影と魔女と第二王女
俺は必死に身振りで伝えた。
こい、こっちだ。
腕を大きく振り、城の奥へと誘導する。
エリシアは一瞬迷ったが、やがて小さく頷いた。
「……案内するのですね」
俺が進むと、彼女はついてくる。
誰にも見えない幽霊に導かれる王女。
絵面としては相当おかしい。
だが夜の城は静かだ。
衛兵達も、王女が歩く姿を見て頭を下げるだけ。
その視線の先に俺はいない。
やがて例の部屋の前に辿り着く。
魔女の部屋。
俺は扉をすり抜け、中へ入る。
エリシアはノックをし、扉を開けた。
「あら」
黒いローブの女が顔を上げる。
銀髪が揺れ、俺を見る。
そして、その後ろの少女を見て、わずかに眉を上げた。
「ポチ。まさかエリシア様を連れて来るとは……」
やめろ。その名前で定着させるな。魔法使いじゃ無くて、魔女なのか。
エリシアが首を傾げる。
「ポチ?」
魔女は面白そうに俺を指差す。
「この幽霊さんのお名前は、ポチさんなのね」
不本意だが、俺は右手を上げ、エリシアの目が丸くなる。
「……意思表示を」
魔女は椅子に座り直す。
「ええ。声は出せないけれど、こちらの言葉は理解しているわ」
俺を見上げる。
「はい、なら右手を上げるって教えたの」
教えたって……。ほんと犬扱いだなぁ。
エリシアはじっと俺を見る。
「なるほど……そうなのですね」
彼女はゆっくりと息を吐く。
「昼間から、あなたの存在は感じていました」
魔女が興味深そうに問う。
「エリシア様には、はっきりと視えているのですか?」
「ええ」
即答だった。
「姿も、動きも」
魔女は軽く目を細める。
「面白いわね。私は“気配”を掴んだだけ。輪郭は曖昧よ」
へぇ。
見え方に差があるのか。
エリシアは一歩前へ出る。
「この方は……魔物ではありません」
俺は思わず右手を上げる。
魔女がくすりと笑う。
「ええ、邪悪さは無いわ。少なくとも今は」
今は、って付けるな。
「ポチ」
魔女が俺を見る。
「こちらはエリシア様よ」
エリシアは小さく顎を引く。
「第二王女。訳あって、ここの町に滞在しています」
第二王女、か。……既にきな臭いな。
魔女が続ける。
「ここの最高責任者ってところね」
エリシアの眉がわずかに動く。
「そのように仰らないでください」
否定はしない。
つまり事実。辺境の最高責任者。
十五歳位の少女が魔物多発地帯の交易都市を。
……そりゃ兵も死ぬ。
そりゃ迷う。
魔女はエリシアを見つめる。
「それで?夜更けにここへ来た理由は?」
エリシアは一瞬、俺を見る。
そして口を開いた。
「兵が、亡くなりました」
静かな声。だが重い。
「命じたのは、私です」
魔女は表情を変えない。
「戦とはそういうものよ」
「分かっています」
即答。でも拳は握られている。
「ですが……私は、正しかったのかを知りたいのです」
その言葉に、魔女の視線が俺へ向く。
「ほう」
銀の瞳が、細くなる。
「ポチ。何か見たのかしら?」
俺は、ゆっくりと頷いた。
魔女が眉を上げる。
「見た?」
俺は右手を上げ、そして胸に当てる。
さらに、ゆっくりと目を閉じる仕草。
訓練。家族。笑顔。
伝わるか?
魔女はしばらく俺を観察し、やがて小さく息を吐いた。
「……なるほど」
エリシアが不安げに問う。
「何が、分かるのですか?」
魔女は視線を逸らさず答える。
「この幽霊、ただの残滓ではないわ」
部屋の空気が変わる。
「死者に触れたわね?」
俺は、ゆっくりと右手を上げた。
エリシアの息が止まる。
「……触れた?」
魔女は頷く。
「魂の深層に干渉する類い。珍しいわ」
俺自身が一番驚いてる。
「でも完全ではない…‥」
魔女は俺を見る。
「弾かれたでしょう?」
図星だ。俺は頷く。
エリシアの瞳が揺れる。
「では……彼の、最期は」
俺は、兵士の敬礼を思い出し、もう一度胸に手を当てる。
そして、真っ直ぐに立つ。
エリシアは、それを見つめる。
やがて、ゆっくりと目を閉じた。
「……そうですか」
小さな安堵。ほんのわずかな救い。
魔女が静かに言う。
「エリシア様」
「はい」
「この幽霊は、あなたにとって道具にもなり得る」
道具。その言葉に、俺は眉をひそめる。
エリシアは即座に首を振った。
「違います」
はっきりと。
「この方は、私の影です」
影。その言葉が、胸の奥に残る。
魔女はふっと笑った。
「そう。ならば好きに使いなさい」
使う、か。
エリシアは俺を見上げる。
「ポチさん」
やめろ、その名前。
だが彼女は真剣だ。
「あなたは、私の側にいてくれますか」
俺は、右手を上げた。
迷いなく。
その瞬間。ほんのわずかに、輪郭がはっきりした気がした。




