルティの腹の虫が、見事なデュエットを奏でた。

 復讐の計画を練るのに夢中で、二人とも昼食を抜いていたようだ。


「「うっ……」」

「……ほ、ほら、熱いうちに食べなよ。手が汚れるから、指先でつまむんだよ」

 

 俺が紙袋をテーブルに置くと、二人は恋仇でも見るかのような目で黄金色に輝くポテトをにらみつけた。

 

「……こ、こんな下品な芋料理。公爵家のテーブルに並んだら料理長が即刻クビになるレベルですわよ。……ですが、ノアがどうしても味見してほしいと懇願するから一本だけ……」

「私も剣士としてこんな塩分の塊を摂取するわけには……で、でも、毒見という意味でなら……」

 

 二人は見え透いた言い訳を並べながら、震える指先でポテトをつまんで口に運ぶ。

 外側のカリッとした食感と、熱々の芋の甘みが溢れ出す。そこに容赦なく振りかけられた粗塩の塩味と、黒胡椒のピリッとした刺激が追撃をかける。

 

「……ふ、ふん。まあ、平民の保存食にしては悪くない味ですわね」

「そ、そうですね。塩分補給にはちょうどいいかもしれません……」

 

 二人はツンとそっぽを向きながら言い放ったが、手は止まっていない。むしろ一本だけと言っていながら十本ほど掴んでは口に運ぶ。

 まるで一心不乱に餌を食べるリスだ。

 だが、その平穏なおやつタイムは、三人目となる乱入者によって打ち破られることとなる。


 バンッ! 今にも壊れそうなオーク材の扉が、またしても乱暴に開けられた。

 入り口に立っていたのは神聖魔術科の制服である、純白のローブを身に纏った小柄な少女。

 

「ノアさん! 聞いてくださいっす……!」

 

 涙目で悲痛な声を上げたのは、男爵令嬢のクロエ・ランカスター。

 彼女は稀少な治癒魔術の適性を見出された、俺と同じクラスの高学部二年生だ。


 そして何より、三年生の勇者レイン・アルディスの『初恋相手』でもある。

 だが、いつもは太陽のように明るい彼女の表情は、今は絶望に染まりきっていた。

 

「……クロエさん? どうしたの、そんなに泣いて。ローブも泥だらけじゃないか」

 

 俺が驚いて声をかけると、クロエさんはふらふらとした足取りで、俺の足元に崩れ落ちた。

 

「さっきレイン先輩の勇者パーティから追放されたんすよ……」

「追放? なんでまた……? クロエさんの治癒魔術は学園でもトップクラスのはずだよね?」

「そうなんすけど、レイン先輩、昔は『大きくなったらクロエをお嫁さんにするよ』って約束してくれたのに『あの頃の君に初恋したけど、今のクロエは手のかかる妹なんだ。戦いの最前線に連れて行くなんて心配でできない。それに僕は大人で頼りになる女性に支えてもらいたいんだ』って……! それで、あたしの代わりに大学部に在籍している聖女様がパーティに入ることになったんすよっ!」

「大学部の聖女ね……」

「スタイル抜群で色気もあって、すっごく包容力のある大人のお姉さんなんす! あたし、ずっと先輩の初恋の相手として、いつかまた隣に立つために治癒魔術を頑張ってきたのに……過去の思い出ごと『手のかかる妹枠』にポイ捨てされるなんて、ひどいっすよ……!」

 

 「うわぁぁぁんっ」と三人目となる悲しき敗北者の産声が響き渡った。

 

「初恋相手からの妹扱いでの敗北ですわね……」

 

 カルミラさんまで、こめかみを押さえた。

 男にとって「妹」というレッテルを貼った相手は、過去にどれだけ甘い約束を交わしていようと、恋愛対象からは外されてしまうという残酷な心理がある。

 

「……ねえ、ノア。彼女、お芋はどのくらい食べられるタイプかしら?」

「そうだね。初恋の思い出ごと叩き割られた敗北なら、塩気よりも甘いチョコレートをあげた方がいいかもしれないね」

「ノア先輩の言う通りなのです! 初恋相手という特別な立場から転落した絶望には圧倒的な糖分とカロリーの暴力が一番効くのです!」


 ポテトを咀嚼し終えたカルミラさんとメルティが、完全に先輩面して深く頷き合っている。

 彼女たちの瞳には、新たな同胞を迎え入れる慈愛の光すら宿っていた。


「おい、お二人さん。完全に新入部員を歓迎するノリになってるよ」

「当然ですわ。彼女も見事なまでに理不尽な被害者なのですから。クロエさん、『当て馬令嬢同盟』へようこそですわ!」

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