後で我に返るとすごい後悔するやつ
ー ガタン、ゴトン ー
通勤、通学ラッシュが終わり静けさを取り戻した電車内に走行音が響く。
地方の路線が満員になるのは通勤、通学および帰宅ラッシュの時ぐらいであり、それ以外は空席もちらほらみえる、ちょっと寂しい車内となる。
そんな下手をすれば二人きりなのかもしれない車内で、俺と彼女は隣同士で密着して座っている。
(これは試練かもしれない・・・)
先程から、ほのかに香る甘い香りと、肩や半身が触れる柔らかい髪や体に、俺は緊張で体を強ばらせていた。
気を抜けば暴走してしまいそうになる心を無理やり抑え込み、何とか平常心を保つ。
そんな誠意と下心との間で葛藤している思春期男子を他所に、試練を課してる当の本人といえば
「く〜・・・」
小さな寝息を立てて絶賛爆睡中である。
それも何を血迷ったのか、俺の方へともたれ掛かるようにだ。
まるで恋人が寄り添うように、頭は俺の肩、体を俺の半身に預けて気持ち良さそうに寝ていらっしゃる。
これはもしや俺に好意を抱いているのでは・・・?
「いやいや、ないない。ぜぇったい、ない」
勘違いや思い上がりが理性に勝りそうになり、これはいけないと、残りわずかな理性をもって、意識してボソッと小さく口に出す。
すると、口にしながら、先程までの熱がすうっと抜けていくのが分かった。
否定的思考をあえて声に出すことで、暴走しかけた頭が冷えてスンッと冷静になれるのだ。
ちなみにだが、逆に「できる!頑張れ!上手くいく!」などの肯定的思考を口に出すと、自信とやる気がふつふつと湧いてくる。
いわゆる自己暗示なのだが、俺にとっては効果てきめんなので、よく愛用している。
ただ、否定も肯定も程々にしないと、自信を喪失したり、思い上がりが激しくなったりしてしまうので、注意が必要である。
「朝から大変だったし、それに朝弱いって言ってたもんなー」
起こさないように気を付けながら小さくつぶやき、冷静になった頭で、電車に乗ってから彼女が寝るまでの会話を要約して反芻する。
『鈴鳴芽衣です』
『同い年ですね』
『朝弱いんです』
『おやすみなさい』
『スヤー(寝息)』
・・・まあ、結局まともに会話出来たのは少しだけだったが、それでも家族以外の異性と接する機会が皆無な俺にとっては、電車に乗るところから現在に至るまで大満足な時間であった。
ただ、彼女にとっては慌ただしく疲れる朝だったかもしれない。
それに加えて朝が弱いなら、今爆睡するのは必然であり、そして、俺の方にもたれ掛かっているのは偶然である。
(偶然偶然、ラッキーなだけ。だから、それ以上を期待するな)
なので、調子に乗らないよう自分を戒めつつ、今ある最大限の幸福(一目惚れした女子と寄り添い状態)を一生の思い出とばかりに噛み締めた。
夢のような時間は体感的に秒で過ぎ、俺が降りる駅が近づいてくる。
ー スヤー ー
彼女はまだ俺の肩を枕にしておやすみ中だ。
名残り惜しいが、乗り過ごす訳にはいかない。
イケメン駅員さんが学校へ遅刻の事情を連絡してくれたらしいが、俺の口からも改めて説明しないと。
彼女から離れるのは名残り惜しい(2回目)が。
・・・ってか、無防備過ぎないか?
俺の方にもたれ掛かってきたのも、恋人のように密着しているのも偶然だと思うが、それにしても無防備過ぎないか?
それに、未だに起きる気配がないのだが?
果たして彼女は自力で起きて学校に行けるのだろうか?
彼女の制服からして、彼女が降りる駅は、俺が降りる駅から数駅先であり、まだ猶予はあるが、今の状態からして自分で起きるとは到底思えない。
もし、起きないまま彼女が乗り過ごしたら。
もし、俺が降りた後、悪い奴が彼女の隣に座ったら。
そんな『もしも』が頭を過ぎり、そして、過ぎられるだけの雰囲気を彼女は漂わせていた。
つまり
(危なっかしくて放っとけないな)
どうも彼女は保護欲、というより保護者欲を注られるのが得意(?)なようだ。
そうとなれば、すべき行動は一択である。
「鈴鳴さん」
覚えたての彼女の名前を、聞こえる音量で呟く。
「んむ」
反応したのか身動ぎはしたが、まだ目は開かない。
「鈴鳴さーん、起きてださーい」
今度は声と一緒に、大きく優しく体を揺すった。
「んにぃー?」
目が開いたが、まだボーっと寝ぼけている感じがする。
もうあと一押しかな。
少し照れくさいが、鈴鳴さんも寝ぼけた状態だから多分覚えていない、もしくは忘れるだろうと、思い切って家族や友人に接しているようにフランクに扱った。
「ほーら、起きろー。乗り過ごすぞー」
ゆっくり大きく肩を揺すりながら、ぶっきらぼうに、されど優しく目覚めを促す。
「ひゃいっ!」
効果てきめんだったのか、彼女は飛び跳ねるように体を動かした後、目をぱちくりさせた。
「おはようございます。目は覚めました?」
「は、はい・・・おはようございます・・・」
鈴鳴さんは頬を少し染めて恥ずかしそうに頷く。
もう大丈夫っぽいな。
俺は安堵し、そして・・・
その時、タイミング良く電車が俺の降りる駅に到着した。
「俺はここで降りるので。今日は本当にすみませんでした。あと、寝過ごさないように注意してくださいね?それじゃ」
「あ、は、はい!また!」
俺は半ば逃げるように電車を降りる。
何故なら・・・
「ううう・・・」
電車が去った後、ホームのベンチに座り項垂れる。
(調子に乗り過ぎた・・・)
強烈な後悔が襲ってくる。
起こす事自体は問題ない。
むしろよくやったと自分を褒めたい。
問題は最後の言動である。
「何だ『ほーら、起きろー』って。漫画の主人公気取りかよ俺」
冷静になっていたと思っていたが、やはりどこか浮ついており、無意識のうちに調子に乗っていたようだ。
(ううう・・・ふう。まぁ、優しさからかまだ寝ぼけていたかは分からないけど、「また」って言ってもらえたし、まだ救いはあるな)
俺は言いようのない負の感情でわなわなと震えた後、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
今度こそ冷静になった。
(さすがにもう会わないと思うから、さっきの事はもう考えないでおこう)
気持ちを切り替えた俺はベンチからすくっと立ち、足早に学校へと向かった。