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婚約破棄された悪役令嬢は、隣国でもふもふの息子と旦那様を手に入れる 他、異世界短編まとめ  作者: 未知香


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9/12

婚約破棄された平民聖女は、第二王子の計略に囲われる

「婚約発表だなんて……ああ、もう聖女との結婚は避けられないのか。フィガラ、第二王子であるお前では駄目だったのか……」


 諦めたように、兄であるグリアランドが呟く。隣には男爵令嬢であるミルフィアが、グリアランドもたれかかるように座っている。


 筆頭聖女シルミーア。彼女が持つ圧倒的な聖なる力と輝き。

 何百年かに一度だと言われる強大な力を持った聖女だ。


 教会と国は長らく独立した地位をもっていたが、筆頭聖女と王太子であるグリアランドとの結婚が決まり、今日正式な発表をする予定だ。


 国民からの支持が厚い教会の力を取り込むため、父である王が腐心していたのをフィガラは近くで見ていた。当然、王太子との結婚でなければ、成立しなかった。


「とても、残念なことです」


 フィガラはため息をついて見せた。


「やはりお前もそう思うか、フィガラ! 大体教会が何だというのだ。……私にはミルフィアがいるというのに」


「グリアラント様……。私、許せません。公式の場で、グリアランド様の隣に私が居られないだなんて」


「そんなことはさせない、あんな女なんて関係ない。結婚さえしてやればいいだろう。公式行事は必ず君を連れていく。約束するよ」


「良かった……初夜も、駄目です」


「もちろんだ。平民風情が私の近くにいるだなんてぞっとするよ」


 甘い言葉をささやきあう二人を、フィガラは冷めた目で見る。


 教会の力を取り込みたい王家の思惑を、何もわかっていない。父上がこの結婚にどんなに力を入れていたのか見ていなかったのだろうか。そんな事をすれば、教会との関係は崩れてしまう。


 王族としての自覚が、全く足りていない。

 ……やはりこんな男の隣に、シルミーアはふさわしくない。


 フィガラは真剣な顔で、眉をひそめた。


「兄上とミルフィア様の二人ほどお似合いの方はいらっしゃいません。……今日を逃せば、婚約は間違いないものになるでしょう。兄上と平民との結婚など、信じられない事です」


「……そう、だよな」


「そうです。今日、婚約発表です。今は……まだ、正式な婚約者ではありません」


 フィガラの嘯いた言葉に、二人の顔はぱっと明るくなった。


 浅はかだ。

 婚約の周知はもうなされている。


 婚約発表までは正式ではないなど詭弁だ。しかし、彼らはそうは思わなかったようだ。嬉しそうに、身体をくっつけている。


 盛り上がる二人を尻目に、フィガラはちらりと侍従を一瞥した。従僕はフィガラにだけわかるように小さく頷き、部屋を出て行った。


 王に教会からきていた手紙を、フィガラは止めていた。

 従僕はそれを届けに行ったのだ。教会からの手紙であれば、どんなものであれ王はすぐに確認しなければならない。


 時間稼ぎには十分だ。


 目の前の二人は、愚鈍で王族にふさわしくはない。当然彼女の隣にも。


 まっすぐな彼女の瞳を思い出す。

 聖女の使命を、しっかりと受け止めていた彼女。


 その口元には、ごくわずかな笑みが浮かんでいた。


 *****


「シルミーア、お前とは婚約破棄だ! そもそも正式な婚約者でもないのだ、この話は白紙に戻す。何故私が聖女などという平民と結婚しなくてはならないのだ!」


 私の婚約者であるグリアラント王子が、忌々しそうに私のことを見た。彼の顔には、聖女である私への嫌悪の色がはっきりと浮かんでいた。


 彼の近くでは、確か男爵令嬢であるミルフィア様が心配そうに眉を下げ見守っていた。


 グリアラント王子の声は豪華な装飾が施された広間に響き渡り、その場に居合わせた貴族たちが、私を嘲笑うように見つめている。


「グリアラント王子! 教会との関係が重要だと、国王もおっしゃっていたはずです。あなたの立場を考えれば──」


 必死に説得を試みる宰相の声を遮るように、グリアラント王子はさらに声を張り上げた。


「教会などどうでもいい! 私は王族なんだ! 聖女と名乗るだけの平民風情との結婚など、侮辱以外何物でもないではないか!」


 ミルフィアはその言葉に頷きながら、私の事を哀れんだ顔で見た。


 私は淡々とその様子を眺めていた。


 実のところ、この婚約には私も乗り気ではなかったのだ。聖女として必死に生きてきたのだ。私は王族との結婚など、望んでいるはずもなかった


 ……王族との結婚は聖女の死だ。

 公務という名の聖女を祭り上げる行事は、実際に聖女の能力を生かせることなどさせる気がないと知っていた。


 ただのお飾りに成り下がるのだ。


 幾度かの顔合わせでは、グリアラント王子は嫌味を言い全く会話にならなかった。私だけではなく、教会を、聖女を見下しているのも、明らかだった。


 いくら鈍感な私にさえ、グリアラント王子も乗り気じゃないことははっきりと伝わってきていた。


 もっと相応しい女性がいると言っていたのは、きっと今私の事を見下した目で見ている彼女の事だろう。


 当然、私だって彼に愛情はない。

 いくら整った顔をしていて権力を持っているとしても、彼から慈愛の心は感じない。いいように使われることが、わかりきっている。


 聖女という仕事を愛していた。

 しかし、教会と国との取り決めだという事で、これも筆頭聖女の仕事だと覚悟を決めたのだ。


 それなのに、この騒ぎ。ため息の一つでもつきたくなるものだ。


 ……それにしても、婚約発表という公式の場でこのような発言は、あまりに幼稚じゃないかしら。


「あの、もう少し声をおさえられては」


 仮にもこの国の王太子の婚約発表の場だ。

 騒ぎになるのを避けたくて、グリアラント王子に近づき進言する。


「近寄るな平民が!」


 しかし、彼は私の事を突き飛ばし、私は勢いよく床に転がってしまった。聖女らしいということで着せられていたドレスが、床についてしまう。


 貴族たちの悲鳴とも嘲笑ともつかない声が聞こえてきた。


 ……もう、婚約発表などという状況ではなさそうだ。


 国王が来るまで持たないんじゃないかしら。

 そんな中、すぐ隣にいたグリアラント王子の弟フィガラ様が、微かに溜め息をつき、静かに言葉を漏らした。


「聖女の価値がわからないなど、兄上は本当に救いようがないな」


「な、なんだと! お前……」


 その声は小さく、グリアラント王子にだけ届くように抑えられていたが、彼らのすぐ近くで倒れていた私の耳にもはっきりと聞こえた。


 驚いた。

 これまで第二王子であるフィガラ様は物腰柔らかく、礼儀正しい貴族そのものだった。

 どんな時も冷静で、決して感情を表に出さない彼が、兄に対して「救いようがない」と言い放つとは。


 私は思わずフィガラ様を見上げた。

 彼も私に気付いたらふっとふっと嬉しそうに笑みを浮かべた。


「え……」


 その場違いな笑顔に、動揺してしまう。


 ……どうして、この場面でこんな笑顔を見せられるのだろう?


 フィガラ様の意図が全く読めず、私は言葉を失ったまま彼を見つめた。


「さあ立ち上がって。あなたには堂々と聖女でいてもらいたい」


 フィガロが私を見ながら囁き、意味ありげな笑顔を見せた。


 その瞬間、すべての疑問が氷解した。

 これはフィガラ様が仕組んだものなのだ。


 そうか、これは全て計算づくだったのか。フィガラは初めから、兄を追い落とすためのこの茶番劇を演出していたのだ。


 私はフィガラ様に向かって微笑み、手を出した。

 彼は当然のように私の手をつかみ、私を引き上げた。


「グリアラント王子、ご心配には及びません」


 私はゆっくりと立ち上がり、埃を払うように優雅にドレスを整えた。


「聖女という身分に相応しくない方との婚約など、私にとっても望むところではありませんでした。グリアラント王子、婚約破棄を受け入れさせていただきます」


 私の声は、予想以上に凛として響いた。


「ぶ、無礼な……」


「この女、なんなの……」


 弟の裏切りに動揺していたグリアラント王子は、まだ状況がつかめていない。いつのまにかミルフィア様は彼の腕に心細げに掴まっていた。


 仮にも婚約発表という場でこんな姿を見せる彼らに、ため息をつきながら首を傾げて見せた。


「ですが、筆頭聖女として一つ申し上げます。この国の次期君主には、もっと思慮深い方のがよろしいのでは? ……私は、教会の指定する筆頭聖女です。後ほど教会から正式に抗議いたします」


 その言葉と共に、私は優雅にスカートを持ち上げ礼をした。貴族たちの動揺の声が上がるのが聞こえてくる。


「平民聖女が、侮辱するな! 婚約破棄など、当然だ!」


「……では、これで失礼いたします」


 グリアラント王子の叫ぶような声を背に受けながら、私は広間を後にした。


 私は清々しい気持ちで歩き続けた。

 これで全て終わり。そう思った瞬間、驚くほど心が軽くなった。


 筆頭聖女である私に婚約破棄を申し渡すなど、国民からの王族の評判は地に落ちるだろう。


 教会は国民の信仰なのだ。その力を軽んじるのは浅はかだとしか言いようがない。

 教会がどれだけ力を持っているのか、思い知ればいい。


*****

「聖女様、お送りさせてください」


 城から出た私を追ってきたのは、フィガラ様だった。

 ……当然、というべきだ。


 この騒ぎの後始末をするのは、あの笑顔の裏で計略を巡らせていたフィガラ様なのだろう。

 しかし、そんな私の感情を見透かしたように、フィガラ様が一歩近付き、耳元でそっとささやいた。


「この後の事は、すべて心配はいりません。これで、あなたは自由です」


 その言葉に含まれる優しさを感じ、私は戸惑った。


「自由、ですか……?」


 思わずフィガラの言葉を繰り返すと、彼はにこやかに頷いた。その微笑みはどこか底知れないものを含んでいる。


「ええ。兄はあなたを軽んじましたが、それが逆にあなたを縛るものから解放したのですよ。筆頭聖女が今の国に属さなければいけないなどということは、理不尽です。あなたは誰にも命令されず、自分の価値を示していける」


 その声は甘く響き、まるで救いの手を差し伸べるような温かさがあった。


 これからの私は自由だと、彼は宣言したのだ。


 だが、その裏には何か別の目的が隠されているようにも感じた。

 フィガラ様は一体何を考えているのだろう?


「……フィガラ様は、どうしてそんなことをおっしゃるのですか?」


 勇気を出して問いかけると、彼はほんの少し目を細め、まるで秘密を楽しむような顔をした。


「理由ですか? まあ、そうですね……あなたが兄には勿体ないから、でしょうか?」


 さらりと言ってのけるその言葉は嘘くさい。


「勿体ない……?」


「ええ。あなたの価値を正しく理解する者がいないのであれば、それを示すのは私の役目かもしれませんね」


 目を細めて言うその言葉は、冗談とも本気とも取れる。ますます良くわからなくなってしまった。


「ですが、まずはこの城を出て、少し休まれると良いでしょう。今夜の出来事は、あなたには少し重すぎたように思えます」


 そう言うと、フィガラは手を差し出した。


「さあ、参りましょう。馬車の手配は済んでいます。教会に戻るなり、どこかで静養するなり、あなたの思う通りにすれば良い。お望みがあれば、私が手配致しましょう」


 私は彼の手を見つめる。


 馬車は用意されたもの。この婚約破棄は、この男が仕組んだもの。私はこの手を取っていいのだろうか?


 ただ、私がここに居続ける理由はもう無いのだと気づいた。


 それは、想像以上の開放感だった。私は、聖女の仕事をもう誰にも邪魔されない。婚約破棄ならば、教会も何も言わない。

 断れるはずのない王族との結婚が、なくなったのだ。


 もう教会だって離れたっていい。聖女の肩書がなくても、私は働けるのだから。

 ならば、今はただ彼に感謝しても、いいのかもしれない。


 ふわふわした気持ちで私は彼のその手を取ると、フィガラは満足げに微笑み一緒に馬車に乗り込んだ。


「えっ、どうして乗ってきたんですか?」


「一緒に逃げるためでしょうか」


 嘯いている彼に不審な目を向けていると、遠くから彼を呼ぶ声が聞こえた。


「フィガラ様、どうか待ってください!」


 急いで駆けつけてきた宰相が、私たちを逃がさないとでもいうように馬車をつかんだ。


「ああ、何故、グリアラント王子はこのようなことを。聖女様、どうかお考え直しください。フィガラ様、このままでは、教会との関係が……いったいどうすれば……!」


「ご心配には及びません」


 フィガラは穏やかな微笑みを浮かべながら、懐から一通の手紙を取り出した。


「これは教皇様からの親書です。すでに私が教会との交渉役を任されることは決定事項となっています」


 宰相は驚愕の表情を浮かべた。


「最近教会に足繁く通っていたのは、もしや今日のための布石だったのですか……?」


「兄上は平民を見下していて、それを隠そうともしませんでしたからね。それに、兄上の婚約破棄は、むしろ好都合かもしれません」


 フィガラは淡々と続ける。


「教会は聖女を軽んじた王家に対して、より強い発言権を得ることができる。そして私たちは……新たな道を模索できる」


 その言葉の意味を理解した瞬間、私は思わず彼を見上げた。


 彼は最初から、この展開を望んでいたのか。兄の性格を利用し、この場で婚約を破棄させることで、教会との関係を自分の手中に収める、そういう算段だったのだ。


 ……でも、彼の行動で、私は確かに自由になったのだ。


 宰相は安心したように、戻って王に報告すると言って城に戻っていった。

 ゆったりとした馬車の中で、フィガラ様は静かに私の手に上質なハンカチを差し出した。


「お気持ちは落ち着きましたか?」


「はい、大丈夫です」


「そうですか……実は、あなたが泣くかもしれないと思って準備していたのですが」


 彼は少し困ったような表情を浮かべ、ハンカチをしまい直した。

 その仕草があまりにも可愛らしくて、思わず笑みがこぼれる。


「あの、笑っているのはなぜでしょうか?」


「フィガラ様が、私の心配をしてくれていたのだな、と思いまして」


「そ、それは当然です。私は……」


 彼は言葉を濁し、窓の外に目を向けた。頬が僅かに赤く染まっているように見えた。

 私はその顔を見て、彼は自分のためにも動いたけれど、私の事もちゃんと考えていてくれたのかもしれないと思った。


 計略に長けた彼の意外過ぎる表情を見られるのは、私だけなのかもしれない。


 *****


 次の日、教会の自室で書類整理をしていると、突然声がかかった。


「夜更かしをするのは聖女の務めに悪影響を及ぼしますよ」


 振り返ると、フィガラが肩をすくめながら開いた扉のそばに立っていた。そのいつもの余裕ある表情に、思わず苦笑する。


「それは私にお休みなさいと言いに来たのですか?」


「もちろん。それと……少し話をしたくて」


 フィガラの声が少し真剣な色を帯びた。


「何でしょう?」


 彼は私の近くまで歩み寄ると、ふっと息を吐いた。そして、静かに私の手を取る。


「シルミーア様、手が、冷たいですよ。この時期のこの時間はもう冷えるから」


「大丈夫ですよ。それよりも名前、知ってたんですね」


「……当然です」


「皆聖女としか呼ばないから、知らないのかと思っていたわ」


 私がからかうと、フィガラ様は憮然とした顔をした。

 その子供っぽい表情に思わず笑ってしまう。


「実は、あなたが夜更かしをしているのは知っていました。誰かが側にいないと、寝ることも忘れて働きすぎてしまう方ですからね」


 その言葉に、私は驚いて彼を見つめた。


「まさか、私のために?」


「いいえ、偶然です」


 明らかな嘘だった。顔をそらした彼の耳は、赤くなっていた。


「教会との連携を深め、王族としての地位を固めることができました。これで、兄とは違う道を歩む準備が整ったのです。筆頭聖女と王族との結婚についても、正式に白紙になりました。安心してください」


 その言葉の意味を考える前に、彼の指が私の手の甲に触れ、温かい感触が広がる。


「……どうして、そこまでしてくださるのですか?」


 私は視線を落として尋ねた。

 何故かその答えが怖くて、彼の顔を見られなかった。


 フィガラは一瞬沈黙し、それから私の手を少しだけ強く握った。


「あなたが、聖女としてのあなたが……好きなんです」


 驚いて顔を上げると、彼の瞳が真っ直ぐ私を見つめていた。その真剣な眼差しに、胸が高鳴る。


「聖女として、一心に働くあなたの事が……損得勘定もなく、ただ、力があるからと聖女になった君の事が、いつの間にか好きになってしまったんです。こんな、暗躍ばかりしているような自分が嫌になるぐらい」


「聖女としての……私が」


 その言葉は、グリアランド王子との結婚が決まってからずっと軽んじられていた私の心に温かく広がっていった。


「だから、兄とあなたとの結婚には反対でした。兄との結婚はでは、あなたは聖女ではいられない」


「……それは、あなたの計画の一環ではなく?」


 恐る恐る尋ねると、フィガラ様は笑った。その笑みはこれまで見たどれとも違う、穏やかで温かいものだった。


「兄を王太子から落とすこと自体は、あなたの事がなくても簡単だった。ただ、私はは本当に、聖女であるあなたと共に未来を歩みたいんです。だから、今までのあなたを損ないたくない。……今までのように安心して聖女として、暮らしていってほしいのです」


 フィガラ様のその言葉は、疑いをすべて晴らすようにまっすぐに私に届いた。


 教会の庭での再会。それから、フィガラ様は私のそばにいるのが当たり前になっていった。


 *****


 婚約破棄から一ヶ月が経った頃、私は様々な噂を耳にするようになっていた。


 グリアラント王子の評判は地に落ち、貴族たちの支持も急速に失われているという。対して、フィガラは教会と王家の関係を立て直すため、精力的に動いているとのことだった。


『フィガラ様は実に優秀だ』

『あの方がいなければ、王家の威信も地に落ちていたに違いない』

『むしろ、王位継承者として相応しいのは……』


 そんな噂が広まる中、フィガラは着々と自身の地位を固めていった。教会からの信頼、貴族たちの支持、そして民衆からの人気──すべてが彼の周到な計画の結果だった。


『聖女を軽んじ、教会との関係を損ねた罪は重い」

『フィガラ様の尽力なくしては、この事態は収拾できなかった』

『新たな王位継承者として、フィガラ様が相応しいのは明白だ』


 ”グリアラント王子、第一王位継承権を剥奪”


 ついにその発表がなされ、フィガラ様が王太子になった。その儀式には、私たち教会も参加することとなっていた。


 粛々と進む立太子の儀式の中、フィガラ様は終始穏やかな表情を保っていた。すべては彼の描いた通りの結末──いや、むしろ始まりなのかもしれない。


 式典の後、彼は私の元を訪れた。


「これで、やっと本当の意味で、あなたを自由にできます。誰もあなたの事を、捕まえることはできない。……私には、その権力があります」


 その言葉に、私は複雑な思いを抱く。


 彼は、私をずっと、聖女として、誰にも命令させられることがないようにしてくれる気なのだ。それが私の自由だと知っているから。


 フィガラは私に跪き、あの日と同じように嬉しそうに微笑んだ。


「なぜ、そこまで?」


 教会に来ていた彼に問うと、フィガラは珍しく言葉に詰まった。


「それは……この国では聖女が大事だからです。あなたに何かあれば、計画が──」


「本当にそうなんですか?」


 彼は一瞬、困ったような、でも優しい表情を浮かべ、小さく溜息をついた。


「……嘘です。なぜこんなすぐばれるような嘘をついてしまったんでしょう」


「ふふふ、不思議ですね」


 満月の光が美しく降り注ぐ中、フィガラは普段の打算的な表情を完全に失っていた。


「実は、あなたと兄上との婚約が正式に決まった時、私は眠れない夜を過ごしていました」


「それは、計画のためですか?」


「いいえ」


 彼は月を見上げながら、珍しく素直な口調で語り始めた。


「あなたの噂は前から聞いていました。聖女として慕われ、誰に対しても分け隔てなく優しく、そして……とても美しいと」


 私は息を呑んだ。


「初めてお会いした時、その噂は真実だと知りました。そして、兄上はあなたの価値を理解できないだろうとも」


 フィガラ様は私の方を向き、真剣な眼差しで続けた。


「計画は、その後に立てたものです。あなたを、ふさわしくない相手から守るために」


 ろうそくの明かりに照らされた彼の瞳には、もはや策略家としての冷たさはなく、ただ純粋な想いだけが伝わってきた。


「信じられますか? 私のような打算的な男が、一目で誰かを想うなんて」


 自嘲的な笑みに、私は胸がぎゅっとなり、思わず彼に抱き着いた。


「し、シルミーナ様……!」


「……聖女として扱ってもらえ、働けるのであれば、私王族と結婚してもいいと思うのだけどどうかしら」


 問いかけながらフィガラ様を見つめると、彼は驚いたように目を見開いた。


「王族とは……もう、結婚したくないのかと」


「私を聖女として扱わない王族とは、結婚しないわ」


 あなたは違うわよね? という思いを込めて見つめると、フィガラは慌てたように首を振った。


「そんなことはしません! 当然!」


「ふふふ、知っていたわ!」


「ああ、もう。必ず幸せにしますから……!」


「大丈夫。私、もう幸せだから。私はあなたを必ず幸せにするわ」


「……私も、幸せです。あなたを、聖女としての守れればそれでいいと思っていたのに……こんな……」


 フィガラ様は夢見るようにつぶやいた。私はそんな彼が愛おしくなり、さらにぎゅっと抱きしめた。

 ふとフィガラ様を見ると、彼はふてくされたような顔をしてじっとこちらを見ていた。

 私がくすくすと笑うと、彼も同じように笑いキスをしてきた。


 私とフィガラ様は、笑いあいながら何度もキスを繰り返し、幸せな気持ちを分け合った。


 自分が望んで誰かと結婚する未来なんて、全然想像つかなかったし、今もちょっとまだついていない。

 ただ、彼の隣で歩き始めたその一歩が、心から楽しみになっている自分に気が付ついて嬉しくなった。



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