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【完結】当て馬令嬢の楽園へようこそ! 〜傷心令嬢たちは愛よりB級グルメに溺れる〜  作者: 天地サユウ


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第十一話 完璧な令嬢たちは心理戦でトラウマを抉られる

 翌日、平民部部室。

 

「……地下に避難してきても、湿気のせいで優雅なティータイムが台無しですわ」

「カルミラさん、お茶会じゃなくて部活動中なんだけど」

「結局、カルミラ先輩は甘いお菓子とお兄さまのことで頭がいっぱいなのです! これだから温室育ちの泥棒猫は困ります!」

「なっ……!? 心外ですわ! 私はあくまで平民が安価な糖分を摂取する『おやつタイム』という文化的側面に、純粋な学術的興味を抱いているだけですわ!」

「嘘です! 食い意地が張っているのを、無駄に高尚な語彙で誤魔化しているだけです!」

「そ、そそそんなことはありませんわ!」

 

 今日も今日とて、ココナの容赦ない追及から勃発する小競り合い。

 メルティとクロエさんも「また始まった」とばかりに呆れ顔を浮かべている。

 このまま不毛な口論で放課後を消費するのも馬鹿らしい。

 俺はやれやれと首を振り、強引に場を仕切り直す。

 

「まあ、せっかくの雨だし、今日は平民の『室内の娯楽』で暇つぶしでもしようか」

 

 俺がテーブルの中央にカードの束を広げると、二人はピタリと言い争いをやめ、不思議そうに覗き込んだ。

 

「これはトランプ……? まさか、神聖なる学園の部室でカジノでも開く気ですの? だから、あなたのような貧乏平民の考えることは理解できませんわ」

「ふふん。やっぱり、カルミラ先輩はそんなことも知らないのですね! 誇り高きお兄さまが下品な賭け事をするはずがありません。これは平民の子供でも遊べる室内遊びの道具です!」

「なんですって……!?」

「はいはい、二人ともそこまで。ココナも煽らないの。……まあ、これを使ってみんなでゲームをするんだけど、室内で白熱する時の『最高のお供』を用意してきたから、まずはこっちを配るよ」

 

 俺は持ってきた紙袋と人数分のコップをテーブルに置き、硝子瓶の栓を抜いて黒い液体を注ぎ入れる。

 シュワシュワと音を立てて気泡が弾ける。

 

「な、なんですの、この禍々しい黒い水は……?」

「おまけに毒のように底から泡立っているのです!」

「……まあ、さすがに毒なんて物は入ってないと思うっすけど……こっちの紙袋は、妙に甘くて香ばしい匂いがするっすね」

「これは『コーラ』と『キャラメルポップコーン』だよ。平民が劇を見る時に定番なアイテムだけど、カードゲームで集まった時にも欠かせないんだ。俺もさっき一口飲んだけど、炭酸が効いてて美味しいよ」

 

 俺が自分のコップをテーブルに置いた瞬間、右腕に張り付いているココナの瞳が獲物を狙うかのように鋭く光った。

 

「お兄さまが口をつけたコップ……。い、いくらお兄さまが無事でも、遅効性の毒という可能性もあります! 妹が兄のコップで念のための毒見をするのは、当然の義務にして神聖な儀式! さあ、ココナが間接キ――いえ、毒見を!」

「妹よ、いったい何を考えているのだ……」

 

 俺が呆れている間もなく、ココナが熱っぽい吐息を漏らしながら俺のコップへ手を伸ばす。

 

「遅効性の毒! ならば、怪しい飲み物の毒見は最前線を張る剣士である私の役目なのです!」

 

 横からスッと伸びてきたメルティの手が、ココナよりも早くコップをかっさらう。

 彼女は間接キスなど微塵も意識することなく、黒い液体を勢いよく飲んだ。

 

「ああっ!? 泥棒猫! お兄さまとの神聖な口づけがっ!?」

 

 悲痛な叫びを上げるココナをよそに、コーラを口に含んだメルティの金色の瞳が、カッと見開かれた。

 

「舌の上で弾けるのです!? 喉を焼くような強烈な刺激……甘さと刺激の無限ループなのです! 手が、手が止まらないのです!」

「確かにシュワシュワして美味しいっすね! でも、なんだかお腹の奥から空気が……うっ」

 

 初めての炭酸に驚きつつも、甘いキャラメルと刺激的な組み合わせに、今日もまた令嬢たちはジャンクな味覚に呆気なく敗北していく。

 

 ココナだけは隣でハンカチを噛んで悔しがっているが、見なかったことにしよう。

 

「それじゃあ気を取り直して。今日研究する『トランプ』だけど、まずは『ババ抜き』でもやろうか。ルールは簡単。カードを配って、同じ数字のペアができたら捨てる。隣の人から一枚ずつ引いていき、最後まで手札に『ジョーカー(ババ)』が残っていた人の負けだよ」

「ババ抜き……? つまり、あちらで書類仕事をしているレティア先生を、遊びの輪の中に入れないということですわね?」

「誰がババアだ!」

 

 離れたデスクから、鬼の司書長の鋭いツッコミが飛んできた。

 

「……先生のことではないですわ。つまり、ペアを作って手札を減らし、いち早く抜け出した者の勝利ということですわね?」

「そういうこと。逆に言えば、誰ともペアになれず、最後まで選ばれなかった『余り物』が敗北するゲームだね」

「「「え……?」」」

 

 俺が何気なくルールを補足すると、カルミラさん、メルティ、クロエさんが、ピタリと動きを止めた。

 手に持っていたポップコーンが、ポロリとテーブルに転がり落ちる。

 

「誰ともペアになれず、最後まで選ばれない余り物ですって……?」

「それって、あいつに一番に選ばれず、相棒という名目で横に置かれた私のことですか……?」

「昔の初恋の約束を反故にされて、妹枠としてポイ捨てされた、あたしのことっす……」

「ノア、あなたは十三年間、完璧に尽くしてきたのに、ぽっと出の泥棒猫に婚約者の座を奪われ、惨めに捨てられた私のことだと言いたいですの!?」

 

 しまった。平民の子供の他愛ない遊びのルールが、彼女たちの『男から選ばれなかった』という深いトラウマを抉るように刺激してしまったのだ。

 

「いや、ただのカードゲームだよ……。そんな深い意味はないから」

「上等ですわ!」

 

 カルミラさんがバンッとテーブルを叩き、血走った目で立ち上がった。

 

「私を最後まで選ばれなかった『ババ』扱いする気なら、受けて立ちますわ! この完璧な公爵令嬢様が、余り物になる屈辱など二度と味わうものですか!」

「私も負けません! もう誰の引き立て役にもならないのです!」

「あたしも一番に上がってみせるっす!」

 

 三人の瞳に絶対に負けられないという狂気が宿った。

 そして、俺の右腕に張り付くココナがスッと目を細める。

 

「ふふん。お兄さまの隣という一番の席は、すでにココナが引いていますが、泥棒猫たちを蹴落とすためなら全力でお相手します!」

 

 かくして、ただの暇つぶしだったババ抜きは、トラウマと意地が交錯する血で血を洗う心理戦へと変貌した。

 

「ノア、あなたの息遣いが一瞬乱れましたわね。……右端のカードがジョーカーですわね! いただき……違いますわ!?」

「カルミラさん、深読みしすぎだよ。ただのスペードの3だね」

 

 カルミラさんは無駄に高度な政治的駆け引きの視点でカードを引き、見事に自爆している。

 

「見切ったのです! カードの裏面についたミクロの傷と指紋の擦れ具合……中央がジョーカーなのです!」

「メルティ、剣聖の動体視力でイカサマしないでくれる?」

 

 剣聖の無駄遣いにより、メルティは次々と安全なカードを引き当てていく。

 

「女神様……どうかこの不浄なるジョーカーを浄化し、あたしの手札から消し去りたまえ……『ホーリー・ヒール』!」

「クロエさん、神聖魔術でカードの柄を物理的に漂白するのは反則だからね?」

 

 クロエさんに至っては、もはやゲームのルールすら破壊し始めていた。

 

「さあ、お兄さま! ココナの手札から好きなものを引いてください! 例えジョーカーでも、お兄さまとペアになれるなら本望です!」

「ココナ、ババ抜きにペア(意味深)の概念を持ち込まないでくれ……」

 

 ポップコーンを咀嚼する音と、炭酸の音が響く中、激しすぎるババ抜きは終盤戦へと突入した。

 

 次々と令嬢たちが上がり、最後に残ったのは俺とカルミラさんの二人。

 場に存在するカードは三枚。

 俺の手札は一枚。カルミラさんの手札は二枚だ。

 

 俺がカルミラさんの手札から、ジョーカーではないカードを引けば、ペアが揃って俺の勝ち。

 ジョーカーを引けばゲーム続行となる。

 

「さあ、引くがいいですわ! 私は絶対に余り物にはなりませんわ!」

 

 額に汗を浮かべ、親の仇のようにカードを握りしめるカルミラさん。

 その顔は悲壮感に満ち、ここで俺が上がって彼女が負ければ、十三年分のトラウマがフラッシュバックして再び号泣しかねない。

 

 俺はため息をつき、カルミラさんの手札を見つめる。

 見抜くのは簡単だった。

 彼女が必死に隠し持っている右側のカードの裏面には、べっとりとキャラメルポップコーンのシミがついているのだから。

 

(あのシミは間違いなくジョーカーだよね……)

 

 俺は一瞬だけ迷い、そして静かにシミのついたカードを引く。

 案の定、見事にジョーカーだ。

 

「あっ……」 

「……おーほっほ! 私の勝ちですわ!」

 

 カルミラさんが震える指で俺のカードを引き抜き、見事にペアを揃えてテーブルに叩きつけた。

 俺の手元に孤独なジョーカーが一枚だけ残された。

 

「やりましたわ! 私は……私はもう、選ばれない女ではありませんのよ!」

 

 本当はカードの裏についた『ポップコーンのシミ』を見て、わざとジョーカーを引いてあげたことは黙っておくことにしよう。

 

「おい、ノア。女に花を持たせてやった気分はどうだ?」

 

 ふいに頭上から声が降り注ぎ、見上げると、いつの間にかレティア先生が腕を組んで立っていた。

 

「え……?」

 

 歓喜の涙を流していたカルミラさんが、ピタリと固まる。

 先生は意地悪くニヤリと笑い、俺の手元にあるジョーカーを指差した。

 

「見え見えのイカサマだな。お前、そのカードの裏についたポップコーンのシミを見て、わざとババを引いたんだろう」

「……先生、なんでバラすんですか?」

「なっ……! ノア! あなた、私に同情してわざと負けましたのね!? この完璧な私に情けをかけるなんて……最大の屈辱ですわ!」

 

 真実を知ったカルミラさんの顔が、一瞬で耳の先まで真っ赤に染まった。

 ポカポカと涙目で俺の肩を叩いてくる公爵令嬢をスルーして、先生はコーラとポップコーンを無造作に掴み上げる。

 

「ほう。炭酸の刺激とこの暴力的な甘さ。悪くない。ラム酒で割ったら最高のツマミになりそうだな」

「先生、ここは学園の部室ですよ……それに、俺たちのおやつです」

「そう堅いことを言うな。さっき私を『ババア』呼ばわりした罰だ。こいつは没収する」

 

 大人の職権乱用を堂々と発動し、先生は紙袋ごとポップコーンを抱えて自分のデスクへと戻っていく。

 

「ああっ、泥棒先生! お兄さまのコーラを返してください!」

「ノア、もう一回勝負ですわ! 今度こそ実力であなたをババにしてやりますわ!」

 

 コーラを奪い返そうと噛みつくココナと、羞恥で涙目になりながらトランプを切り直すカルミラさん。


 まあ、雨の日の平民部も悪くない。

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