王都からの使者
「ポチ」
魔女が、俺を手招きする。
何だ?
机の上には、木の板が置かれていた。
四角く削られた、ただの板。
その表面には――
細かく文字が彫り込まれている。
五十音表のように、整然と。
「会話が出来ないのは、不便でしょう?」
俺は頷く。
右手を上げる。
「だから作ってみたの」
魔女は板を軽く叩く。
「指差し板よ」
指差し……板?
「これに文字を彫っておけば、あなたが指差す事で意思疎通が出来る」
なるほど。俺が、これを?
「触れられるかしら?」
俺は恐る恐る、板へ手を伸ばす。
すり抜ける――かと思ったが。
指先が、止まった。
触れた。
「……へぇ」
魔女が目を細める。
「実体の無いものでも、“意味を持たせた物”には干渉出来るのね」
意味?
「名前とか、記号とか、魔法陣とか。概念が宿る物は別よ」
そんな設定かよ。
俺は、試しに文字を指す。
『あ』
魔女が口を開く。
「あ?」
俺は頷く。
次に、
『り』
『が』
『と』
『う』
「ありがとう」
魔女は笑った。
「時間は掛かるけど、これで会話は可能ね」
確かに、これは……
「ポチ」
俺は顔を上げる。
「あなたの意思が、やっと外に出るわ」
……悪くないな。
その時だった。
城の外から、鐘の音が鳴る。
ゴォン――
低く、重い。警戒ではない。伝令の合図。
魔女が、眉をひそめる。
「……この時間に?」
廊下の足音が近付く。
ノック。
「失礼します!」
兵士の声。
魔女が扉を開ける。
「何?」
「王都より、使者が到着しました!」
空気が、変わる。
「王都から?」
「はっ!急ぎ、エリシア様への謁見を求めております!」
魔女の表情が、僅かに硬くなる。
「……予定より早いわね」
予定?俺は、指差し板を掴む。
『な』
『に』
何が起きている?
魔女は、俺を見る。
「来るとは思っていたけど」
小さく息を吐く。
「思ったよりも、早い」
廊下の向こうが、慌ただしくなる。
兵士達が走る音。命令が飛ぶ。
城が、一気に“政治”の顔を見せ始める。
「ポチ」
魔女が振り返る。
「これは、ただの挨拶じゃないわ」
俺は、板を指す。
『な』
『ぜ』
魔女の目が、細まる。
「辺境に送られた第二王女に、わざわざ王都から使者が来る理由」
沈黙。
「一つしかないでしょう?」
俺は、続きを待つ。
魔女は、静かに言った。
「何かが、動き出したのよ」




