祝福は延期
「琢磨〜」
グラウンドの手入れ期間中のせいで、たまたま部の練習が休みの日、ぽっかり空いた休日に特にやりたいこともなくてぼーっとゲームしてたら、中学時代に戻ったみたいに遥が訪ねてきた。
「遥…どったの急に?」
「ん? いや、彼方から連絡もらってさ、琢磨が家居るみてえだっつーから、顔見にきた」
「なんだよ、そっか〜。あのレスラーとメシ食うんじゃねえのかー?」
「琢磨優先して何が悪い。弥勒とは毎日メシ食ってんだから、たまにしか会えねえ琢磨は絶対優先だろ?」
「それもそだな。いっちょ久しぶりに対戦する?」
「やろうやろう! あ、俺これ取ったー」
「おまえそのキャラ好きだなー」
遥は相変わらず可愛くてカッコ良くて、しかも恋人の弥勒ほっぽっておれの家来てくれたのがやたら嬉しくて、家帰るとグレーな気分が続いてたおれに取ってはキラキラ光って見えた。
懐かしいな… 中学の頃は部活終わると毎日こんな風に遊んだっけ。
「最近どうよ、ヒールマンは」
「弥勒? 元気だぞ。なんかさ、弥勒の父さんに俺らの事報告したら、顔見てえからって冬休みパタゴニアに行くことなった」
「はぁ? マジ? パタゴニア行くの遥? つかパタゴニアの位置が分かんねえよおれ」
「パタゴニアはアルゼンチンとチリにまたがってるとこだぞ。日本の裏側だな」
「じゃあもしかして行ったら夏? すげえな、そんなとこ行って弥勒の親と決戦かよ」
「決戦じゃねえよ。息子が増えるなら顔見てえっつー話だし」
「そんな事言って誘い出されて行ってみたら、息子はおまえになんかやらーんっ!ってちゃぶ台ひっくり返るかもよ?」
「パタゴニアにちゃぶ台があるのかよ…やられたらまずそこにビックリだわ俺」
「ゴリラの母ちゃんには会った事あるっつってたっけ?」
「ゴリラって酷えな、おい。弥勒の母さんな、ウィルジニーには会ったぞ。日本来て餃子食いたがる人だ」
「ぶ。餃子って中華じゃんそれ」
「ウィルジニーに言わせるとあれも立派な日本食なんだって」
何でも、あのアンポンタンの母ちゃんは、いっしょに遥とメシ食いながら、我が息子の惚れてるヤツが遥だって見抜いたらしい。
ま、あんだけ遥にラブ光線出してりゃ、母親だったら気づいて当然だけどな。
んで、向こうじゃ悪役レスラーが連絡入れる前からすっかり、遥は第二の息子予定になってたんだとか。
ちぇっ、反対とかされりゃちょっとは気が晴れたかもしんねえのに。
あー、いかんいかん。おれは遥の幸せを願うヤツだ。順調そうで何よりじゃん。
「じゃあ反対の気配ゼロだったんだ?」
「全くだって。ウィルジニーは元フランス人だし、兄さんがすでに同性婚してるからな」
「すげえな、フランス。さすが愛の国だ……」
「でも意外な事も多いぞ? カトリック信者がわりと多いし、結婚の書類捌くのに何ヶ月もかかるって」
「マジ? 婚姻届って日本じゃ紙切れ1枚なんだろ?」
「マジマジ。ヤベえ量の書類提出しねえと結婚出来ねえらしい。だから未婚の同棲カップルが多いみたいだな」
「は〜、国が変わると法律も違うっつっても、カルチャーショックな感じだわ…」
「琢磨の方はどうよ? 試合メンバーになってなんか変わった?」
「変わったっつか、やっぱ言い寄ってくるやつは出現したな」
「マジ? 告られたっつーこと?」
「あーまぁな。断ったけど」
「ブスだったのか?」
「デートの暇がねえのに、付き合えるわけねえじゃん。部内に彼女持ちなんか2人しかいねえし、しかも2ヶ月持った話は聞かねえんだぞ? それにさ、今まで見向きもしてこなかったヤツが、メンバーなった途端にって思うとな」
「あー、自慢してえから告ってきたのかって気分になってもしょーがねえか…」
「あとやっぱ3年で後がねえって必死の先輩に負けたくねえし、後輩にもカッコ悪いとこ見せたくねえじゃん。そんなわけでそういう余裕は今のおれにはねえな」
「なるほど。サッカーまっしぐらな青春っつーわけか」
実際のところは1年の頃から、告られたりがなかったかっつーとそうでもなかったし、グラウンドの端っこにはいつもギャラリーも居るけど、おれはやっぱ遥以外考えらんねえしな。
でもま、そういう機会が増えたのは増えた。
単純に邪魔くせえだけにしか感じねえけど。
「これからインターハイ勝ち進んでったりしたら、もっと増えるだろうけどさ、あんま相手の気持ち考えて落ち込んだりするなよ?」
いかにも遥らしい台詞だ。
おれが告ってきた女に何も思わねえはずがねえって、気づかって寄り添う気持ちがねえと絶対言えねえような、きれいな心の台詞。
スタメンの立場にに調子こいて、女取っ替え引っ替えしてる先輩に是非とも聞かせてやりてえ…
いや、やっぱ勿体ねえからおれだけのもんにしとこう。
「は〜、そゆの聞くと癒されるよ。部活男ばっかだしさ、遠征先で恥の書き捨て出来ねえかとか、最近そういう話題ばっかだったし…」
「恥の書き捨てって…ファンの子とっつーことか? 酷えなそれ」
「だろ? おまえらその元気を練習に回せばもっと強くなるぞと、おれは思うんだけどな」
「琢磨、そんなヤツらに絶対ポジション開け渡すんじゃねえぞ?」
「当然。負ける気がしねえ。あ、そだ。今日はこの後泊まってけるか?」
「お? いいのか泊まってっても」
「せっかくだし泊まってけよ。朝練時起こしてやっからさ」
「じゃ俺ちょっとパンツだけ家帰って取ってくるよ。ついでだしメシもいっしょ食おうぜ!」
やった! 遥の手作りメシ! 親子丼の約束、果たしてもらおうじゃん。
家帰ってパンツだけ取って来た遥が、手早く冷蔵庫の中身から晩メシの準備をしてくれてると、匂いを嗅ぎつけたのか、姉ちゃんが台所に降りてきた。
「遥、なにー? 久しぶりじゃんあんた。 何か作ってんの?」
「うん。前から琢磨と約束してた親子丼作ってんだ。真美ちゃんも食う?」
「あたしはいいや、外で友だちと食べてきたし。へー手際いいねー。あたしより上手かもー」
「まぁなー。毎日の練習の成果と教えてくれるヤツの腕だ。よし、出来たぞっ」
あれよあれよと眺めてる間に、親子丼以外に春雨のサラダと豆腐の味噌汁とナス焼いてなんかソースかかったのが出来上がった。
すっげええ〜。ちゃんとした晩ごはんじゃん。
「すげえな、遥。おれてっきり親子丼だけ作るのかって思ってたぞ!」
「親子丼だけじゃどう考えたって足りねえだろ、琢磨」
「そうだけどさ…おかわりでもすりゃいいかって…すげえっ! とにかくいただきますっ!!」
まずはずっと約束してて食い損ねてた親子丼をかっ込む。美味えっ!
味もいいけど、玉子のとろとろ具合が最高で、いくらでもいけそうなぐらい美味え。
さっぱりした春雨のサラダも、マヨとソースのかかった焼きナスも豆腐の味噌汁も、全体のバランスがいいから、どんどん食える。
「あはは。琢磨慌てて食いすぎだって〜」
「いや、マジ美味えじゃん。食わねえとだよっ。遥すげえなっ」
「おばさんには材料勝手に使ったっつっといてくれよ?」
「母ちゃんもこんな美味えメシ息子が食えたなら、絶対文句なんかねえって! っはー! 最高っ!!」
これはあの凶悪熊殺しが教えたって知ってるけど、美味え。
悔しいけど、高校卒業したら留学予定がある遥にとって、あいつは役に立ってるみてえだ。
遥より成績なんか全然良くねえおれよりも、帰国子女なら生の英語だって教えてもらえるだろうし…
悔しいけど、悔しいけどっ! 美味えよ!!
姉ちゃんがお茶持って2階に上がったのを見送った遥は、さっきの話の続きだけどって、遥サイドの親の話を続けた。
「もーまいったよ。母さんとっくに知ってたとかさ〜」
「専業主婦だししょーがねえんじゃねえの? 父ちゃんはなんて?」
「心配だって。俺もだけど、彼方もすでに結婚決めてるから、こんな早くに、こんな大事な事決めていいのか?って」
「相手が誰かじゃねえんだ。遥の父ちゃんらしいなー」
「うん。そんで弥勒が一度挨拶してえっつってるって言ったらさ、それは大学出るまで待てだって」
「? それまで続かねえっつーことか?」
「そうじゃなくて、仕事決まって地に足が着いて、本当に結婚考えられるようになったら、挨拶に来いだって。滝もそう言われたらしい。そうしたら涙飲んで祝福してやるって」
「いいなそれっ! おれもそうしよう。今はやっぱまだ祝福するには早えって思ってたんだよなー、おれ」
「ええっ! 応援するって言ったじゃんーっ!」
「応援はしてやる。応援はしてやるけど、祝福は別だろ? 泣いてダメだった〜ってヘコませてやる代わりに、祝福は延期だっ」
「む。ダメになんねえぞ、俺」
「未来は不確定だから、今言ってもダメだ。積み重ねがねえとなっ」
「くそぅ。積み重ねか〜絶対いっぱい積み重ねて、琢磨にも祝福させてやるっ」
そうだよな。おれはきっと、一生遥が好きだから、どんなに遥がクソ青目野郎と上手くいっても、心からの祝福はきっと無理だ。
でも、本当に結婚まで漕ぎ着ける根性があのすっとこどっこいにあったら、涙を飲んでなら祝福してやってもいいかもしんねえ。
未来はおれだって不確定なんだから、つけ入る隙がねえか、探すのはやめねえけど。
夜、狭い布団に潜り込んで、昔みてえに眠る遥をコッソリ眺める。
不埒な事はしねえ。ただただ眺めるだけで、おれにとっては特別な時間が流れてく。
警戒心も何もねえ安らかで無邪気な遥の寝顔見てるだけで、最近の反省点がツラツラと思い浮かんでくる。
失恋したせいで、せっかくメンバー入れてもらったのに、ちょっと練習の気合い足りてなかったとか、身の回りの事ももっとちゃんとやんねえとな、とか。
遥の恋人にはなれなくても、親友として恥ずかしくねえヤツでいてえ。
少なくともあの大馬鹿ヤローよりはカッコ良くありてえから、英語も勉強しよう。
どうせおれだって、サッカーでアメリカには行くつもりなんだから、今からやっとく方がいいに決まってるし。
部活終わって帰ってから、コッソリやってる料理の練習も、品数増やすようにしてみよう。
遥に、憎たらしいおフランスヤローに、負けねえ努力をしてみよう。
1個1個、自分の課題を数えながら、大事なおれだけの秘密の時間を過ごしていった。
遥、愛してる。愛してるから、今は言わねえ。
おれはいつだって遥の1番の味方でいてえから言わねえけど、隙は見せねえようにな?
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