囮の王女
「私が、囮になります」
エリシアの言葉に、地下室の空気が止まった。
魔女の眉が、ぴくりと動く。
俺は、板を握り締める。
『ま』
『て』
だが、エリシアは続けた。
「ルークは、私を排除しようとしています」
静かな声だが、その瞳は揺れていない。
「ならば、機会を与えれば動くでしょう」
理屈は、通っている。
だからこそ、危険だ。
「……エリシア様」
魔女が、低く言う。
「囮というのは、餌よ」
「ええ」
即答。
「分かっています」
嘘だ。分かっていても、怖いはずだ。
昨日、死体を見たばかりの少女が。
「それでも」
エリシアは、顔を上げる。
「このまま、何もせずに待つ方が危険です」
沈黙。
俺は、板を指す。
『き』
『け』
『ん』
魔女が、俺を見る。
そして、エリシアを見る。
「……護衛は、増やします」
折れた。
「ただし、見せかけだけ」
罠として成立させる為に。
「普段通りの行動を」
エリシアは頷く。
「分かりました」
「そして」
魔女が、俺を指差す。
「あなたは、常に側に」
……俺か。
『ま』
『か』
『せ』
『ろ』
板を叩く。
エリシアが、小さく笑った。
「頼りにしています」
その言葉が、胸に残る。
数時間後。
中庭。エリシアは、いつも通りに歩いていた。
侍女を伴い。
護衛を数名、後ろに何も変わらない日常を装って。
空気は、張り詰めている。
俺は、その隣にいた。
見えないまま。気配を探る。
影。
死角。
屋根の上。
……来るか?
その時、遠くで何かが動いた。
黒。
屋根の縁。
一瞬。
視線が、合った気がした。
「……!」
俺は、指差し板を握る。




