触れられるもの
影は、エリシアの居室がある区画へと向かっていた。
迷いのない足取り。
城の構造を知り尽くしている動き。
やはり内部協力者か。
俺は距離を詰める。
見えない。聞こえない。触れられない。
それが、歯痒い。
影は壁際を滑るように進み、やがて一つの窓の前で止まった。
エリシアの部屋だ。
間違いない。
フードの奥から、細い器具を取り出す。
窓の鍵に差し込む。
「……」
窓を開けるのに、手間取ってるな。
結界か?微かに、空気が歪んでいる。
くそ!
すり抜けて、落とす事もできねー!
どーすりゃ良いんだよ!
俺は密偵の背後へ回り込む。押しても無理。
掴めない。蹴れない。触れられない。
歯噛みする。
密偵がぼそっと
「くっ、この結界……複雑だ」
鍵の周囲に、淡い光の線。
幾何学模様。魔法陣の一部か。
……!
魔女がさっき言っていたやつか。
“意味を持つものには干渉出来る”。
名前。記号。魔法陣。
この結界は――意味の塊。
……!
そうだ!
あれなら、今の俺でも触れる!!
俺は反転する。
全力で――いや、意識を全力で移動させる。
廊下を抜け、壁を抜け、魔女の部屋へ。
机の上。そこにあるのは、指差し板。
俺は掴んだ。触れられる。意味を持つ物。
俺の意思を宿した物。
魔女の部屋の窓をぶち破った。指差し板が割ったんだ。
再び、エリシアの部屋へ戻る。
密偵はまだ、鍵と格闘している。
あと数秒で破られる。
間に合え!
俺は、指差し板の角を突き出し、密偵の顳顬
辺りを目掛けてぶち当てた。
「っ――!?」
確かな手応え。身体が、揺れる。
バランスを崩し密偵は、窓枠から――
下へ落ちた。
数秒。
静寂。
やがて――
ドスッ。
鈍い音が、下から響いた。
「ふぅ〜……」
間に合った。あぶねー……!
その瞬間に部屋の中から、気配。
「……何?」
エリシアの声。眠りから覚めたらしい。
……やばいな。どう説明するんだ、これ。




