運命だから分かること
「あ、あの人・・・」
鈴鳴芽衣は車内で小さく呟く。
今朝のショックで帰宅後も落ち込んでいた芽衣の様子を、事情を知らないながらも心配した母親と気分転換にたまたま遠くへ買い物に出掛けた帰り道、彼女は彼を見つけた。
こんな街灯の少ない丘で何してるんだろう。
遠くの方でその人影が見えた時は、興味本位でその影を眺めただけであった。
だが、人影に近付くにつれ、ただの興味から驚きに変わる。
まるでスポットライトのように街灯に照らされているあの後ろ姿は!
それは直感であった。
今朝のように高校の制服を着ていない。
名前や顔も知らない。
でも、間違いないと芽衣は確信する。
長く恐怖を感じたあの車内で、温かさと安心感を与えてくれたあの背中だと。
周りの人は気付かなかったばかりか、助けてくれた彼に悪態をついてたけど・・・私だけが知っている優しくて強い背中。
いつもはモヤモヤしがちな母親の慎重過ぎる安全運転も、今ばかりはありがたい。
だって彼の姿を目に焼き付けられるから。
芽衣は彼の後ろ姿をじっと見つめ、追い抜き様にサイドミラーで顔を確認する。
振り向いてまで見るのはちょっと恥ずかしいから。
「ふふ」
しばらくしてから小さく笑った。
「どうしたの芽衣?・・・あ、ちょっと顔赤いけど風邪でも引いた?」
「そんなんじゃないよぉ」
「そう?じゃあ・・・何か良い事でもあった?」
「ううん、何でもな〜い」
「ふぅん、そっか」
信号待ちでの車内で母親に少し心配されたが、上機嫌な芽衣は軽く受け流す。
母親も彼女に元気が戻った事を感じて安心し、それ以上追求もしなかった。
「あんな顔してたんだ」
芽衣は頬杖を付きながら、外の景色を眺める。
ただ、意識はまるで別の事に向けられていた。
「また会えると良いな」
母親に聞こえない程の小さな声で願望を呟く。
あの満員電車の中だ、待ち合わせでもしない限り再び出会う事は困難だろう。
それに、彼は気まずい思いもしたから、車両はおろか、時間帯まで変えるかもしれない。
迷惑かけちゃったなと反省する一方で、次に会った時は謝ろうという、話し掛ける打算もする。
もう会えないなんて考えは一切頭を過ぎらない。
運命とはそういうものである。