世間は狭し、電車はもっと狭し
(か、帰りたい・・・)
駅で気持ちを切り替えたはずなのに、昼休みの間中、俺は負の感情を纏わせながらずっと机に突っ伏している。
理由は簡単。
今朝、鈴鳴さんを気絶させたあの現場を、同級生の何某に目撃されており、俺が学校に着いた頃には既に学年中、下手をすれば学校中に広まっていたのだ。
痴漢しただの、殴っただの、ナンパしただの、告白しただの、広まった噂はバラバラであった(友人談)が、どんな噂であっても現在進行形で奇異の目で見られているのは変わらない訳で・・・ああ、精神がゴリゴリ削られていく。
良くて珍獣、悪くて犯罪者を見るような視線を送られるのは割と堪えるもので、こうして机に突っ伏して視線から逃げているのが現状である。
先生が事前に説明しているはず・・・と思ったが、『手を握って女子を気絶させた』ことは事実なので先生も説明しづらいだろうし、そもそも目撃者もいたので、刺激に飢えている学生からすれば話題のネタとして広めない訳にはいかなかったのだろう。
つまり、先走った俺が全面的に悪かった訳だ、うん。
幸いにも、気絶させた相手である鈴鳴さんが俺の愚行を許してくれ、また、学校の友人も変わらず接してくれているので、自嘲出来るくらいの余裕はあった。
まあ、人の噂も七十五日だ。
それまで我慢。
七十五日といえば2ヶ月と・・・
そんな感じに思考が変な方向へ向かい始めた時。
「あ、あの・・・守丘君・・・?」
近くから遠慮がちに俺を呼ぶ声が聞こえたので、のっそりと身体を起こし、声がした方を見やると、そこには大人しそうな女子生徒が緊張した面持ちで立っていた。
「・・・上原さん?どうしたの?」
俺が訊ねると、その女子生徒、上原夕陽さんはびくりと肩を震わせる。
・・・声を掛けてきたのはそっちなのに・・・
彼女の反応に少し傷付きながらも、返答を待つ間にサッと周囲の様子を窺う。
(なるほど)
全員でないにしろ、何人かは俺と上原さんに注目しており、中でも、上原さんと仲の良い2人が興味津々とした様子で見守っているのが見えた。
つまるところ、彼女は噂の真相の聞き出し役なのだろう。
「変な事聞いてごめんね。今日、遅刻してきたのって、電車でトラブルがあったって聞いたんだけど・・・」
気遣いからかオブラートに包んでいるものの、予想通りの質問であった。
(やっぱり・・・でも、チャンスかな)
ただし、俺にとってその質問は行幸である。
友人達には真相を説明出来たものの、クラスメイトを含む、友人以外の生徒には説明出来ずじまいだったのだ。
これを期に、真相を説明する事で噂を早く消す事ができるかもしれない。
ただ、下手に言い訳がましく、『痴漢を捕まえようと〜』などと言うと、逆にかっこ悪い印象を持たれそうなので、お茶を濁しつつ、弁明を試みる。
「そうなんだよ。ちょっとアクシデントがあって、他校の女子の手を握ってしまってさ。突然だったから物凄く驚かせてしまって、色々大変だったんだ」
幾分フワッとした内容での説明となってしまったが、それでも上原さんは納得したようで、安心した表情に変わった。
「そ、そっか。手を握ったのはわざとじゃなくて事故だったんだね・・・あ、ありがとう。それと変な事聞いてごめんね」
「(気にするとこそこ?)いいや、噂広まってるしそりゃ誰でも気になるもんな。俺も変な噂が流れないよう説明したかったし、むしろ聞いてくれて助かったよ。こちらこそありがとう」
「っ」
何はともあれ弁解できたので、安堵すると共に気が抜けた俺は、リラックスした状態で上原さんに応じた。
それからは他愛のない会話を2、3度交わし、上原さんは友人達の元へと戻っていった。
これで徐々に噂は消えていくだろう。
俺は軽くなった心で午後からの授業に臨んだ。




