無能、必死で余裕のない顔
空を裂く流星の如き速度で、私はその地に降り立った。乾いて、砕けた瓦礫まみれの廃墟……滅び去った王国、私が滅ぼした王国。邪竜が住まうと忌み嫌われている廃城には、生きている人間など誰ひとりいない。ここにいる生命は、私ただ一人だ。
これでいい、これでいいと、自分に言い聞かせる。私は世界を滅ぼす悪役、彼はそんな私を殺し、その首を掲げて讃えられるべき存在。それでいいのだ、始めからそうだったはずなのだ。
私は、人ではない。元々はそうじゃなかったかもしれないけど、もうそんなことは思い出せやしない。沢山の国を壊して、それ以上に沢山の人を殺しまくった。だから私はもう、人ではない。
「イグニスさん」
ほら、来た。やっぱり彼は勇者なのだ。世界を救うべく、私という悪を殺すために剣を振るう正義の象徴。私はこれを望んでいた、これこそが、私が今までやってきたことへの償いであり、唯一マシな報われる道なのだ。
彼は剣を鞘から抜き、そのまま私に近づいてくる。私が今からやるべきことはただ一つだ、めちゃくちゃに抵抗し、殺されたくない「フリ」をしながら戦う。派手に目立って適当に注目を集めたところで、彼に殺される。そうすれば私の役目は終わりで、晴れて初めて、彼の役に立つことができるのだ。だから──。
「助けに来たよ」
……は?
「うりゃああああああああっっ!」
一瞬遅れた、青く輝く雷を纏った彼は、そのまま剣を振るってきた。避けることは容易い……いや、遅い。あまりにも遅すぎる。もしや、もしや……わざと避けさせた?
「ふん、はっ、どぉっ!」
やはり遅い、いくらでも隙がある。彼の太刀筋はこんなに乱暴だったか? こんなに、剣を握り始めた子供のような太刀筋だったか? いいやそんなことはない、彼は、彼は勇者だ!
「ぐほっ……」
振るった尻尾が脇腹に突き刺さり、彼は吹っ飛んでいく。やはり、弱い。どういうことだ? というか、殺気から一切攻撃をしてこない! 何がしたいんだ、まさか本当に助けるつもりなのか?
「……怒ってるよね、いいよ」
瓦礫の中から起き上がり、彼は言う。
「全部、俺にぶつけてよ……!」
その表情は勇者とは思えないほど、必死で余裕のない感じだった。ただ、本気で自分の目の前にいる化け物を、助けようとしている顔であった。




