表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/6

第六章 観測データの欠損

「シュン君、君は宇宙の何に興味があるんだ」

カイの問いに、少年は小さく肩を震わせた。

谷口が口を挟もうとするのを、カイは静かに、しかし拒絶の意志を込めた手で制した。

部屋を満たす、古い図書室のような湿った匂いと、換気扇の(うな)り。

シュンは消え入りそうな声で、ようやく言葉を絞り出した。

「……ぼく、火星の砂嵐の音が、数字で聞こえる気がするんです。でも、先生には、そんなのは観測ミスだって、欠損データだって言われて……」

その言葉を聴いた瞬間、カイの脳裏に、かつて自分が捨てられた暗い教室の風景が蘇った。

欠損。ミス。ゴミ。

統計学において、平均から外れた値は「外れ値」として排除される。

だが、宇宙物理学において、最も重要な発見の多くは、その外れ値の中にこそ隠されている。

超新星爆発の予兆も、ブラックホールの存在も、最初はすべて「ありえないノイズ」として処理されていたのだ。

「それはミスじゃない」

カイの声は、いつになく低く、鋭かった。

「宇宙において、完璧に美しいデータなんて存在しない。あらゆる光は、数十億年の旅を経て摩耗(まもう)し、ノイズにまみれて届く。君に聞こえている砂嵐の音は、君という観測機だけが捉えることのできた、特別な信号なんだ」

谷口は、困惑したように眼鏡を拭き直した。

「カイ先生、あまり突飛なことを仰るのは困りますな。彼はまず、標準的な基礎学力を身につけねば……」

「基礎とは何ですか?」

カイは谷口に真っ向から向き合った。

「平均的な答えを出す能力のことですか? 宇宙開発の現場で求められるのは、誰も見ていないデータの欠落に、誰よりも早く気づく直感です。谷口先生、あなたはかつて私を『36』という一つの数字で定義しました。でも、その数字の裏側にあった、私の熾火(おきび)のような情操を一度でも観測しようとしましたか?」

谷口の表情が強張る。

部屋の隅にある古い時計が、重苦しく時を刻む。

カイは自分が、かつての恩師を糾弾しているのではなく、かつての自分を縛っていた呪縛(じゅばく)を、今まさに解き放とうとしていることに気づいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ