静寂の代償
王都の紋章を掲げた馬車が、城門の向こうへと消えていく。
ルーク・ヴァレンシュタイン。
そして、監督官。
五月蝿いハエも追い払った事だし。
……一先ずは、だが。
城内には、久しぶりに静かな空気が流れていた。
刺客の気配も無い。
王都からの圧力も、今は。
中庭では、兵達が通常の巡回に戻っている。
侍女達の会話も、どこか柔らかい。
日常が、戻ってきた。
――表面上は。
夜。魔女の部屋。
「さて」
魔女が、机の上に幾つかの道具を並べる。
細い筆。
透明な結晶。
刻印用の小刀。
「これでやっと」
俺を見る。
「ポチへの実験……」
おい。
「いや」
言い直した。
「正体を調べる事が出来る」
俺は、板を持ち上げる。
『じ』
『っ』
『け』
『ん』
魔女が、にやりと笑う。
「安心しなさい」
信用ならん。
「壊さない程度にしかしないわ」
程度って何だよ。
机の中央。
円形の魔法陣が、既に刻まれている。
淡く光っている。
「あなたが“何に巻き込まれたのか”」
魔女が言う。
「少しは分かるかもしれない」
俺は、霊鋼の針を見つめる。
共鳴。
魂干渉。
憑依。
全部、偶然か?
それとも――
「狭間での転移事故」
魔女の声が、低くなる。
「そんな曖昧な理由で済ませていいのかしらね」
……どういう意味だ。
『な』
『に』
魔女は、肩をすくめる。
「調べてみないと分からないわ」
机を指差す。
「その為の準備よ」
俺は、ゆっくりと魔法陣の中へ入った。
足は無いが“位置”を、合わせる。
霊鋼の針が、震えた。
共鳴している。
魔女が、筆を持つ。
「少しだけよ」
そう言って――
魔法陣に、最後の一線を引いた。
光が、強まる。
空気が、歪む。
意識が――揺れる。
遠くで、鐘の音がした気がした。
……いや。違う。
これは――記憶じゃない。
何かが、俺の中に、触れてくる。




