第98話 市子の提案
「……分かった。なら、俺が絶対に守る」
俺は覚悟を決めた。
もう一度、市子に危険な立ち位置に立ってもらう覚悟を。
……法王バイルを確実に地獄に送るためだ。
この広間の中が静まり返った。
市子の決意が、空気を重くしてるんだろうか。
「ご決断、感謝致します藍沢さん」
「一般の方のご協力は大変尊いですね」
ガルザムとゼルノスの言葉。
一応、笑顔で丁寧だ。
そこで
「具体的にどうするんですか?」
市子がふたりに訊ねる。
危険度の高い決断をしたのに、市子は怯えていなかった。
腹を括ったってことか。
それにゼルノスが軽く頷いて、口を開いた。
……そして耳を疑うことを言った。
「マーシアハ教会に入信してください」
……は?
「藍沢さんが教会に近づけば、法王バイルは接触せざるを得ません。ヤツの洗脳能力を発動させるには、おそらく直接会う必要があるわけですよね?」
「ちょっと待てよ」
俺は思わず声を上げた。
頭がカッとなって、またテーブルを叩きそうになったのを我慢する。
「ただ入信するだけじゃ、いくらなんでも罠だってバレるだろ。何でいきなり入信なんだ。怪しすぎんだろ」
冷静に考えれば分かる。敵だって狡猾だ。
俺たちの動きを警戒してるはずなんだ。
ゼルノスが俺を見て、少しだけ目を細めた。
そして俺に
「確かに、その通りです。単純な入信では疑われます。だからこそ、藍沢さんにはそれらしい理由が必要になりますね」
そう返す。
さらにガルザムがそこに静かに補足した。
「ナラッカにとって、藍沢さんは天魔王シャイタン召喚の鍵。彼女が自ら教会に近づく理由が、奴らにとって納得できるものでないと、出てこないでしょうね」
ですが逆に言えば、説得力があるなら出てくるはずです。
1万年の悲願が叶う鍵が目の前にあるんですし。
ガルザムの言葉に
市子が手帳を閉じて、ペンをくるくる回しながら考え込んだ。
「……理由かぁ。私がナラッカ側に寝返る理由ね」
寝返る。
彼女の声が小さく響いて、俺は
……続いた言葉で驚愕した。
「私が詳しい事情を知って、マーシアハ教会で贅沢な暮らしをすることに目が眩んで、寝返ったように装うってどうかな?」
市子が真剣な目でそう言っている。
「そういう人間、ざらにいるよね? お金とか地位とかに目が眩んで、正義とか仲間とか捨てる人。ナラッカなら、私がそういうクズだって信じてもおかしくないんじゃない?」
……ああそうだな。
俺たちの仕事では、そういう人間をざらに見て来た。
一時の欲望で妻や夫を裏切ったり。
捨てたり。
子供を金を得るための道具にしたり。
あっけなく捨てたり。
ざらにあったよ。
珍しくないな。
でも……
「……市子、お前」
お前からそんな下種な発想が出るなんて。
そう言いかけたが、俺はそれを飲み込んだ。
……言うべきじゃない。
俺の勝手な感傷だ。
そしてそんな俺を他所に
「それなら、バイルも出てくる可能性が高いですね」
ゼルノスが頷いて、市子の提案を肯定した。
「お金の力は凄まじいですから。説得力はあります」
それにガルザムが目を細めて、付け加えた。
……市子。
俺は市子に下種を演じさせることと、敵地への潜入をさせることに対する心理的な抵抗を、どうしても消し去ることができなくて
「無理するな」
……そんなことを言ってしまう。
だけど
「御幸君、大丈夫だよ」
市子は元気な声で言ったんだ。
「私は御幸君の助手で、これまでその役割でトチったこと無かったと思うけどな」
そう、笑顔で。
市子はこの作品のヒロインなので。
こういうときに働かないとな。
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