誘いの罠
「チィっ……」
朝日が差し込む客間。
ルーク・ヴァレンシュタインは、苛立ちを隠そうともせず舌打ちした。
「朝になっても密偵が戻ってこないとはな」
机の上には、開かれていない朝食。
手も付けていない。
窓の外へ視線を向ける。
城下は、いつも通りの朝を迎えている。
何事も無かったかのように。
「しくじったか?」
低く呟く。昨夜、送り込んだ刺客。
王都でも腕利きの部類。
潜入、排除、撤退。
その全てを一人で完遂出来る精鋭。
の、はずだった。
「何が精鋭だ」
拳が、机を叩く。
「使えない奴め」
沈黙。
戻らない。
それが答えだ。
ルークは椅子に深く腰掛ける。
想定外。だが、致命ではない。
むしろ――
「……警戒は高まっただろうな」
第二王女。
あの幼さで、どこまで対応出来るか。
守りを固めるか?
それとも、疑心暗鬼に陥るか?
どちらでも構わない。
状況は、動く。
「ならば」
机の上の羊皮紙を手に取る。
新たな書状。
「こちらから、動くまで」
餌を撒く。
――地下牢。
エリシアと魔女、そして俺は顔を合わせていた。
『る』
『う』
『く』
『う』
『ご』
『く』
板を指す。
ルークは、動く。
魔女が頷く。
「当然ね。刺客が戻らないんだもの」
エリシアは、静かに言う。
「……こちらを探るでしょう」
そう。疑う。内部を。外部を。
そして――機会を。
魔女が腕を組む。
「なら、逆に利用しましょうか」
俺は、板を指す。
『わ』
『な』
魔女の口元が、歪む。
「ええ」
視線が、エリシアへ向く。
「襲撃は未遂、という事にするの」
エリシアが眉を寄せる。
「ですが、窓は……」
「夜盗よ」
即答。
「辺境では、珍しくもないでしょう?」
確かにそれで?
魔女は続ける。
「警戒が甘いと、思わせるの」
ルークに。
『お』
『び』
『き』
『よ』
『せ』
俺は板を叩く。
魔女が頷く。
「そう。次の手を打たせる」
エリシアは、少しだけ目を伏せる。
考えている。
やがて、顔を上げた。
「……分かりました」
その瞳に、迷いは無い。
「罠を張りましょう」
静かにはっきりと王女は、選んだ。




