見えない監視者
謁見の間を出て行くルークの背中を、俺は見ていた。
あの歩き方。無駄が無い。
だが、妙に余裕がある。
「……」
これは、完全に怪しいのは間違いない。
王命に“近い”提案。
正式ではない。それで辺境の統治権限を返上させようとした。
普通に考えて、おかしい。
この男――恐らく何やら企んでるのは明白。
エリシアは、その場に立ったまま動かない。
手の中の書状を、じっと見つめている。
俺は、指差し板を握り締めた。
『き』
『を』
『つ』
『け』
『ろ』
魔女が、横目で俺を見る。
小さく頷いた。分かっている、という顔だ。
ルークが廊下を進む。
護衛の兵に案内され、客間へ向かうらしい。
ならば――俺の出番だ。何せ幽霊。
相手には見えない。
俺はそのまま、ルークの後を追った。
足音はしない。気配もない。
すり抜けるように、廊下を進む。
客間の扉が閉まる。俺は迷わず、中へ入った。
ルークは一人だ。
窓際に立ち、城下を見下ろしている。
数秒。
沈黙。
やがて、彼はゆっくりと懐から何かを取り出した。
書状。
さっきの王家の紋章付きの物ではない。
別の封。封蝋には――見た事の無い紋章。
「……」
小さく呟く。
「想定通り、か」
誰に向けた言葉だ?
ルークは書状を開く。
中身に目を通し、口元を歪めた。
「幼い」
その一言。
「辺境に送り込まれた理由も、分かる」
……おい。俺は、板を取り出す。
書けない。伝えられない。
この場では。
ルークは続ける。
「抵抗するなら、それも良し」
机の上に書状を置く。
「状況は、より悪化する」
その言葉の意味。偶然じゃない。
魔物被害の増大。交易路の不安定化。
全部――
仕組まれている可能性。
ルークは椅子に腰掛ける。
そして、何も無い空間に向けて言った。
「準備を進めろ」
……誰も、いない。
返事があった。微かに。窓の外。
屋根の上。黒い影が、一瞬だけ動いた。
「……了解」
低い声。消える。
俺は、固まった。共犯者がいる。
それも城内に、これはまずい。
俺はすぐに引き返した。
壁をすり抜け、廊下を駆ける。
魔女の部屋へ。扉を抜ける。
「早いわね」
魔女が顔を上げる。
俺は、指差し板を指して見せる。
『み』
『は』
『る』
魔女の瞳が、僅かに細まる。
そして――小さく、頷いた。
「ええ」
その声は、静かだった。
「当然ね」




