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婚約破棄された悪役令嬢は、隣国でもふもふの息子と旦那様を手に入れる 他、異世界短編まとめ  作者: 未知香


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6/12

身代わりで入ったら聖女様に冷遇されてしあわせになりました

 頬に衝撃が走る。


「聖女とは万人に愛される人間でなければいけないわ。あなたみたいな毒婦のことじゃないのよ。調子に乗っているのではないかしら」


 取り巻きの一人が私のことを叩いたのを見ているはずなのに、筆頭聖女のアリーシャは慈悲深い顔で微笑んだままだ。

 無言を後ろ盾と感じたのか、彼女はなおも続ける。


「そう。アリーシャ様のような人よ。……社交界で失敗した人を、何故回復魔法が使えるというだけで教会に」


 悔しそうに言う取り巻きの肩を、そっと撫でアリーシャは首を傾げた。


「仕方がないのよ、マリリ。聖女であるということは、万人に対して愛を向けなければいけないわ……たとえ毒婦だとしても。あなたの悔しさは、私の力になるわ。ありがとう」


「アリーシャさま……!」


「なんてお優しいの……。アメリさん、あなたは反省するべきよ」


 私が何をしたというのか。


 教会に来た人に対し治療をし、彼らが私のことを筆頭聖女に、と冗談を言っただけだったのに。

 それでも、私は何も言い返す事は出来ず下を向く事しかできなかった。



 とんだ茶番を見せた彼女たちは、そのまま衝撃で転がっている私のことを一瞥して立ち去った。


 教会の廊下には一人私だけが残された。

 ひんやりとした床が、みじめさを加速させる。


「……回復」


 自力で頬と擦りむいた膝を治して、私は立ち上がった。

 口の中は血の味がする。なかなかの力強さだと思う。


「いたい……」


 傷は治ったけれど、何故だかそうつぶやかずにはいられなかった。


 私は泣きそうになる自分を忘れる為に、教会の表で売っている慈善活動の一環のクッキーを買いに行く。


 こういう時に手持ちのお金があるだけラッキーだ。

 教会で支給されるはずの食事はほとんどもらえていないから、減っていく残高が怖くて普段はお菓子なんて買えないけれど。


 でも、今日はもうなんだか駄目だった。


「おっ。来たなお姫様。今日はもう診察は終わったのか?」


 軽い口調でクッキーを売っている男が声をかけてくる。


 教会でクッキーの売り子をしているコライドは、私が教会に送られて三カ月、ずっと軽口をたたいてくる。


 キラキラと明るい金髪に同じ色の瞳。整っていて凛々しい見た目の彼は、どうやら彼目当ての女性のお客も多いらしい。


 自分も聞かれたくないので、何をしている人だかは聞いたことがないけれど、騎士だという噂もある。

 どっちにしろ教会にいる私には関係のない事だ。


 それでも彼の軽口は腫物を扱うように見るか悪意を持って見られるかしかない生活の中で救いとなっている。彼も私と話すときは気楽で楽しそうで、嬉しい。


 だけどなんだか憎々しいので感謝は言いたくないけれど。


 ……ふざけて私のことをお姫様って呼ぶし。

 多分私が元貴族だということをからかっているのだ。


「……甘いもの、ともかく甘い順に三つください」


 私がそれに応えずに注文すると、彼は顔をしかめて私のことを見た。


「なんかあったのか?」


「なんにもないです。甘いものが食べたいだけ」


 私がごまかすと、彼はクッキーの籠のひとつをそのまま持った。

 そして私の手首をつかむ。

 振り払おうとしても、その掴んでいる手は痛くないのに全く離せない。


「ちょっと俺も休憩に行ってくる。アメリ、クッキーは奢ってやるから一緒に休もう」


「えっ。コライド様……!」


 戸惑っている間にかなり強引に腕を引かれ、近くの川辺にあるベンチに連れていかれた。

 教会の人にこんなところを見られたらまた何を言われるかわからなくて、きょろきょろとしてしまう。


「大丈夫だ。ここは教会のものは来ない。一般人も来ないけどな」


「えっ。なんでですか?」


「ここは管轄違いっていうやつだ。俺ら以外のものは入れないんだ」


 謎の発言に眉をひそめてしまう。


 こんな開けているところが、誰かの所有物だとは思えない。しかし、教会の前の大通りからすぐの場所なのに、人がまったくいない。不思議だ。


 慈善活動は強力な団体が付いているのかもしれない。


 コライドはクッキーを開けてくれ、二人で並んで食べる。

 クッキーをかじりながらコライドは今日来た不思議なお客の話をしてくれ、二人で笑ってしまう。

 気楽な会話が嬉しい。


 先程とは違い穏やかな気持ちで川を見ていると、気を遣うようなコライドの瞳がこちらを向いていた。


「それで、大丈夫か?」


「……なにがですか」


「君みたいなお姫様がここの教会のような閉鎖的な場に来たら、嫌がらせされるだけだろう。……それにアメリが甘いものを食べるときは、たいてい嫌なことがあった時だ」


「私、コライド様にそんな話しましたっけ?」


「俺レベルになるとなかなか耳がいいんだよねー」


 すました顔で言うコライドは図々しい。社交的な彼は噂を色々聞きつけているのかもしれない。

 毒婦と呼ばれた女と教会が相性が悪いなんてこと、私だって知っていた。


 陰でひそひそ噂されたり怒鳴られたりするよりはましなのかもしれないけど……それでも今日のようにあからさまな悪意をぶつけられるのは久しぶりだった。


「まあ、でもそうね。毒婦って呼ばれるのは仕方がないわ」


「でも、アメリって毒婦っぽくもないし、回復魔法も得意だよな。前よりもかなりの人数が教会の予約が取れるって聞いてる。それに、若い騎士たちも来ているみたいだし」


「回復魔法は得意ですからね」


「筆頭聖女より得意なんじゃないか?」


 にやりと笑うコライドのセリフは恐ろしい。


「やめてください! 誰かに聞かれたら、死ぬかもしれません……!」


 それで今日だって叩かれたのだ。

 あんな風にさりげない嫌味は浴びせてくるが、アリーシャの聖女の人気は絶大だ。

 私はできれば穏便にやり過ごしたい。


「いや、死ぬのはむこうだ」


「えっ。急に何のお話ですか? アリーシャ様は教会の顔ですし、物騒な話は駄目ですよ」


「まったく、君のどこが毒婦なんだ……」


 コライドは何故かため息をついて、私の頭をなでた。そして、クッキーを籠ごと私に渡してきた。


「アメリ、悪いんだが手伝ってほしいことがある」


 いつもふざけているコライドの目が真剣で、私はよくわからないまま頷いた。


 *****


 私の食事はいつもほとんど出てこない。たまにアリーシャが居ない日は出てくることもあるので、お金を節約したい私はとりあえず毎日食堂に向かっている。


 今日は残念ながら出ない日だったようだ。アリーシャが私のことを見つけて優雅に微笑んだ。


「毎日ここにくるなんて、流石浅ましいですわ」


「本当ですわね、アリーシャ様。目に入らないよう配慮していただきたいです」


 ……お仕事はしているから、貰ったっていいんだもん。


 教会ではお給料は出るけれど、本当に生活ぎりぎり分しか出ない。食事込みの金額に違いない。


「……あら」


 私の後ろにいるコライドを見つけて、彼女たちは目をひそめた。しかし、コライドは気にした様子もなく、食堂の机の一つに座った。私にも座るように促してくるので、しぶしぶ座った。


 にこにこと笑っている彼は、今日はいつもよりも小汚い格好をしているし、目立つ金髪を魔法で変えている。


 ぱっと見る限りコライドだとは思わないだろう。


 そもそも他の聖女たちは慈善活動の販売に興味はなさそうだし。

 取り巻きのうちの一人が、顔をしかめながら私たちの方によって来る。


「ここは、男性禁制なのですよ。流石毒婦と言わざるを得ないですが、神聖な教会では控えてください。そもそも私たちと同じ場にいることがもう……」


「毒婦だというのはともかく、今は私も聖女です。対等の立場のはずですが」


「まあ! ご自分が聖女だと」


 私の言葉に、取り巻きは大げさに驚いて見せる。


 でも、今の私の立場は教会に所属している聖女で間違いない。

 恥ずかしく下を向いてしまいそうな自分を叱咤し、私はにっこりと笑って見せる。


 コライドに気を使わせたくはない。


「それにこちらの方は、私のお客様でしてよ。お客様は男女関係なくこの共有部分には問題なく来れるはずですが」


 そう、コライドに頼まれたのはこの事だった。

 ここに連れてきてもらえれば、後は特に何も必要ないと。


 ……コライドにこうやっていじめられている姿を見られるのは嫌だったけれど、頼まれると断れない。

 コライドもそれをわかっていそうな態度で、悔しい。


 教会の食堂は関係者しか入れないし、食事はとれないもののお客様としてならここでの会話は許されている。

 個室に招くことができない代わり、なのだろう。


 でも、彼は何をする気なんだろう。


 今はちょうど食事時なので、アリーシャをはじめ聖女や司祭様が揃っている。

 私が不思議に思っていると、コライドが立ち上がり、アリーシャの前で跪いた。


「大変不躾なお願いですが、私の友人が怪我をしているのです。筆頭聖女様、どうか口添えをしていただけませんか?」


 アリーシャはコライドを不快そうに見た。


「嫌だわ。あなたのご友人にはそのような運命があるのでしょう。私の口添えが欲しかったら、それなりの地位の方を連れてきてくださいな」


「……筆頭聖女様は、最近御力を使っていないという噂をお聞きしました」


「アリーシャ様になんてことを言うの! 下賤のもののくせに」


 コライドの言葉に、かっとなった取り巻きが怒鳴る。それをアリーシャが微笑んで止める。

 コライドへと仲間へとの態度の違いがすごい。


「いいのよ。私の力は、それ相応のものにしか使わないのです」


「聖女様は万人に愛情をもって接すると聞いておりましたが……」


「それはそうですわ。ただ、力は有限なのです。優先順位が付いてしまうのは、諦めてくださいませ」


 もっともらしくアリーシャがいい、取り巻き立ちも頷く。

 ……確かに、アリーシャが力を使うところは見たことがないかも。治療にも現れないし。


「そうですね。王族や高位の貴族、更には寄付金がないとうけつけていないという話は聞いております」


「仕方のないことなのです。……治療であれば、あなたのお友達の聖女にたのんでくださいませ。力不足なのは、神の定めでもあります」


「……そうですか。でも、おかしいですね」


 コライドが急に顔を上げる。まっすぐにアリーシャを見つめ不思議そうな顔でつづける。


「寄付金はきちんと帳簿に乗るはずですが」


「……私は帳簿のことなど、わかりませんわ」


 アリーシャは一瞬止まった後、急に興味がなくなったような素振りでその場を去ろうとした。


「お待ちください」


 静かな声なのに、コライドの言葉は緊張感をもって食堂に響いた。

 彼は注目を集める中悠然と立ち上がり、髪の毛の色を戻した。


「ガーネラ司教」


 教会のトップであるガーネラは、コライドを見て目を見開いた。知り合いなのだろうか。


 まったく状況が分からないが、妙な緊迫感に他の誰も声を上げられない。


 にやりと笑うと、彼は短剣を出し、自分の手に傷をつけた。赤い血が滴る。


「私は怪我をしました。筆頭聖女に治癒を求めます」


「あ……か、彼女は今、治療を行ったばかりで、力が……」


 何故か震えながら、ガーネラが言い訳する。


 しかし、今日アリーシャが治療に出ていなかったことは皆知っている。

 魔力は万全のはずだ。


 ピリピリしていた取り巻きも、疑惑の顔になる。


「アリーシャ様、私に治癒をしていただけませんか?」


「なっ、なんで私があなたの事など……!」


「私のことを知りませんか、残念です。ガーネラ司祭、私は筆頭聖女の治療に値しないのでしょうか」


「いえっ。もちろん治癒には……! しかし、今彼女は魔力が足りないので……それだけなのです。他のものがしますので、少々お待ちをっ」


 ガーネラの必死の言葉に、コライドはため息をついた。


「最近怪我をした騎士が、こちらの治癒にわざわざ来るようになっていました。しかも下級貴族ばかり。……やり方が、甘すぎますよ」


「そんな……」


 話がまったく見えないが、アリーシャとガーネラは俯いてしまった。


 *****


「……どういうことか、教えてもらえますか」


「もちろん、協力してもらって終わりなんてはずがない。きっかけはアメリであるわけだし」


「……私?」


「そうそう。毒婦がくるぞって身構えてたら、親しみやすいし可愛いし回復は上手いし働き者だし」


「ちょっと! 冗談やめてください」


「冗談じゃないんだけどなあ。それにいじめられているし」


「お恥ずかしいです」


「何が恥ずかしいんだ。調査で入っていたわけじゃなければ、乗り込んでた」


「怖すぎますよ! 捕まりますのでやめてください!」


「……そういうところだ。まったく。もともとアリーシャは魔力が少なく回復魔法自体は得意だったけれど、それだけだった」


「えっ。筆頭聖女なのに……?」


「そうだ。脱税の駒のために、ガーネラが押し上げた。ガーネラは筆頭聖女に回復を願う相手から金をとっていた。主に重病人は地位の高いものだ」


「そんな……」


「だが、成長しても魔力があまりにも増えなかったため、金をとれる相手が限られてきた。その為値段を釣り上げて、結果こういうことになった。騎士は慣習的に筆頭聖女に回復してもらうことが多かったが、下級貴族は苦しかったんだな。……それにお前目当てのものも増えてきた。回復も遜色なく、数もこなせる。筆頭聖女よりも力が強いのでは? などという疑問もあがってくるようになった」


「確かに回復魔法は得意でしたが……そんなこと」


「得意というレベルにしては高いんだよ。自覚がなかったとは驚きだ」


「他の聖女の仕事はあまり見れませんでしたから……」


 やっておけと当然のように言われれば、こなせる前提のものかと思うじゃないか……。


「まったく、そういう素直なところが毒婦だと思われないんだ。騎士たちも噂を知っているにもかかわらず、狙っているものが出てきたんだぞ」


 ため息をつくコライドに、私も同じようにため息をついて話すことにした。

 毒婦が教会に追い出されてきたという事実は出来たから、大丈夫と言い訳をして。


 ただ、毒婦じゃないとコライドに知ってもらいたいだけだと、わかってはいたけれど。


「……毒婦と呼ばれたのはもともと妹です。彼女の身代わりで私がここに入ったのです。私の家から、毒婦と呼ばれた女が教会に追い出されたという事実が必要でした」


「知ってる」


 私としてはかなりの告白だったけれど、コライドは気軽に頷いた。


「えっ」


 私が驚きのあまり言葉を失うと、コライドはあきれたようにため息をついた。


「教会では、確かに噂さえ流せばそういう事実もあるし騙せる。社交界でも姉妹どちらも居なくなって一人が教会に行けばそういうことだと思うだろう。でも、ちゃんと調べれば当然すぐにわかる事実だ」


「……調べる人が居るだなんて、思わなかったから」


「まあ調べたところで、確かにあまり意味はないものな。だが、何故身代わりだなんてそんなことを?」


 全てばれていただなんてびっくりだったけれど、目的を果たせているのなら問題ない。


「妹は回復魔法は使えますが本当に少しだけです。私ならば、回復魔法の力さえ示せば、教会でもある程度の地位までいけるかもしれないと思ったので」


「でも君だけなら貴族のままでいられたのに。……どうしてそうまでして妹をかばったんだ?」


「……彼女は、義理の妹なのですが父親が酷かったのです。愛情不足だったのですわ。本当はとても素直でかわいい子なのです。それをつけ込まれ、更には毒婦なんて噂を。あの子は立ち直れます。跡継ぎには兄がいるので、私が教会に行っても問題なかったんです」


 そう、義妹は色々な男性に愛情を求めてしまった。どうにもならずに泣いていた彼女は子どものようで、私は彼女を護ると誓ったのだ。


「そうか……わかった」


 コライドがしたり顔で頷いた。


「なにがわかったのでしょうか?」


「君が筆頭聖女になって、問題がないってことだ。筆頭聖女なら俺とも結婚できる」


「えっ。えっ」


 全く意味が分からないが、コライドは嬉しそうに笑って私の肩を叩いた。


「やー良かった。アメリのことは好きだったけれど、俺が地位を捨てるしかないかと思った」


「ちょっと、何の話ですか!」


「俺とアメリの話だけど」


「全く話が見えません! 私とコライド様はそもそも付き合ってすらいません!」


「でも、俺なら結婚してもいいって思っただろ? 話していて楽しかったし、お互い意識だってしていたはずだ」


 自信ありげにそう言われると、素直に頷きたくはないけれどその通りだ。教会でのいじめはつらかったけれど、コライドがいたから、耐えられていた。


 私が黙っていると、彼はにやりと笑った。


「筆頭聖女には俺が推薦する。名乗っていなかったな。コライドは偽名で、本当の名前はコラール・ファラスティア。この国の第二王子だ」


「えええええ。だ……第二王子がなんでこんなところに……」


「慣習的に筆頭聖女は王族や高位貴族との婚姻がある。嫁の調査だ。脱税している奴なんていやだもんな。運命の出会いがあってよかった」


 コライドはにっこりと笑って、私に手を差し出してきた。


「運命の相手……」


「末永く仲よくしよう。逃がさないから」


 呆然としつつも、私はその手を取った。

 悔しいけれど、その手は温かで、私はしあわせだった。



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