憤雷の長、走馬灯の果てに
巡り続けた走馬灯はやがて擦り切れて、一気に現実へと引き戻されていく。最悪の気分、最悪の痛み、しかしそれら全てをひっくるめても尚、俺の為すべきことも、心の中に引っかかっている事も変わらない。
(結局、それが何だったのかは分かんなかったけどな)
「まだ、生きてるぞ」
去ろうとする大魔王に、俺は煽りを入れる。脇腹は吹き飛ばされ、血は信じられないぐらい体から抜け落ちている。自分がまだ喋っているのか、立っているのか、それともとっくに死んでいるのか……曖昧な意識で、ちっぽけな覚悟で、どうしても守らなきゃいけない矜持を掲げる。
「……そのままじっとしていれば、愛する妻の元へ直ぐに逝けたろうに。なぜそこまでして立ち上がる? お前の戦う理由は、お前自身の手で突き放したじゃろうに」
その通りだよ馬鹿野郎。俺はやっちまったんだ、あいつが伸ばしてきた手を振り払って、壊しちまったんだ。負けた悔しさなんて、自分だけが強い夢なんて捨ててしまえばよかった。もっといい方法があった、俺なんかよりもいい男にくっつける事だってできたはずなんだ。――ああ、そうか。
(なんだよ、単純な事だったじゃねぇか……)
俺は、俺自身を嘲笑った。結局そういう事だったんだろう? 結局お前は、そういう気持ちになるのが恥ずかしかっただけなんだろう、だから彼女を傷つけて誤魔化したんだろう?
「お前のその不死性、我が夢の為に捧げるが好い!」
迫り来る徒手空拳が、酷く遅く見える。
彼女の一撃は、もっと早かった。瞬きすら許されない一瞬に、信じられない回数の打撃を重ねられる。しかし俺にはもう、イーラより弱い存在に勝つことすらできなくなっていた。得られるはずだった愛を捨て、腹いせに一族を皆殺しにしてまで手に入れた「世界二位」は、今此処で崩れ去る。
(ほんと、捻くれた人生だったよな)
そっと、瞼を閉じる。あっちに行けたら、まずは何を言おう? 謝って許してくれないだろうから、まずは何を云うべきなのだろう? 抵抗をやめ、首に巻いた忘れ形見……微かに彼女の匂いが残る、彼女のマフラーを握りしめながら。
俺は、空間を裂く斬撃を見た。
ぱっくり割れた裂け目、穿ち開いた斬撃はそのまま、俺を壊そうとしていたエデンに直撃する。即興で織り成された防御は何十二も重なっていたが、まるで紙切れのように他愛も無く破られた。一撃は大魔王の腕に深く刻まれ、俺へと放たれかけていた攻撃は消え失せた。
「なっ……!?」
驚いたような大魔王の無様な表情、何が起きた、誰がやった? 茫然としたまま、その美しい切り口には見覚えがあった。太刀筋、流麗。努力と研鑽によって積み上げられ、決して自らの位置に慢心することなく……常に向上心を以て、希望を捨てず、ただ真っすぐに剣を握りしめる、アイツの剣。――そして。
「何なのだ、その青い赫雷は……!」
縦横無尽に駆け巡る、美しき、青い雷。バチバチと音を立てながら肌を撫でるそれらは、俺の中の敗北の日々を、楽しくて、満たされてて、忘れたくても忘れたくなかった日々を思い出させてくれた。
「ぐっ、あっ……くっ、がぁああああああっっっっぅつ!!!!」
青い雷は魔王を捕らえ、そのまま一気に雪崩れ込む。凄まじく強いそれは、恐ろしくもあり美しくもあった。そしてその青い赫雷を、操り、従え……自在に操る者の背中が、俺の前に現れる。在り得ない、ありえてはならない……でも、それなら、なんで!
「なんで、お前が。イーラっ……!」
「違うよ」
伏せていた顔を上げると、そこには彼女ではない誰かが居た。躊躇もせずに俺に回復の魔法をかけ、そのまま、再び背を向ける。それは俺の事を、初めから敵としてみなしていない態度であった。――いいや違う、助ける対象として見ていたんだ。こいつも、あいつも! ああそうか、お前は……お前の、名は……!
「俺は、ガド。今世界からブーイングを受けまくってる、無能勇者だよ」




