第十三話 ボードゲームで元凶の惨状を知る
期末テスト結果発表後の放課後。
地下特別書庫には、ポキポキッという乾いた音が響いている。
「みんな、テスト結果はどうだった? 休日の勉強会とカツ丼の成果は出たかな?」
「当然ですわ! この私にかかれば全教科満点なんて当たり前……と言いたかったのですが、ノアに一点差で負けたのは悔しいですわね……」
カルミラさんはバサッと扇子を広げて口元を隠し、少しバツが悪そうにそっぽを向いた。
今日の扇面には『愛に勝敗は不要』と綴られている。
「……まあ、ココナさんの教え方が少しは役に立ちましたけれど」
「私もなのです! 剣術科でトップクラスの点数だったのです!」
「あたしも歴史の記述問題バッチリだったっす!」
「ふふん。そもそも、お兄さまが学年トップなのは当然のことです! 泥棒猫たちが好成績を収められたのも、お兄さまのカツ丼のおかげですから、せいぜい感謝してください!」
俺の右腕に張り付いているココナが、なぜか俺の学力とカツ丼の功績だとばかりに胸を張る。
相変わらずの妹の暴走に苦笑しつつも、全員が好成績で、俺も胸を撫で下ろす。
「それにしても、この『チョコ・ステッキ』というお菓子、サクサクとした軽い食感とチョコレートのバランスが絶妙ですわ」
「テスト勉強で消耗した脳に糖分が染み渡るのです!」
「最高に美味しいっす! 持ち手の部分だけチョコが塗られていないから指も汚れないんすね。平民の知恵、恐るべしっす」
「……そうだね。このボードゲームのカードやコマを汚すこともないから、最高のお供になるわけだよ」
俺がテーブルに四角い厚紙のボードを広げると、デスクに腰掛けていたレティア先生が箱からステッキを一本抜き取った。
先生は葉巻のように指の間に挟み、先端を咥えてへし折る。
「甘さと香ばしさの奥に、少しだけカカオの苦味がある。悪くないな。赤ワインに合いそうだ」
「先生、学園で飲酒は禁止ですよ」
「ふん、そんなことは誰にも見られなければ何も問題ない」
普段から飲んでいることを匂わせるように、先生はデスクへ戻っていった。
俺はやれやれと息を吐いた時、カルミラさんが扇子を裏返した。
扇子の裏面には『愛に運は不要』と文字が躍っていた。
「それで、この山や谷、建物が描かれたスゴロクのようなものはなんですの?」
「今日は平民の『卓上娯楽と人生設計』の研究をテーマにしたんだ。とは言っても平民の子供が遊ぶ、ただのボードゲームだけどね」
俺はボードの中央に設置された、数字の書かれたルーレットを指差した。
「手番が来たらルーレットを回して、出数の分だけコマを進めるんだ。途中で就職したり、給金をもらったり、結婚して家族を増やしたりと、最後に一番多くのお金を持っていた人が勝ちになるゲームさ」
「平民の人生を疑似体験するゲーム……ということですわね。くだらないですわ」
カルミラさんが鼻で笑い、艶やかな金髪のツインドリルを揺らした。
「私の人生は三歳から完璧に設計されていましたの。いつ、どの教養を身につけ、どのような人脈を築き、王妃となるための階段をどう上るか……すべてが計算し尽くされていましたわ。ルーレットのような運要素に頼り、一喜一憂する平民の遊びなど、高貴な私には理解できませんわ」
「でも、その十三年かけて築き上げた完璧な設計図は、編入生の『泥棒猫』に理不尽な運の要素で台無しにされたよね?」
「うぐっ……!?」
俺の身も蓋もない返しに、カルミラさんが胸を押さえてうずくまる。
その隣では、メルティとクロエさんも過去の傷をえぐられたのか、暗く重いオーラを纏っていた。
「わ、私は絶対に負けませんわ! 現実の人生は泥棒猫に狂わされましたが、盤上の人生くらいは完璧にコントロールして見せますわ!」
「そうなのです! 私も、もう誰の引き立て役にもならないのです! 相棒なんていう都合の良いポジションは捨てて、盤上では主役の人生を歩んでやるのです!」
「神様、どうか盤上だけでも、あたしに幸せな未来を……! 妹扱いされない一人の女性としての輝かしいゴールを約束してくださいっす……!」
なぜか三人の瞳に、ただの子供の遊びには不釣り合いな絶対に負けられないという執念が宿った。
平民の子供たちは、もっと無邪気に笑いながら遊ぶものなのだが。
「じゃあ、それぞれ自分の分身となるピンを馬車に乗せて。俺は青色の馬車で、カルミラさんは赤ね。メルティは黄色で、クロエさんは緑だ」
「さあ、お兄さま! ココナのピンクのピンを、お兄さまの馬車に深く、抜けないように刺してください! 最初から夫婦ルートでいきます!」
「ココナ、最初から他人の馬車に相乗りするのはルール違反だから、大人しく自分の馬車に乗ってくれ」
息をするように不正な同乗(結婚)を企むココナ。
俺は初期資金となる偽銅貨を渡し、ルーレットを回し始めた。




